2020年08月03日 10:32 弁護士ドットコム
国民1人あたり10万円が配られる「特別定額給付金」の申請締め切りが迫っている。
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給付金は、世帯主が家族分を自治体に一括申請し、銀行口座に振り込まれる。申請期間は受付が始まってから3カ月間で、多くの自治体では8月中旬ごろに終えるが、中にはすでに締め切った自治体も出てきている。
報道によると、7月22日までに95%にあたる約5560世帯に給付を終えたという。一方で、何らかの理由により住民登録されている自治体が特定できない人たちにとって、その手続きは難しく、申請できない可能性すらある。
逮捕・勾留されて移動ができないうえ、銀行口座を持たない被疑者のケースを手がけたベロスルドヴァ・オリガ弁護士は「住民登録地が不明でも、突き止める方法はあります。問題は、3カ月の申請期限まで時間がなく、それが申請者のみならず自治体の業務担当者の大きな負担となってしまうことです」と指摘する。
では、どのような方法で、申請できるのだろうか。刑事弁護を担当した被疑者が申請するまでのサポートをおこなったオリガ弁護士に聞いた。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
オリガ弁護士が、国選弁護人として担当した被疑者は、給付金が閣議決定される4月20日以前に都内で逮捕され、警察署に勾留されていた。
その後、新聞記事で、10万円の給付が正式に決定したことを知った被疑者は、オリガ弁護士と面会した際、これからの生活のために申請を希望したという。被疑者の全財産は、10万円にも満たなかった。
国選弁護人としての仕事の範囲を超えていたが、オリガ弁護士は無償で引き受けた理由をこう話す。
「こういう立場の方にとって10万円は大きな額であり、将来の更生を考えても重要だと思いましたし、『お金は天下の周りもの』と言われるように、より多くの方が受給できた方が日本経済のためにもなります。
もちろん、定額給付金は、税金を財源とする給付行政で裁量が大きく、被疑者・被告人や受刑者が定額給付金を受け取るべきか否かは議論のありうるところです。
ただし、政府が、受刑者等を除外することなく、一律の給付を決定した以上、手続面の欠陥で受け取ることができない人が出てきてしまうのは、フェアじゃないと思いました」
しかし、被疑者には薬物の使用経験があり、記憶に混乱もみられた。自分の住民登録していた自治体や本籍地もわからない状態で、身寄りもなく、頼れる人が誰もいなかった。
そのため、オリガ弁護士は、住民登録地を探し出し、申請書を得るところからスタートしなければならなかった。
オリガ弁護士は、本人の同意の下、被疑者が過去一時的に利用していた施設に当時の住所を教えてもらい、その後の移転先をたどっていった。手がかりになりそうな複数の自治体に問い合わせ、東奔西走。やっと5月上旬に住民登録している自治体が判明した。
ところが、本人は被疑者勾留が終わったものの、そのまま起訴され裁判までの間、勾留は続いていた。銀行口座も持っていなかったため、対応に困った自治体はオリガ弁護士に対し、「国に問い合わせてほしい」と返答。
オリガ弁護士が今度は総務省に問い合わせると、「市町村ごとに扱いが異なるので、自治体に確認してほしい」と言われ、「たらい回し」にされてしまった。
オリガ弁護士が再び自治体に掛け合ったところ、担当者は「まだ住民の申請受付への対応で手一杯。それが一段落してから、通常のように受け取ることが難しい人への対応を協議するので待ってほしい」と言われたという。
「そこで2週間ほど待たされました。しかし、いつまで本人が拘置所にいるかわからないので、とても心配でした」とオリガ弁護士。やっと申請書が届き、代理で申請するために国選弁護人であることがわかる裁判所の通知などを送り、手続きを始めることができた。
住民登録の自治体を探し始めてからすでに3週間が経っていた。
しかし、その後の手続きも困難をきわめた。銀行口座がないうえ、自治体窓口に本人が行くこともできなかったため、オリガ弁護士は自治体に対し、被告人の身柄がある場所に、現金書留で送ることを交渉した。
「現金書留で送ってもらえることになり、安心した矢先に、今度は申請者本人の確認書類が必要だと言われました。起訴状ではダメで、在監証明書を発行してほしいと求められました」
在監証明書とは、拘置所や刑務所など、行刑施設への収容を証明する書面。弁護人ではなく、収容されている本人が手続きしなければならない。
「これでまた1週間以上かかってしまいました。皮肉にも、今回は拘置所が本人確認の裏付けをする形になりましたが、身分証明書等による本人確認も大きなハードルとなる場合があります」
その後、無事に在監証明書を自治体に送り、申請することができたという。結局、1カ月半ほどかかってしまった。
オリガ弁護士のサポートがあったからこそ、申請を実現できたが、今回のケースと同じような境遇で諦めてしまう人もいるだろう。オリガ弁護士は、次のように話す。
「さまざまな理由で、まだ申請できていない方がいらっしゃると思います。
住民票が職権消除されていない限り、本籍地がわかれば、住民登録地を戸籍の附票によって突き止めることもできます。今回のケースのように、現金書留で対応してくれたりと、正式な案内には記載されていない柔軟な対応をとってもらえる場合もありますので、まずは自治体の方に相談してみるのが一番です。
ただし、定額給付金に関しては、自治体の方々も大変な思いをされているので、怒鳴ったり責めたりせず、礼儀をもって丁寧にお話してくださいね」
総務省では7月17日、特設サイトにて全国の市町村の申請期限を公開した。
https://kyufukin.soumu.go.jp/ja-JP/cities/application_deadline.html
また、刑務所内から申請する場合の方法については、受刑者や出所者の支援をおこなうNPO法人「マザーハウス」がホームページで公開している。
https://motherhouse-jp.org/kyuhukin/
【ベロスルドヴァ・オリガ弁護士略歴】 ロシア・ノヴォシビルスク出身。2歳で家族とともに来日。ロシア語と日本語を母語に、英語もTOEIC満点というネイティブレベルのトリリンガル。慶應大学法学部卒業後は、東京大学法科大学院に入学。堪能な語学力を生かして、外国人刑事収容者と弁護士との接見通訳を多数く経験。ロシア人として初めて、予備試験、新司法試験に合格した。現在は、大手外資系法律事務所のポール・ヘイスティングスに所属し、企業法務などを手がけている。ツイッターのアカウントは @olga_tokyo_law