2020年07月30日 10:02 弁護士ドットコム
コロナの影響で、特にダメージの大きかった業種の1つが「芸能」の世界だ。出演を予定していた作品が中止・延期となり、俳優たちの多くが仕事と収入を失った。
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撮影ストックの減ったテレビ局は過去の番組を再放送して急場をしのいだわけだが、再放送された出演作の二次利用料が入れば、仕事を失った俳優も助かる。
しかし、関係者は「俳優も二次利用料を受け取る仕組みはありますが、知られていないか、うまく機能していません」と語る。二次利用料の実態について、俳優の権利を守るために活動する団体に聞いた。
日本俳優連合(日俳連)がアンケート(集計期間5月12日~21日)を実施して「5月以降の収入」を尋ねたところ、フリーランスの俳優422人中、「(以前と)変わらない」と答えたのは4.7%だけで、65.4%は「半分以下」「全くない」と回答した(残り29.9%は「わからない」)。
5月当時、仕事・収入の見通しが立っていないことがわかる。
そんな中、俳優の浅野忠信さんが投稿したツイート(5月14日)が話題に。
「今まで参加した作品の二次使用料(編注※二次利用料とも)とか俳優ももらえるといいのになあ こういう時に困ってる同業者の少しでも支えになると思うんだけどなあ」
「二次利用料」とは、出演した映画がDVD販売やテレビ再放送など二次利用された際に、支払われるお金のことだ。
この投稿には同業者含めて、反響があった。さて、俳優は二次利用料を本当に受け取れないのだろうか。現場の運用実態について聞いた。
今回、取材に応じてくれたのは、日本俳優連合の国際事業部長を務める森崎めぐみさん。
「大きく『映像』と『音声』の仕事で話は変わります。まず、音声から解説します。
音声の仕事とは、たとえば『外国映画の吹き替え』、『アニメーションの収録』、『テレビ番組のナレーション』などが該当します。いわゆる声優の仕事です。
音声の二次利用料は、日俳連が出演ルールを示しており、音声業界の4団体(日俳連、日本音声製作者連盟、日本芸能マネージメント事業者協会、日本声優事業社会協議会)間で運用され、俳優に厳格に分配されています
上記4団体で作るハンドブックには、声優が作品に出演する際の、「初期出演料」と「二次利用料(転用料)」の計算式が詳しく書かれている。
計算の基準となるのが、声優が所属事務所と協議して決める「基本ランク」だ。ランクは最低1万5000円から4万5000円まで設定可能。さらに、4万5000円以上で上限なし都度交渉可能な「ノーランク」まで設定されている(ランクは下げることも可能)。
作品の「初期出演料」は、「A:基本ランク」、「B:作品の放送時間(時間割増率)」、「C:目的別利用料率」の掛け算で決定する。
たとえば、基本ランク最低(A:1万5000円)の声優が、60分(B:1.5)のNHKの海外ドラマ(C:170%)に出演した場合、初期出演料は「1万5000円」×「1.5」×「170」=3万8250円となる。
二次利用の際の目的別利用料率(転用料率)は外国映画やネット配信などによって定められる。先ほどの声優が出演した60分の作品が放送で使われた場合、「2万2500円」(上記A×B)×「20%」=4500円(転用料)となる。
掛け算に用いられるパーセンテージは、外国映画とアニメーション、劇場(シネコン)と劇場(単館)、地上波やBS、CS、転用の回数などによって、それぞれ定められている。
「映画の著作物の保護期間が50年から70年に延長されましたから転用料もそう考えるべきでしょう。転用料は今の所70年間にわたって、払われ続けます」
このように、音声の世界では、俳優に二次利用料が支払われていることがわかった。
映像の世界の俳優には二次利用料が支払われないのだろうか?
「現状のルールに基づくと、浅野さんクラスの俳優であれば、主演放送の二次利用料が支払われることはあるはずです。
きちんと調べると、映像業界でも二次利用料の仕組みは存在しています。ただ、もらえている感覚を持つことのできない俳優さんが多いと思います」
映像の仕事における二次利用料について、もう少し詳しく解説してもらおう。
(1)「局制作番組(制作・放送ともにテレビ局)」、(2)「局外制作番組」と「映画」のケースをそれぞれ見ていく。
(1)局制作番組
「二次利用料のうち再放送料は払われます。NHKでは、独自にNHKから俳優の所属事務所に、フリーの場合は出演者に分配されています。民放の場合も局から出演者に直接支払われます。
放送局制作番組が、ビデオ化、送信可能化(ネット配信)、海外番販等について、自動的に二次利用料の規定も決まります。
ただし、民放の局では、最初の契約で明示されていなかった場合の利用(目的外利用)については、PRE(映像実演権利者合同機構)を通して事務所に分配されています。
現在ではほとんどの番組が制作会社によって作られているため、局制作のケースは多くありません」
(2)局外制作番組・映画
この2つのルールは同じだ。「二次利用料はほとんどの作品について払われていません」。
なお「映画」の中にはテレビの「2時間ドラマ」や「時代劇」も含まれている。そのため、過去の人気時代劇がバンバン再放送されていても、俳優にはお金は入ってこない。
つまり、俳優に二次利用料が払われるのは、現在ではかなり限られた場合ということになる。
「あとは、俳優さんによって個々に制作側と交渉して契約を交わしていることもあるでしょう」
映像の仕事でも二次利用料のルールが存在するとわかった。「しかし、俳優と所属事務所間でどのような約束になっているかはわかりません。俳優がルールそのものを知らないということもあるでしょう」
「さらに、二次利用したテレビ局などが支払う使用料は、著作権の管理事業者(CPRAやaRma)を経て、権利処理団体(PREやMPN)を通じて事務所に分配されます。
事務所に二次利用料が分配されるまでに、これらの機関から手数料を引かれます。俳優の手に渡るころには非常に低額になっていることもあります。事務所に聞かないと、自身に入る二次利用料がいくらなのかわからないというケースもあるようです」
最近はテレビ局の制作費は減少傾向にあり、おのずと俳優のギャラも低下し、支払われるべき二次利用料も低下することになるわけだ。
また、起用される側の俳優は、大物・人気俳優をのぞいて、契約時に「二次利用料」を求めにくい立場でもある。
主張したがために「めんどくさいやつ」と認定されたら出演は白紙。二次利用料どころか1円にもならない。そうであれば、ただ仕事を獲得するほうが利口と考える俳優が普通だろう。
「欧米では映画にしろ、テレビ放送にしろ、俳優は二次利用料を受け取る仕組みができています。アメリカでは、俳優の組合と制作者の協会の労使協約で決められています。二次利用料は働けなくなったときの保険や年金のようなものと考えられているようです」
映像の世界と比較して、音声の世界では二次利用料のルールがしっかり守られている。「ただし、この権利を獲得するために、過去に声優たちはストや裁判で戦いました」
コロナ禍においては、一般社団法人演奏家権利処理合同機構(MPN)が、6月支払い予定だった2020年前期の分配金を4月に前倒しして振り込んだ。ミュージシャンらは突然の対応に驚き、「ありがたい」と感動の声をツイートした。
森崎さんは「映像の世界でも、たとえ少額でも、二次利用の流れが透明化され、実演家が知ることができる仕組みが必要だと思います。10円でも20円でもいいから、二次利用料がきちんと支払われる土壌を作るべきです。今は二次利用料を受け取れる権利の存在を知らない人のほうが多いと思います」と話す。
課題は多い。「たとえばトルコは映画コンテンツのナンバリング制度を世界で初めて法制化しました。転用先を追う仕組みができているんです。日本では、すべての映画を保管することはできていません。
国立国会図書館法で国会図書館に映画の納入が定められていましたが、附則で納入の免除規定があります。同じ役割を果たす機関は国立映画アーカイブ(東京、神奈川の2拠点)ですが、不完全です」
森崎さんは「俳優自身も二次利用料について知っていくことが大事だと思います」と話した。