2020年07月29日 10:02 弁護士ドットコム
芸名を変えざるを得ないーー。芸能人が所属事務所を離れるとき、しばしば起こる問題だ。ヴィジュアル系ロックバンド「FEST VAINQUEUR (フェスト ヴァンクール)」も独立に当たり、10年近く使ってきたグループ名を「使用禁止」にされてしまった。
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ところがこのほど、元所属先との争い(仮処分抗告審)に逆転勝利。7月14日に慣れ親しんだ名前で活動を再開した。
芸名の使用禁止をめぐっては、芸能人の移籍・独立のハードルを不当に高くしているという批判もある。名前を取り戻したメンバーたちは業界の「変化」に期待している。
同グループは2010年10月10日に結成された。FEST(フェスト)は「宴」、VAINQUEUR(ヴァンクール)は「勝者」の意味だ。
「『FEST』には『ライブ』や『楽しい』というイメージもある。その『勝者』というのはライブバンドにピッタリだということで、みんなでこの名前に決めました」(ボーカル・HAL)
ところが今回、契約更新のタイミングで条件面が折り合わなかった。独立を決めたところ、事務所からグループ名の使用を禁止されてしまった。
実際に、ライブ会場や音楽関係者に対し、前事務所から「グループ名の使用は認めていない」旨の連絡などがあったため、周囲に迷惑がかからないようにと、2019年10月に「FV」へと改称した。
グループが前事務所と結んでいた契約では、退所した後、グループ名の権利がどちらに帰属するかは明確には書かれていなかった。
使用禁止に納得がいかないメンバーたちは、裁判所にグループ名の継続利用を求める手続き(仮処分申し立て)も取っていた。
「育ててもらったという気持ちもあるんです。原盤権などは向こうにあるわけですし、同じグループ名で活動できるなら、僕たちが活躍することで、前の事務所にもメリットがあると思うのですが…」(ベース・HIRO)
使えなくした芸名を、事務所が他の所属芸能人やグループに割り振ることはないはずなのに――。
しかし、メンバーは審尋で裁判官から心ない言葉を投げかけられてしまう。大雑把にいうとこんな感じだ。
「個人の芸名は使えるし、つくった曲も引き続き演奏できる。たとえ、グループ名が変わっても、ファンはあなたたちだと認識できるのだから、大きな影響はないのでは」
この裁判官は、資本や労働力などを投下してきた事務所側にも、芸名をコントロールする権利があると判断し、グループ名の継続使用を認めない決定を出した(2019年10月9日)。
一方、今年7月10日に出された抗告審(二審に相当)の結果は正反対のものだった。東京高裁は次のように判断している。
「(編注:事務所が)一定の営業上の努力や経済的負担をしてきたとしても、パブリシティ権は顧客誘引力を有する人物識別情報自体について生じるものであり(…)、名称等の情報が顧客誘引力を有するに至った理由やその発案者が誰かといった経緯によってその発生が左右されるものではない」
たとえ事務所が“投資”してきたとしても、その努力の保護方法は、たとえば楽曲の権利にまつわる取り決めなどによってなされるべきーー。決定文はそんな風に続く。
こうした判断について、代理人の佐藤大和弁護士は次のように語る。
「パブリシティ権の人格権的側面を重視し、芸名はアーティスト側に帰属するという、一歩踏み込んだ判断だと考えています。また、退所後、事務所にグループ名の永続的利用権を認めなかったことも大きい。
今後の裁判実務、契約実務に大きな影響を与えるのではないでしょうか」
抗告審ではファンの後押しもあった。「名前を奪わないで」とネットで署名活動が起きたのだ。集まった一千筆以上は資料として裁判所に提出された。パブリシティ権の前提になる「知名度」の裏付けになっているという。
「第三者からは、大したことがないと思われるかもしれないけれど、演者である僕たちにとって、名前はそんなに単純なものではない。思い入れのある名前を、ファンと一緒に取り戻せたのが本当によかったです」(ギター・GAKU)
グループ名は取り戻したものの、今はコロナ禍。面と向かって、ファンと喜びを共有することは難しい。そこでメンバーたちはツイキャスを使って、ライブの無料配信を実施した。
「ボーカルのHALがバンド名を名乗ったときは、すごい反応がありました。コロナで昔のようにライブはできないけれど、オンラインでできることを色々と考えて、前に進んでいます」(ギター・I'LL)
今回はファンとともに「勝者」というグループ名を体現した形となったFEST VAINQUEUR。ただし、前事務所とはこのほかにも、4つの裁判が残っているという。退所後、半年間の競業避止義務などをめぐるものだ。
メンバーたちは「声をあげられない芸能関係者も多い。芸能人と事務所がwin-winの関係になっていくよう、良い先例をつくりたい」と引き続き争う姿勢だ。