2020年07月27日 10:02 弁護士ドットコム
「教養としての『税法』入門」など計58冊の単著がある、青山学院大学法学部の木山泰嗣教授(弁護士)が6月に「『記憶力』と『思考力』を高める読書の技術」(日本実業出版社)を上梓しました。自身の経験から、これまで本を読んでこなかった人でも、小説や新書、ビジネス書など、好きな本を楽しく読む習慣を身につけることで、「記憶力」や「思考力」が高まるとして、その方法論を解説しています。木山教授に詳しく聞きました。(ライター・国分瑠衣子)
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――なぜ読書が大切なのでしょうか。
「これまで税法の研究者、弁護士として、大量の文章を読んできたのですが、資料や判例を素早く正確に読む力がどこからきているかを10年、20年のスパンで考えた時に、日常的に読書し続けていることが大きな力になっていると感じました。
仕事を離れても本を読んでいる習慣が、長い目で見ると文章を読む力を培っているのではないかということが今回の自著で伝えたかったことです」
――仕事とは直接関係のない読書で、なぜ力が鍛えられるのでしょうか。
「私は29歳で弁護士になりました。司法修習生になった時に、周りには非常に優秀な同期がたくさんいました。司法修習の研修では、100ページほどの過去の裁判事件を加工した資料を読んで起案することが求められます。
私は読むだけで精一杯で、書かれている事実関係をその場で整理するということがとても苦手でした。でも、周囲は苦もなくできている人が多かった。『なぜ早いのか』と聞いたら『本を読むことはないの?』と聞き返されることが多かったのです。
司法試験の勉強はしてきましたが、本を読む習慣はなかったので、早く正確に読む力は、司法試験の勉強とは別なのではないかと感じました。
読書の効能としては、読解力と読むスピードの向上があります。強制的に読書をやらされるのではなく、根気よく、楽しく、ゆっくり読むことを継続することによって、読解力が得られ、そこから記憶力と思考力が鍛えられます」
――著書では、読書を終えた後に身体を動かすことが、記憶するにはとても良いことだと述べていて、共感しました。
「普段、本を読むのは電車の中やカフェです。読んだ後に歩くと本の内容が反芻されます。私は子どもが小さい時から一緒にカフェに行き、私が読書をしている間、子どもにiPadを渡して好きなことをやらせていました。カフェを出て、歩いている時に読んだ本の内容を子どもに話して聞かせたりしました。そうすることでつい先ほどまで体験した読書を再現できます。
司法試験の勉強をしていた時も歩く時間はすごく貴重でした。予備校の自習室でひとりで朝から夕方まで勉強して帰る途中で、頭の中で授業をしたり、その日にやったことを説明したりしました。
記憶力を培うには、5W1Hを意識して体験することが効果的だと考えています。丸暗記したことは忘れてしまいますが、体験したことはなかなか忘れません。ですから、読書の後に、歩くなどの身体を使う行動で『体験』しておくと、記憶のためには効果的です」
――これまで読書をしてこなかったという人に対しては、興味がある身近な分野の本を勧めています。
「本を読む習慣がない人は興味のあるものから入れば、義務感というか『学ばなければならない』という重圧から解放されると思います。本を読む経験ができるほうが大事で、読書の経験や自信を積み重ねていけば『違うジャンルも読んでみよう』と次の段階にいけるようになる。
子どものころから読書の習慣がある人は当たり前のことかもしれませんが、私のように大人になってからでもできるんだということを伝えたいですね」
ーー思考力を高めるためには、どうすればいいのでしょうか。
「『なぜ(Why)?』を常に考えながら読むことですね。記憶力も高まりますが、思考力も高まります。『なぜ、このテーマの本が流行っているんだろう?』という仮説を立ててみるのもいいでしょう。また、小説も含めて、『なるほど、なるほど』とその世界観に引きずり込まれるだけではなく、『疑ってかかる』という読み方が大事ですね。著者にどんどん突っ込みを入れながら、批判的に読むんです。
思考力を高める読書について、より具体的に言えば、同じテーマでもさまざまな考え方の著者の本を読むことです。例えば『キャッシュレス決済』であれば、利点を説く本だけではなく、問題点を指摘する本を読んでみます。一方の側面からだけではなく、反対の側面からも物事をみておくことは、思考力を身につけるためにはとても大事です。
また、頭の回転が速い人の思考プロセスを本でゆっくり確認することもできます。実際に会って話をしてみたら、早口で使われる言葉も難しい人の本も、自分のペースで読むことができます。読書の良さは相手のスピードに左右されない点です」
――思考力をつけるために、目次の活用も提案されています。
「タイトルや目次は著者が考えるものなので、どんなことが書かれているのか想像するのは思考力を鍛える点では大事です。思った通りのことが書かれていれば自分の思考力が優れているという満足を得られますし、そうではないことが書かれていれば、良い意味で裏切られたとその本に満足することができます。想像することが大事だと思います」
――専門的な本を読む時と一般的な本の読み方の違いはありますか。
「仕事ではないけれど、教養として読む時は一般的な本と力の入れ方は異なり、付箋をはったり、概念図を書き込んだりします。ただ、なるべく時間をかけたくないので本格的な読書ノートをつくることはしません。
新書は情報量が多いので、本の余白に概念図を書きビジュアル化します。また、用語を覚えたほうがいいと思うので、歩いている時に反復します。読んだことを全部覚えているか、講義を進めるように確認します。
相手に説明することはとても大事です。ある概念を理解した、勉強した、ということは、どんな年代の人にも何も見ないで分かりやすく説明できるということです。
私の場合は、説明できなかった部分はスマートフォンにメモをしておいて調べます。また、この手の読み方をする時は1冊で終わるともったいないので読み終わったら、同じ著者で同じジャンルの本や、違う著者の本をまとめて買って、一定期間は集中的に読んで整理します。そうすると特定の分野で共通する言葉や整理を確認できます」
――メモやリサーチなどでスマートフォンはどう活用していますか。スマホが普及した今は、ネットニュースなどの「情報」を読むことで精いっぱいで読書まで至らないケースもあります。
「スマホはSNSも含めて、情報の宝庫なので、すきま時間にFacebookやツイッターそしてメールで届くメルマガなどを見ています。ただし、ネット情報と本は全く違うものです。本を読むのは1人の時間です。スマホは1人時間のようで、原典であるソース(情報源)をとりまく紹介記事やその反応コメントが目に入ることで他者が侵入してくる。SNSだと知らない人のコメントなど気になるものに飛んでしまう。他方、本は完結した世界で、自分から出ない限りは本の世界に浸ることができる。良質な本ほど読者を大事にしてくれます」
――新著には、お勧めの本がたくさん載っています。小説、ビジネス書でこれは読みやすいという本や著者を教えていただけますか。
「それほど小説を読まない人なら、ストーリーが明快なので東野圭吾氏がお勧めです。映像化された作品も多く、予想がつかないことを次から次へと見せることが得意な作家です。文体も余計なことは書かず簡文で、客観的描写に努めながらもストーリー展開が上手です。読書が苦手な人は、映画など映像化された作品を見てから小説を読んでもいいと思います。
それなりに読まれる方には松本清張がお勧めです。松本清張の小説は古い割にはとても読みやすく、様々な業界のビジネスシーンにも切り込み、現代にも通じる人間社会が描かれていることが特長です。今でも新装版が出続けています。きっとハマると思います。
ビジネス・教養のジャンルであれば、齋藤孝さんは古典から漫画まで幅広く教養が引用されていることが多いので知的な気分になれます。読みやすくて、他の本への興味や広がりが持ちやすい著者だと思います
思考力を高めたい人にお勧めの本としては『FACTFULNESS(ファクトフルネス)』(日経BP)が、圧巻です。端的に言えば、この本を未だ読んでない人は、いますぐ絶対に完読した方がよいです。先の見えない今の状況を踏まえても、人間が持っている『思い込み』に気づかされる『衝撃の名著』です」
――「弁護士ドットコム」ということでお尋ねしたいのですが、弁護士にとって、読書の意義とは何でしょうか。
「弁護士の仕事は人間が対象ですよね。人間は本質とか、欲望などの単純な言葉では表せない「複雑さ」を抱えています。小説などの本を読むことで、日常では言語化されずに厳然とある人間社会を著者の言葉を通じて(日常体験に意味が付えられる)再体験ができると思います。
弁護士は司法試験に受かったというプライドや、優秀であるという自負が心の基盤にあります。しかし、人間社会は勉強だけで乗り越えられるものではありません。
人間の奥深さ、こんなことがあり得るということを言語で体験できるのが小説だと思います。読書をすることで、目のまえに見える景色は確実に変わります。そうすると、仕事が深くなると思います」