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経済対策で国の借金が急拡大、小黒一正教授に聞く「ポストコロナ」の財政再建

2020年07月25日 09:31  弁護士ドットコム

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新型コロナウイルスの感染拡大による経済の停滞で、度重なる財政出動が、歴史に類を見ない規模に膨らんでいます。さらなる景気浮揚策として消費税減税を求める声もあります。


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コロナ禍の前から、厳しい見通しが指摘されていた日本財政は、さらなる国債の大増発により、国債発行残高が2020年度末には1000兆円を突破する見込みです。ポストコロナの厳しい見通しについて、かねてから財政再建に向けて警鐘を鳴らしてきた法政大学の小黒一正教授に聞きました。(ライター・拝田梓)



●160兆円にまで膨らんだ財政出動

ーー日本の財政再建への道筋は、コロナ禍を経てどう変わるのでしょうか。



コロナ以前から存在する財政・社会保障の問題、つまり低成長、人口減少、そこから発生する貧困化の問題は変わらないと思います。解決策の方向性は、拙著『日本経済の再構築』(日本経済新聞出版社)で説明していますが、今回のパンデミックで一時的に忘れられている状況ですね。しかも、コロナ危機に対する緊急の経済対策で財政に相当の負荷がかかっており、問題は深刻化しています。





国の予算(一般会計の歳出)は160兆円まで膨張しており、税収との差を借金で穴埋めしているわけですが、そのギャップはますます拡大しています。



一般会計の基礎的財政収支について、政府は2025年度までに黒字化する目標を掲げていましたが、コロナ前は9.2兆円の赤字と見積もっていたのが今は66.1兆円まで膨らんでしまいました。



膨張した約57兆円を20年間で償還するとなると、毎年3兆円弱ずつとなります。消費税1%で2.8兆円ですから、20年間ずっと余分に消費税率を1%上げないと償却できない規模の対策をしています。



東日本大震災でも復興債を発行し、所得税や個人住民税に上乗せして25年間で返済する復興特別税を作りましたが、比べ物にならないぐらいの規模になっています。



ーー震災時と同じやり方ではできないということですね。 



はい。また、財政再建には、経済成長による税収増と歳出削減、増税がありますが、歳出削減も限界があります。経済成長により税収増で財政再建を果たせるかについては、1998ー2018年度のGDP名目成長率の実績は年率平均で0.16%しかなく、厳しいと言わざるを得ません。



世界銀行が今年の6月に出した日本の実質GDP成長率予測は、2020年度がマイナス6.8%となっており、衝撃が走りました。



ただ、過去の例では、スペイン風邪の流行は2年間で終息し、長期のGDPのトレンドで見ると、1回屈折してしばらくすると元に戻っており、中長期的な成長率がコロナ前に戻る可能性は十分にあります。



●消費減税は本当に可能か

――消費税減税論が与野党の政治家から出ています。今の財政状況で可能なのでしょうか。



政治的にやろうと思えばできます。しかし、消費税は、社会保障財源の一部になっているので、減税してしまうと、必要な財源が確保できなくなるのが問題です。1997年に5%、2014年に3%あげて8%にするのに17年間もかかっています。上げるのが大変なだけに、一度下げてしまうと、また上げるのが困難です。



今後は、少子化と高齢化が進み、社会保障費が増える中で、財政が赤字になり続け、どこかで帳尻を合わせないといけなくなるでしょう。その時に悲鳴をあげるのは我々や我々の子供の世代です。



ーードイツが新型コロナウイルスの経済対策として、消費税を一時的に減税することを発表して話題になりました。



ドイツは財政が健全化しており、平時に備えていたから余力があります。日本とは債務状況が違います。イギリスも同様です。日本での減税は一時的にはできますが、いずれツケを払わないといけなくなります。





緊急事態宣言時は社会・経済活動が停滞しており、何らかの対策が必要だったのは事実ですから、今の状況で歳出を拡大しないのは難しいでしょう。コロナ問題が収束後、借金で賄った分(増発した国債分)をなんとか償却するしかありません。



ーー償却はどう行うべきでしょうか。



数年での償却は難しいので、借金を特別会計で管理し、長期間かつ低い税率で償却するしかないでしょう。



問題は償却の財源です。消費税や炭素税なども考えられますが、一つの案として、コロナ税のようなものを作ってはどうでしょうか。感染拡大は負の外部性(ある経済主体の活動が市場取引を通じず、他の経済主体へ影響を与えること)をもつので、コロナ税として、「三密」の特定業種や人口密度の高いエリアに追加課税を行い、それを償却財源に利用するわけです。



●経済活動を活発化させるためには、「検査の拡大」しかない

ーーこれからどう経済活動を活発化していけばいいのでしょうか。



検査拡大しかないと思いますね。ウイルスは見えないため誰が感染して、誰が感染していないか分かりません。しかし、感染していない人も一律に自粛する必要が本当にあるのか、私は疑問です。今はPCRなどの検査キットというテクノロジーがあるので、高確率で感染していない人が分かりますよね。検査を増やし、陰性パスポートみたいなものを発行すればいいのではと思います。



ーー日本では検査の義務付けは難しいですよね。



あくまでも希望即検査というかたちで、2週間に1回でも検査できる仕組みを作るといいのではないでしょうか。東京だったら人口は1400万人なので、1日に100万人できれば2週間に1回できることになります。



偽陽性の問題が時々話題になりますが、PCR検査の偽陽性は概ねゼロです。例えば、中国の武漢市では、2020年5月中旬、市内の各地区に対して10日間で全市民の検査を実施しました。約990万人中、症状のある感染者はゼロ、無症状感染者が300人であり、無症状感染者全員が偽陽性としても、偽陽性は0.003%以下という結果でした。



経団連の中西宏明会長が「イベントや美術館・博物館などは、(接触確認)アプリを入れた人でないと入場できないぐらいにしてもいい」と記者団に語ったという報道がありましたが、検査も同様で、陰性パスポートを持っていれば、施設などにスムーズに入れる仕組みを作ればいいのではないかと思います。民間の自主的なメカニズムで検査を受ける仕組みを作るべきでしょう。



ーー政治はどういうスタンスで臨んでいくべきなのでしょうか。



今は金融政策が財政従属、財政政策がコロナ従属という状態です。コロナ危機の「出口」とは、「経済」か「医療」かの二項対立ではなく、徹底した検査を含むテクノロジーの活用により、人びとが安心して消費、教育、運動、レジャーなどの社会生活を送れるようになる「経済も医療も守る出口戦略」ではないでしょうか。



中途半端な戦略では、第2波や第3波という形で感染拡大が発生し、その対策が1年半以上も継続する可能性もあります。この問題を乗り切れるか否かは、経済も医療も両立するための政策を政治が本当にやってくれるかどうかにかかっています。正しい方向に舵を切れるのは政治しかありません。



【プロフィール】
小黒一正(おぐろ・かずまさ) 法政大学経済学部教授。京都大学理学部卒業、一橋大学大学院経済学研究科博士課程修了(経済学博士)。1997年 大蔵省(現財務省)入省後、一橋大学経済研究所准教授などを経て、2015年4月から現職。専門は公共経済学。主な著書に、『財政危機の深層―増税・年金・赤字国債を問う』(単著/NHK出版新書)、『アベノミクスでも消費税は25%を超える』(単著/PHP研究所)、『財政と民主主義 ポピュリズムは債務危機への道か』(共著/日本経済新聞出版社)、『薬価の経済学』(編著/日本経済新聞出版社)、『日本経済の再構築』(単著/日本経済新聞出版社)等がある。