2020年07月22日 10:42 弁護士ドットコム
日本では、企業が不祥事を起こすと「第三者委員会」が設置されることが多い。しかしこれに「経営者の禊(みそぎ)のツールと化している」と批判するのが青山学院大学名誉教授(会計学)の八田進二氏だ。
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会計の専門家として八田氏は、2014年から久保利英明弁護士らと「第三者委員会報告書格付け委員会」で様々な報告書のレビューを重ねてきた。その委員会での仕事をまとめ、『「第三者委員会」の欺瞞 報告書が示す不祥事の呆れた後始末』(中公新書ラクレ)を上梓した八田氏に、第三者委員会の役割はどうあるべきなのかインタビューした。(ライター/拝田梓)
ーーそもそも、第三者委員会はどのような目的で設立されるのでしょうか
そもそも第三者委員会は、欧米から輸入された概念ではなく、「失われた10年」と称されるバブル崩壊期、日本で考案された仕組みです。
第三者委員会については、不祥事を起こした企業や団体が、外部の専門家で構成されるメンバーで設置し、問題の真相究明、責任の所在を明確にさせるものだと考えるのが一般的ではないでしょうか。
しかし実態は、真相や事実を究明する場ではなく、関係者が身の潔白を証明する「禊のツール」と化していることが多いのです。調査中はメディアや世論から逃れる「隠れ蓑」になりますし、数カ月して「問題ありませんでした」という免罪符を第三者委員会が発行する頃には、世論も忘れています。
このように、第三者委員会は「阿吽の呼吸で、事を丸く収める」日本ならではのものとして利用されている側面もあります。
ーー第三者委員会はいつ設置され、どのように存在感を高めるようになったのでしょうか
日本で第三者委員会の原点となったのが、1997年11月、山一證券の自主廃業です。山一は、「簿外債務」すなわち損失隠しの実態究明のため、「社内調査委員会」を設置し、これが第三者委員会のルーツとなりました。
その後、第三者委員会のステータスは高まっていきます。2011年7月、第三者委員会の性質を決定づける象徴的とも言える事件が発覚しました。バブル期の投資の失敗に端を発した一千数百億円の損失を「飛ばし」という手法で隠蔽し続け、企業買収費の水増しなどをしたオリンパスの不正会計事件です。
長期にわたる不正であり、金額からいっても、経営者が知った上で行う「粉飾決算」そのもので、当時の東京証券取引所の基準では明らかに「上場廃止」に相当する不正でした。
しかし、金融庁はじめ国は、世界シェアを誇る内視鏡事業をもつオリンパスの外資による買収や上場廃止は避けたかったのでしょう。東証主導で「自浄能力を発揮すれば上場廃止をする必要はない」とばかりに、第三者委員会が活用されたのです。
元最高裁判事の甲斐中辰夫弁護士を委員長とする第三者委員会が設置され、約1カ月のスピード調査で、報告書が公表されます。この中で、巨額の損失隠しに歴代社長らトップが関わっていたことを認定し、経営陣の一新や関係者に対する法的責任の追求を求める内容となっていました。
その後、オリンパスは上場廃止の危機を免れました。外資による買収を阻止し、蘇生にも成功させるのに、第三者委員会は一役も二役も買うことになったのです。
ーー今では不祥事が起きると、まず第三者委員会が立ち上げられます
企業が立ち上げるのには、メディア対策という意味もあるでしょう。不祥事が発覚すると、メディアは第三者委員会を設置するのか聞くのも通例です。第三者委員会は大体、立ち上げから3カ月後くらいに報告書を出しますが、その時点では世間の関心も薄れ、小さいベタ記事で終わるわけです。
それもあって、経営者が「禊のためのツール」、あるいは「隠れ蓑」になってるんじゃないかと思うんです。
ーー最近の「隠れ蓑」となった事例として、2020オリンピック招致活動の贈賄疑惑を書籍で指摘されています
2016年8月に出された日本オリンピック委員会の調査チームによる報告書も酷かったですね。2020年オリンピック招致の際、日本側が国際陸上競技連盟会長で、国際オリンピック委員会(IOC)委員に400~500万ドルの金銭を支払ったという疑惑です。
外部の弁護士などを交えた「調査チーム」が約3カ月の調査を行い、招致活動はIOCの倫理規定に抵触するようなことはやっておらず、法的に問題はなかったと結論を出しました。
しかも、この報告書は一部のメディアに資料配布は行われましたが、ホームページ上などで公開していません。こうした報告書はまさに公共財として一般にも開示されるのが通例であって、公益財団法人という立場からしても非公開は許されないのではないでしょうか。
その後、日本オリンピック委員会前会長の竹田恆和氏が、贈賄の疑いでフランス当局から取り調べを受けていたことがわかります。竹田氏は会見を開き、「不正はなかった」「それが証拠に報告書でも問題ないと言っている」と話しました。自分の禊のツールとして使っているんです。
そういうことがあるから、誰かが監視しなければいけないと考えています。
ーー八田先生は「第三者委員会報告書格付け委員会」で、数多くの報告書に目を通されています
2014年に始めた活動です。元々は、久保利英明弁護士から「第三者委員会の質にばらつきある。勝手に格付けをしたいから入ってくれないか。会計の専門家がいないんだよね」と電話がかかってきたのが、きっかけです。
久保利弁護士は、切れ味が鋭いし、正義感の強さもあって尊敬していました。最初は「そもそも第三者委員会をそれほど信用していないから、格付けしても不可が付くばかりですよ」と言ったんです。ただ、個々のメンバーが勝手に格付けするのであり、対象となるのが社会的に影響力ある上場会社だったこと、ガバナンスや内部統制に興味がありますから、それならと入ったわけです。
ーー今後どうしたらより良い委員会になっていくのでしょうか
現状は信頼性のない玉石混交になっているのが問題です。選定された委員が誰で、どういう過程で選ばれたのか、終わった後はいくら報酬がかかったのか、より透明性の高い形での開示が求められます。
報酬については、多いものでは弁護士ら委員への報酬に数億円の支払いがあるといいます。委員会が開示しなくても、最終的な報告書がでた後に、会社が概算でもいいから明らかにすればと思います。透明性のある形での「開示」というのは、下手な法律を作るよりも機能しますから。
ーー第三者委員会の「第三者」は本来どういう人が良いんでしょうか
第三者委員を選ぶ際、会社側は経営者の意向を汲みますから、報告書には忖度、阿吽の呼吸があります。亡くなった人や辞めた人に全責任を負わせるなど、ですね。だからこそ、成否を決するのは、人選です。選定過程を含め、透明性が示されており、適格性を持った人でなければいけません。
一番大事なのは独立性、第三者性だと考えます。大まかに言えば、独立性・中立性を中心として、専門性、倫理性・誠実性を備えていることです。
また、案件に即した形でメンバーを選ぶべきです。その案件が自動車の排ガス規制ならそれに詳しい技術者、大学のことなら大学の教育に関わっている人、耐震性なら建築関係の専門家が委員に入らなければいけません。
これまでも、第三者委員会が設置される理由として多いのは、架空取引、粉飾、利益水増しなど会計や連結決算絡みの問題です。最近では、コンプライアンス違反が急増していますが、それでも会計まわりの案件が多数を占めています。ところが、第三者委員会のメンバーになるのは、会計や監査の門外漢と思しき弁護士が多く、公認会計士などの会計のプロは少ないのが現状です。
ーーその一方で、第三者委員会で重宝されるのが元検事の弁護士ですね
第三者委員会で好まれるのは、いわゆるヤメ検の弁護士のようです。それも、会社に反旗を翻したり、執行部に対して毅然とした態度でものをいうタイプではないんですね。清濁併せ飲んでしまう。でも、これでは第三者ではありません。
また、元検事が思っている調査手法と第三者委員会の調査手法は決定的に違います。検事は法律で、被疑者や罪を特定するのが仕事です。事情聴取は性悪説でやっているわけです。検察の捜査の手段は、特定の個人を追及するもので、事実と原因を究明する第三者委員会とは大きく異なります。
ーー不祥事が起きた際、企業はどう対応するべきなのでしょうか
そもそも、第三者委員会を置かなくても、危機管理能力を備えた社外取締役や社外監査役を置き、不祥事が発生する前、もしくは発生後は彼らが主導して社内調査をリードしていけばいいと考えています。彼らは社内の取締役からは独立した立場で、その業務執行の監督するのが任務です。
まずは自助努力を尽くした後に、必要があれば、第三者委員会の設置を検討するべきでしょう。社外役員の調査で済めば、第三者委員会への莫大な報酬も発生しなくなり、メリットも大きくなります。
日本では、かつては大会社にも内部監査部門がないところが多かったのです。でも、内部監査部門がないと、現場で不祥事が起きても適時に発見されず、隠蔽されてしまうんです。すると、経営層も情報を得ていないので「そんなことがうちで起きるはずがない」となり、次の手が打てなくなってしまいます。
不祥事は「必ず起きる」わけではありませんが、どこでも「起きうる」ものです。そう考えて、有事の際にも第三者委員会に頼らない体制を構築していくべきです。
【プロフィール】 八田進二(はった・しんじ) 会計学者。青山学院大学名誉教授、大原大学院大学教授、金融庁企業会計審議会委員、第三者委員会報告書格付け委員会委員など。最新刊に『「第三者委員会」の欺瞞 報告書が示す不祥事の呆れた後始末』(中公新書ラクレ)。