2020年07月21日 10:11 弁護士ドットコム
「ネットで口コミ投稿しないこと」を誓約しないと、診療が受けられないーー。こんな相談が弁護士ドットコムに寄せられた。
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相談者によれば、がん治療のクリニックで自由診療を受けようとした際、誓約書へのサインを求められ、そこには「ネットで口コミなどを投稿しないこと」という条項があったという。
自由診療は全額自己負担。そのため、「治療に対する実感などを口コミ投稿すれば、今後受診を検討する人の参考になるはず」と相談者は考えているようだ。
他方で、一度でもいわれのない低評価や事実無根の誹謗中傷が書かれると、事業者側は深刻な悪影響を受けてしまうおそれがある。
クリニックが「ネットでの口コミ投稿禁止」を誓約させることに問題はないのだろうか。大橋賢也弁護士に聞いた。
ーークリニックが「ネットでの口コミ投稿禁止への誓約」を受診条件としているようです
「民法は、契約を締結するかどうかを決定する自由(521条1項)、契約の内容を決定する自由(同条2項)を定めています(契約自由の原則)。
つまり、契約を締結するかしないか、また締結するにしても誰とどのような契約を締結するかは、各人の自由であるのを原則としています。
契約自由の原則からすると、クリニックが、上記のような条件を設けることは許されるようにも思われます。
しかし、民法521条1項は『法令に特別の定めがある場合を除き』、同条2項は『法令の制限内において』としており、契約自由の原則が無制約ではないことを規定しています」
ーー「原則あるところに例外あり」ということですね
「この点、医師法19条1項は、『診療に従事する医師は、診察治療の求があった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない』として、いわゆる医師の応招義務を定めています。
応招義務は、医療の公共性、医師による医業の業務独占、生命・身体の救護という医師の職業倫理などを背景に規定されたものです」
ーー受診拒否に正当な事由があるかどうか、ひいては医師の応招義務に反しているか否かが問題になるわけですね
「診療の求めに応じないことにつき『正当な事由』が認められるケースの1つとして、患者と医師の信頼関係が喪失しているケースがあります。
たとえば、診療等において生じた又は生じている迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化されます。
また、患者が支払能力があるにもかかわらず悪意をもってあえて支払わない場合等も、診療しないことが正当化されています。
患者を診療しないことが正当化されるか否かについては、厚生労働省の通知でも整理されています」
ーー今回のように、「ネットでの口コミ投稿禁止」を誓約しなかったため受診を拒否された場合、応招義務に反するのでしょうか
「初診に際して上記のような条件を設けることは、信頼関係喪失以前の問題なので、応招義務に違反すると思います。
もっとも、患者がネットで医師の診療内容に関し、SNSなどに事実と異なる口コミ投稿をしたり、医学的に間違った投稿をして、医師の名誉を毀損したり、業務を妨害したような場合は、患者との信頼関係が喪失したとして、以後の受診を拒否することは、正当な事由に基づくとして応招義務に違反することにはならないでしょう」
ーー医師に課せられる応招義務の重要性を感じます
「医師や病院は、ネットでの口コミ投稿をしないようにお願いすることは可能ですが、事前に防止する手段はありません。仮に、口コミ投稿で名誉毀損された場合などには、事後的に、削除要請や損害賠償請求を検討することになります」
【取材協力弁護士】
大橋 賢也(おおはし・けんや)弁護士
神奈川県立湘南高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。平成18年弁護士登録。神奈川県弁護士会所属。離婚、相続、成年後見、債務整理、交通事故等、幅広い案件を扱う。一人一人の心に寄り添う頼れるパートナーを目指して、川崎エスト法律事務所を開設。趣味はマラソン。
事務所名:川崎エスト法律事務所
事務所URL:http://kawasakiest.com/