2020年07月19日 08:41 弁護士ドットコム
「テラスハウス」に出演した木村花さんが5月に亡くなり、その背景にSNSでの誹謗中傷があったとして大きな波紋を呼んでいる。ネットでの炎上は、まるで「世論」がそうであるかのような印象を与え、時に命を奪うほどに大きな影響をもたらす。
【関連記事:「流産しろ」川崎希さん、ネット中傷に「発信者情報開示請求」 追い詰められる投稿主】
しかし実際には「炎上に参加している人は、ネットユーザー全体から見るとごく一部」だと国際大グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授は指摘する。
山口准教授が炎上のメカニズムを検証するなかで「同じ人が何度も書き込んでいるケースがある」実態もみえてきたという。
果たして、私たちが普段見かける炎上の実態とは? そして、誹謗中傷対策には何が有効なのか? 山口准教授に話を聞いた。
ーー炎上に参加している人は実は少数というのは驚きました。いったいどのくらいの割合ですか。
ある人や企業の行為・発言・書き込みに対して、インターネット上で多数の批判や誹謗中傷が行われることを炎上と定義しています。
2014年の調査では、過去1年以内に炎上に参加している人は、約0.5%しかいませんでした。1件あたりの参加者数を推計するとたった0.0015%です。これは7万人に一人くらいということになります。2016年の調査でも、過去1年以内の炎上参加者は約0.7%と、ネットユーザー全体で見ると非常に少ない人数です。
ただ、炎上の件数は昔よりも増えています。2019年には約1200件、平均して1日3回以上発生していることになります。ですので、現在は0.5~1%程度にはなっているかもしれません。
ーーコロナ禍では、SNSで感染者に対する誹謗中傷が相次ぎました。数としても実際に増えていたのでしょうか。
これは私も驚いたのですが、デジタル・クライシス総合研究所の調査によると、新型コロナウイルスにより、2020年4月の炎上件数は前年同月比で3.4倍も増加していました。SNSの利用時間が伸び、書き込む人が増加しているためと考えられます。
ただ、中には同じ人が何度も書き込んでいるケースがあるということを忘れてはいけません。
ーーコメントが多数寄せられていても、実際に書き込んでいる人数は少ないということですか。
例えば、木村花さんに対して寄せられたコメントは、ピーク時で1日数百件でした。その中で、10回以上書いているアカウントが約1.3%ほどでした。これは全体投稿数の14%ほどに当たります。
こうした傾向は、過去の調査でも見られています。
2016年の調査で、過去1年以内に炎上に参加した人に対して、炎上1件あたりに最大何回書き込んだかを尋ねました。その結果、書き込んだ人の60~70%は、1~3回の書き込みでした。イラっとしても、1回だけという人がほとんどということです。一方で、51回以上書き込んだ人が3%ほどいたのです。
先ほど、2014年の調査で過去1年以内に炎上に参加している人は約0.5%だったと言いましたが、この0.5%の中のさらにごくわずかの人が、炎上の大半を占めている可能性があるということです。
ーー51回以上というのはすごい数ですね。なぜそこまで繰り返し書き込むのでしょうか。
2016年の調査で、「アイスケース炎上事件」について書き込んでいる人の理由を調べると、60~70%は「許せない」「失望した」など正義感によるものでした。
さらにこうした正義感から書き込んでいる人は、「ストレス解消になるから」「楽しいから」などと答えた人よりも書き込み回数が多いことが分かりました。
確固たる信念を持っていて、叱りつけるとか正してやろうという感覚があるのだと思います。
ーーネットユーザー全体から考えるとごく一部とはいえ、数百~数千の批判や誹謗中傷を書き込まれた側は気が気でないと思います。どのような心持ちでいれば良いのでしょう。
覚えておかなければならないのは、批判を寄せている人はネット全体を見ればごく少数であること、さらに、ネットは能動的な発信しかない空間で、強くてネガティブな意見が表出しやすいということです。
2018年のネット言論の意見分布について調査で、「憲法改正」についてどう思うか7段階で尋ねたところ、もっとも多かったのが「賛成とも反対ともいえない」の35%で、「非常に賛成である」「絶対に反対である」はそれぞれ7%ともっとも少ない割合でした。
一方、「憲法改正」についてSNS上にそれぞれの意見の持ち主が書き込んだ総回数を尋ねると、もっとも多いのが「非常に賛成である」で、次に多いのが「絶対に反対である」という結果になりました。
もっとも人数が少なかったはずの極端な意見が、ネット上で多く表出しているのです。
政治的な議論に限らず、ネット上に意見を書いてる人は、全体からするとごく少数であり、偏っているという実態を自覚することが重要だと思います。そうすれば、自分が標的になっても「世の中全員が敵ではない」と思えて気が楽になります。
逆に言えば、強い言葉でリプライを寄せている人は、かなり尖っている人と言うことです。書き込む立場の人もこれを自覚しておけば、そこに便乗しようという気持ちも働きにくくなるのではないでしょうか。
ーー木村花さんの死を受け、誹謗中傷に対する罰則の厳罰化を求める声もあります。今後どうしていくべきでしょうか。
厳罰化に関しては、慎重であるべきだと思います。誹謗中傷など批判との線引きが難しいものを厳罰化すると、拡大解釈される恐れがあります。
「滑り落ちる坂」という現象があります。施行した時は良い理想があって適応していくだろうと考えられるのですが、10年20年とたつにつれて、グレーゾーンが拡大解釈されていくと言うものです。また、強い政権が誕生した時には、政敵への規制に使われかねません。
ーー海外では、どのような法規制がありますか。
韓国では2004年から「インターネット実名制」が導入されましたが、2012年8月に日本でいう最高裁判所によって違憲判決が出されて廃止となりました。肝心の効果についても、悪意のある書き込みの減少割合は軽微なものでした。正義感から書き込んでいる人は、実名でも匿名でも関係なく、書き込みを続けると考えられます。
マレーシアでは2018年に「フェイクニュース対策法」が成立しましたが、その定義はあいまいで、政権批判を封じる目的だとも言われました。政権交代後に廃止されましたが、安易な法規制は、表現の萎縮をもたらす可能性があります。
また、ドイツでは2017年に「ネットワーク執行法」が制定されました。これは、プラットフォーマーへの取り締まりを強化するもので、「侮辱などの違法な内容がある」とユーザから報告された場合、直ちに違法性を審査・違法なものは24時間以内に削除する必要があります。削除対応できない場合には、高額の罰金が課せられます。
これは2つ問題があります。1つは24時間以内に対応しなければならないため、違法な書き込みかどうかという判断を企業でおこなう点です。特にプラットフォーマーは海外企業も多く、海外企業の一社員が、違法性を判断することになります。
また、2点目は高額の罰金が課されることで、とにかく投稿を削除する方向にはたらくことです。過剰に削除していないかという危険性が指摘されています。
ーープラットフォーマーが、言論に責任を持つべきなのか。また、どこまで対応できるのかは難しい問題です。
単純に「削除して」と要望するのは違うと思います。なぜかというと、強く規制したり独自の判断で削除したりすると、プラットフォーマーが言論をコントロールすることになってしまいます。それもみなさん許容するのでしょうか。
ただ、設計上は色々な工夫ができると思います。例えば、人が投稿する際に、アラートを出す。アメリカでは、学生が開発した『ReThink』というアプリの実証実験で、93%の人がSNSへの投稿を思いとどまったという結果が出ています。
最近は、Yahoo!ニュースのコメント欄で、AIを活用した投稿時注意メッセージが出るようになりました。これは非常に意義のある出来事で、今後どういう効果を生むか注目しています。
また、ミュートやブロック機能を使いやすくする方法も考えられます。単語を一つ一つ指定してミュートするのではなく、感情分析を応用し、誹謗中傷的な投稿を一括で非表示設定ができるようになると良いと思います。心の平穏を保てるような設定があっても良いのではないでしょうか。
もっとも悪いのは、プラットフォーマーではなく、誹謗中傷の発信者です。そこは忘れてはいけないと思います。
ーー総務省でも、発信者の情報開示のあり方について議論が進んでいます。
もっとも重要なのは、被害者に寄り添うような法改正だと思います。総務省で有識者会議が始まっていますが、現状は特定までに時間も費用もかかるため、手続きを簡素化するという方法が考えられると思います。
誹謗中傷と批判の区別は難しいです。批判は認められるべきですが、攻撃されている側からすると区別はつきません。300件も批判がついたら、人は傷つくものです。
ポイントは、人格攻撃かどうかだと思います。誰かの行動を不快に思って、「~はよくないと思います」と「もう出演すんな、死ねよ」は全く違うもの。批判する際にも、相手を尊重した上で批判するのが必要だと思います。
大事なことは、感情的になったとしてもすぐにSNSに書かないこと。不快に思っても、不快だなと思って終わりでいいんです。投稿する前にワンクッション置いて考える時間が必要です。情報社会だからこそ、他者を尊重するという当たり前の道徳心を皆で育むことが重要だと感じます。
【プロフィール】山口真一(やまぐち・しんいち)。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター准教授。2015年に慶應義塾大学で博士号(経済学)を取得し、国際大学助教などを経て、2020年より現職。専門は計量経済学。研究分野はネットメディア論、情報経済・政策など。著書に『炎上とクチコミの経済学』(朝日新聞出版)、『なぜ、それは儲かるのか』(草思社)など。