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ママ友たちの間に友情はあったのか? 『消えたママ友』が与えるリアルな“気づき”

2020年07月18日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 作者自身の経験や身の回りで起きたことを、漫画作品によって綴るコミックエッセイが書籍の中でも売上を伸ばし始めてから早数年。珍しい体験談やメンタルヘルス系、ペットの様子を描いたハートフルな作品まで、様々な作品が存在するが、中でも多くの人が経験する結婚生活や育児における困難を描いた作品は共感を得やすい。


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 ウェブコミックマガジン「コミックエッセイ劇場」(KADOKAWA)では、デイリーランキングで1~3位までを家事・育児系のコミックエッセイが独占(7月16日)。1位を獲得した野原広子によるコミックエッセイ『消えたママ友』は6月25日に発売された直後、SNS上でタイトルがトレンドワード入りを果たした。


 結婚・出産は本来幸せな出来事であるはずだが、パートナーとの家事や育児の分担、義両親との関係性、家庭と仕事の両立など、そこには数多くの壁が存在する。子どもが保育園に入れば、自然と同級生の親とも関わりを持つようになるが、どうやら世間ではこのママ友との関係性に悩みを抱えている母親が少なくないようだ。


 家事や育児に関する情報交換や息抜きなど、何か困った時には助け合うためにママ友をつくったものの、家庭の収入や子どもの能力による“ママ友カースト”に巻き込まれることも。そこにはボス的なママが存在し、少しでも逆らったり外れた行動を取れば、「無視された」「子どもが仲間はずれにされる」「学校での情報を伝達してもらえない」などのいじめに遭う可能性もあるという。


 これまでもコミックエッセイだけにとどまらず、2011年のドラマ『名前をなくした女神たち』(フジテレビ系)や、2015年の『マザー・ゲーム~彼女たちの階級~』(TBS系)などでは、過酷な“ママ友いじめ”の実態が描かれてきた。


 『消えたママ友』の作者・野原広子も2015年に発売された『ママ友がこわい』で同様のテーマを描いたが、今作は少し雰囲気が異なっている。


 これまでも『離婚してもいいですか?』や『娘が学校に行きません』など、数々の問題作を発表し、他人には明かせないが、多くの母親が持つ孤独や不満を包み隠さず描くことで共感を得てきた野原広子。


 今年1月にウェブメディア「よみタイ」で連載がスタートした『妻が口をきいてくれません』も大きな話題を呼び、夫への不満が頂点に達し、数年に渡って夫を無視する妻に対してSNS上では議論が巻き起こった。


 そんな彼女が描く『消えたママ友』には、4人のママが登場する。主人公はパート勤務で、保育園に通う息子・コー君のママである春ちゃん。彼女には保育園に仲良しのママ友が3人いて、勝気な性格のリオちゃんを育てるヨリちゃん、すうちゃんママで現実的な友ちゃん、ツバサ君を育てながらバリバリ働くおしゃれな有紀ちゃんと一緒に日々過ごしている。


 ママ友は互いを「子供の名前+パパママ」で呼ぶのが一般的だが、彼女たちは互いを「ちゃん付け」で呼ぶほど大の仲良し。いわゆる“ママ友カースト”や“ママ友いじめ”には無縁で、何も問題ないように思えた矢先、有紀ちゃんが失踪。春ちゃんたちに何も告げず、ツバサ君を置いて行方不明になってしまう。保育園では「男と逃げた」とたちまち噂に。先日3歳の娘を放置死させたとして女性が逮捕されたニュースが報道されたが、同じようにSNSでは真実が明らかになる前から「どうせ男ができたんだろう」と推測する声が溢れていた。その人自身の背景はおざなりにされ、第三者が子どもを放置するダメな母親としてレッテルを貼る。野原広子が描く作品には、いたるところにリアルが溢れているのだ。


 ただ1人、主人公の春ちゃんだけは違った。いつも優しくツバサ君を愛していた有紀ちゃんがそんなことをするはずがないと信じ、以前有紀ちゃんが酔った時に呟いた「死にたい」という言葉だけを頼りに、あれこれと理由を想像。しかし、考えれば考えるほど、あれだけ仲が良かったはずなのに、有紀ちゃんのことを何も知らないことに気づく。


 さらに、彼女の失踪をきっかけに、残された3人の関係性にも変化が。今まで有紀ちゃんがバランサーとしての役割を果たしてくれていたことで、自分たちは“仲良しママ友”でいられたことを春ちゃんは実感する。


 自分たちは本当に仲が良かったのか、子どもたちの“母親”としてではなく、“友達”として相手のことを理解しようとしていたのか。春ちゃんたち4人が互いに隠している現実や、友情の行く末が気になる本作。ミステリー小説のようだが、誰もが経験しうるコミックエッセイとなっている。読むあなた自身が、有紀ちゃんをダメな母親だと責める人にも、春ちゃんの立場にも、そして第2の有紀ちゃんにもなり得るのだ。


(文=苫とり子)