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京アニが「KAエスマ文庫」に力を注ぐ理由 『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』誕生の背景

2020年07月17日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 電撃文庫やファンタジア文庫、ヒーロー文庫など数あるライトノベルのレーベルの中で、独特の存在感を放っているのが、京都アニメーション刊行のKAエスマ文庫だ。2020年9月18日に公開となり、京アニが改めて進み始めたことを世に見せる長編アニメ映画『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』も実は、KAエスマ文庫から原作小説が刊行されている。最近は5ヶ月連続で新作を刊行し、アニメ制作に先んじて京アニ復活への強い意志を示してきた。


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 孤児として引き取られ、ギルベルト少佐の下で女子少年兵として戦ってきたヴァイオレット。戦場でギルベルトを失い、両腕もなくして終戦を迎えた彼女は、両腕に義手をつけ、ギルベルトの友人だったクラウディアが運営するC.H郵便社で、手紙を代筆する自動手記人形(オート・メモリーズ・ドール)として働き始める。


 戦うことしか知らなかったヴァイオレットは、エヴァーガーデンという姓をもらい、仕事や日常での様々な出会いを通して“感情”というものを芽生えさせながら、別れの間際にギルベルトから聞かされた、「愛してる」という言葉の意味を探っていく。


 2018年1月からテレビアニメとして放送された『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は、京アニならではのハイクオリティな映像と、心を揺さぶるストーリーで評判となった。『涼宮ハルヒの憂鬱!』や『けいおん!』、『響け!ユーフォニアム』など、小説や漫画を原作にした大人気アニメを多く送り出してきた京アニにあって、看板作品のひとつになっている。


 この『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が、暁佳奈による小説としてKAエスマ文庫から登場したのは2015年12月のこと。京アニが開いているコンテスト、第5回京都アニメーション大賞の小説部門で初の大賞作品となり、高瀬亜貴子によるイラストと共に本編上巻が刊行された。1年後には本編下巻、そして2018年3月に外伝が登場し、2020年3月にシリーズ最終巻という『ヴァイオレット・エヴァーガーデン エバー・アフター』が送り出された。


 「兵器」としての自分しか知らず、人形のようだった少女が変わっていく姿、そしてギルベルトへの想いに気づいていく様に、誰かを愛する気持ちの大切さ、大勢の中で生きる素晴らしさが感じられる。アニメでギルベルトは、2019年9月公開の映画『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝 -永遠と自動手記人形-』に至るまで未帰還兵扱いとなっているが原作では存命で、『エバー・アフター』で関係にひとつのフィナーレを迎え、強い感動を与えてくれる。


 絶望からの再生。2019年に理不尽な事件に巻き込まれて映画の公開を延期せざるを得なかった京アニへの、ファンの切なる想いも代弁しているような『エバー・アフター』。完全新作の『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』では、ストーリーがどう繰り広げられるのか。公開が待たれるし、その前に原作をそろえて読んでみたくなる。


 アニメ制作会社でありながら、京アニがKAエスマ文庫を創刊し、激戦のライトノベル市場で刊行を続けている背景には、企画や原作を自社で持ち、オリジナルの作品を送り出していこうとする意識がありそうだ。


 2009年に小説などを募る京都アニメーション大賞を発足させ、2010年に第1回の受賞作を発表し、奨励賞となった虎虎『中二病でも恋がしたい!』を2011年6月のKAエスマ文庫創刊と共に刊行。後にテレビアニメ化を行い、劇場版も作られるオリジナルからのヒット作へと育て上げた。


 ビデオ会社やテレビ局、最近では映像配信会社などから持ち込まれた企画に沿って制作費をもらい、作品を作るのが従来のアニメ制作会社のスタイル。これではBlu-rayやキャラクターグッズが売れても制作会社への還元はない。製作出資をして権利を得る取り組みを行うアニメ制作会社も出てきたが、さらに原作権まで持てば実入りは大きい。なにより自前の企画で勝負できる。


 第2回で奨励賞の鳥居なごむ『境界の彼方』、第4回奨励賞の秦野宗一郎『無彩限のファントム・ワールド』とアニメ化作品が相次いで誕生。第2回で奨励賞となったおおじこうじ『ハイ☆スピード!』を原案とした『Free!』シリーズでは、男子高校生の水泳選手たちが競い合うストーリーで女性ファンを開拓した。弓道部員の男子たちを描いた第7回審査員特別賞の綾野ことこ『ツルネ -風舞高校弓道部-』もNHKでアニメが放送され、女性ファンを誘っている。


 そのKAエスマ文庫では、2020年に入って「KAエスマ文庫リレー2020」という5冊の新作を送り出すキャンペーンを展開。第8回の奨励賞作品『二十世紀電氣目録』でデビューした結城弘が、1月に『モボモガ』を刊行し、大正時代から現代へとタイムスリップして来た少女が、元の世界に帰るために京都の街を走り回るSF青春ストーリーで楽しませた。


 2月に『ヴァイオレット・エヴァーガーデン エバー・アフター』を刊行し、3月に第10回奨励賞の鏡はな『時間』を刊行。文化人類学の助教と結婚目前だった女性が、銀色の正体不明な物体と接触したことで奇妙な事態に陥るSFで、恋人への愛情を違う形に変えて守り続ける助教の強さに感動させられた。


 第10回特別賞の橘悠馬『典薬寮の魔女』は、薬師の少女が薬殺阻止に挑む王朝ミステリーで、日向夏『薬屋のひとりごと』を思わせる内容。


 そして5月、第10回特別賞受賞作の小川晴央『サクラの振る町』を刊行。桜の花びらに似た物質が降り注ぐ不思議な現象と、青春ならではの少女たちの複雑な感情が重なった物語は、男女を問わず関心を誘うものとなっている。イラストはラノベの『弱キャラ友崎くん』などを手がけるフライが担当。ぜひアニメ化して、美しい光景とドキドキさせてくれる物語を見せて欲しい作品だ。


 京アニが、これからの新しい企画を世に問う場として、そして他のラノベレーベルとは違った作品が読めるレーベルとして、KAエスマ文庫から目が離せない。


(文=タニグチリウイチ)