2020年07月13日 19:12 弁護士ドットコム
手術直後の女性患者にわいせつな行為をしたとして、準強制わいせつ罪に問われた男性医師の控訴審判決。東京高裁の朝山芳史裁判長(細田啓介裁判長代読)は7月13日、1審・東京地裁の無罪判決を破棄し、懲役2年を言い渡した。
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判決後、東京・霞が関の司法記者クラブで会見を開いた男性医師は「怒りと憤りを覚えています。やっていませんし、無罪です。公正であるべき裁判官が公正な判断をしないことに怒りを覚えている」と話した。
弁護側は「冤罪を放置するわけにはいかない」と上告する方針を明らかにした。
判決によると、男性医師は2016年5月10日、東京都足立区の病院で、乳腺腫瘍の摘出手術をした女性に対して、病室で着衣をめくり胸をなめるなど、抗拒不能に乗じてわいせつな行為をおこなった。
会見で主任弁護人の高野隆弁護士は「あまりにも非常識、かつ非科学的な判決だった。一昔前の冤罪判決そのものだった」と評し、(1)病院関係者の証言がしりぞけられたこと、(2)科捜研の鑑定結果の評価、(3)せん妄についての判断、の3点について問題視した。
●(1)病院関係者の証言がしりぞけられたことについて
1審は、看護師の証言などから、手術後に女性が「ふざけんな、ぶっ殺してやる」などと言ったと認定した。カルテには「不安言動は見られていた」とあるものの、せん妄との記載はなく「術後覚醒良好」と書かれていた。
高裁判決は、これらが病院関係者の証言であることにも触れ、「医療事件におけるカルテの記載の重要性などに鑑みて、言動を認定した1審の判決は合理性の観点から疑問を入れる余地がある」とした。
高野弁護士は「看護師の皆さんが病院関係者であり、病院側に優位な偽証をする動機があるというようなことを言った。しかし、控訴審の裁判官は彼女の証言を見てもいない。詳細な証言を一言で片付けるのはあまりにも非常識だ」と批判した。
●(2)科捜研の鑑定結果の評価について
1審は、女性の乳首から検出されたアミラーゼとDNAは、触診や別の医師との会話などで付着した可能性があることなどから「鑑定には一定の疑義があり、仮に信用性があると仮定しても、その証明力は十分なものとは言えない」と判断していた。
高裁判決は、アミラーゼ鑑定やDNA鑑定、DNA定量検査の数値などの証拠は、「犯行を一定程度推認させるが、それ自体で犯行を証明できるものでなくても、女性の証言の信用性を支え、これと相まって女性がわいせつ被害にあったことを立証するものであれば足りる」とした。
その上で、陽性反応の客観的な資料が残されていないアミラーゼ鑑定について、「(科捜研の研究員が)あえて虚偽の証言をする実益も必要性もなく、証言内容にも不自然な点は認められない」などとして、信用性を否定すべきではないとした。
また、ワークシートが鉛筆で書かれ修正・追加がされたり、抽出液の残りが廃棄されたりしているDNA鑑定については「検証可能性の確保が科学的厳密さの上で重要であるとしても、これがないことが直ちに鑑定書の証明力を減じることにはならない」とした。
高野弁護士は「鑑定を裏付ける客観的証拠が何一つない。鑑定した人がちゃんとやりましたと言えば、裏付けるものが何もなくても信用しなきゃいけないのか。非科学的だ」と憤った。
●(3)せん妄についての判断について
控訴審では、検察側と弁護側の双方から推薦された専門家の証人尋問がおこなわれ、女性がせん妄状態にあったか、せん妄状態にあったとして幻覚が生じる可能性があるかなどについて証言された。
検察側証人として出廷した獨協医科大学埼玉医療センターこころの診療科診療部長の井原裕氏は「せん妄に陥っていた可能性はあるものの、せん妄による性的幻覚を見たという可能性はない」として、女性の証言の信用性に問題はないと証言していた。
一方、弁護側証人として出廷した埼玉医科大学国際医療センター精神腫瘍科教授の大西秀樹氏は「せん妄状態にあり、LINEメッセージを打つことは、手続きの記憶として意識的な処理なしに自動的に行える」と指摘。「せん妄状態であっても可能で、女性が幻覚であった可能性が高い」と証言していた。
高裁判決は、「LINEメッセージを打つことを手続き記憶による行動と説明するには飛躍している」などとして、「大西医師の証言は井原医師の証言と比較して信用性が低いと言わざるを得ない」として、女性の証言の信用性の判断に影響を及ぼすことはないと結論づけた。
高野弁護士は「検察側証人の診断は、世界的なせん妄に関する診断基準を無視した独自のもので、なんの裏付けもない。科学者たちの証言を根こそぎ否定する暴挙に出た」と批判。「この時代に冤罪が生まれたことについて衝撃を受けている。さらなる戦いを進めていきたい」と最高裁で争う姿勢を示した。