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ネットの中傷地獄で自殺未遂、そして出家…元女性アナ、執念で加害者を特定 「被害者の駆け込み寺つくりたい」

2020年07月11日 09:51  弁護士ドットコム

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弁護士ドットコムのLINEで誹謗中傷の体験を募ったところ、自殺未遂まで追い込まれた女性からコンタクトがあった。「地獄にも似た」苦しみと戦うため、中傷相手を特定して対決する道を選んだ。


【関連記事:「流産しろ」川崎希さん、ネット中傷に「発信者情報開示請求」 追い詰められる投稿主】



髙橋美清さん(55)。もともとは「髙橋しげみ」の名前で、フリーアナウンサーとして各方面で長らく活躍してきたが、ある業界関係者の男性からのストーカー被害を受け、事件化することになった。ところが、本当の「地獄」は事件の後に待っていた。



逮捕後すぐに不慮の事故で男性が死亡してしまうと、世間の矛先がすべて髙橋さんに向けられ、ひどいネット中傷に襲われたのだ。



苦しみを乗り越えるために比叡山で修行。現在は僧侶「髙橋美清」として活動している。同じく誹謗中傷に苦しむ人のため、相談にのる「駆け込み寺」を作る予定だ。(編集部・塚田賢慎)



●ストーカー事件報道で「特定」される

待ち合わせの場所に現れた髙橋さんは、ベリーショートの髪型をした姿勢の良い女性だった。「コロナの終息を願って伸ばしているんです。いつもは剃り上げているから、私にとってはこれでも長髪なの。また剃るんですよ」



差し出された名刺には「天台宗 僧侶 髙橋美清」。彼女の口から語られる解決までの3年間は苦難の道のりだった。



ストーカー事件の被害者になったのは2015年。仕事関係者のAさんから、執拗な電話やメールを受けるようになり、被害届を提出。Aさんはストーカー規制法違反の疑いで逮捕された(脅迫罪で罰金の略式命令)。



「被害者は群馬県に住む50代の女性アナウンサーで元交際相手」などと報じられたことで、髙橋さんの身元はすぐに特定されてしまった。



髙橋さんによれば、Aさんが逮捕前、ブログで「髙橋さんからお金を取られた」などの記事を書き連ねていたこともあり、「悪いのは女のほうだと、私への非難が始まったんです」。



「交際していた、お金を取られたと書かれましたが、内容は事実ではありません」(髙橋さん)。しかし、どれだけ違うと叫んでも、髙橋さんは「有名人から金を取った元交際相手」に仕立て上げられた。被害者と加害者の立場は逆転し、ネット上の誹謗中傷が始まった。





●まさかの死。待っていたネットの誹謗中傷

襲いかかる攻撃は何倍にもふくれあがることになる。Aさんが報道からほどなく不慮の事故で亡くなったのだ。「事件を苦にして自殺か」と書かれたこともあり、これで髙橋さんの扱いは完全に「加害者」になってしまった。



ツイッターなどのSNS、ネット掲示板、まとめサイトには、髙橋さんの顔写真とともに「人殺し」「今日は死なないの?」「首吊るの待ってるんだけど」「クソババア」「お金を取って、男を騙した」などの罵詈雑言があふれかえった。



「大量の中傷は何十万件にも感じられました。ネットだけではなく、自宅の電話が鳴らされ、勝手に荷物が送りつけられるなどいやがらせもエスカレートしました」



●現実世界で孤立、そして自殺未遂

理不尽な中傷は髙橋さんから仕事まで奪った。出演番組は降ろされ、新聞の連載も打ち切り。テレビ局は視聴者からクレームを受けることを嫌ったようだ。新聞社は「表に出ることは髙橋さんのためにならない」と伝えてきたという。



仲間だと思って信頼していた業界関係者も、髙橋さんからの連絡を無視。自分のフェイスブックに「人殺し」「この女、金取ったんだろう」と書き込んだ知人もいた。



この年のはじめに最愛の母親を亡くしていたこともあり、世の中に助けてくれる人もいない。すべてを失った髙橋さんの精神は崩壊した。



「こういうお話をするとね、中傷なんて見なければいいと言われますが、中傷は被害者の目を引きつける魔物です。どうしても見てしまうんですよ。死ねという言葉に洗脳されて、そういう気持ちになっちゃう。手首も切りましたし、薬もたくさん飲みました。でも、死に切れなかった」



からくも生き延び、戦う決心をした。このように考えたからだ。



「このまま死んだら、ネットの書き込み通りに、ありもしない罪を死んで認めたことにされる。1人でも捕まえないと。そのために動かなければ、私の心が本当に壊れる」



●「この人だけは許せなかったんです」

髙橋さんが最初に取り掛かったのは、誹謗中傷をした投稿者の特定だ。個人で情報開示請求をしたが、コンテンツプロバイダーはIPアドレスを開示しなかった。弁護士を通じた再度の請求も認められなかった。



並行して、警察に被害を訴えたが、ストーカー事件のときのような親切な対応はされなかった。「有名税だから我慢して」「見なければいい」と非情に追い返された。



「警察が動いてくれるまでに3年かかりました。被害者の会や、弁護士会の会長さん、警察と縁のある人にお口添えをいただいて、なんとか話を聞いてくれることになったんです。それで資料を提出したら、『こんなにひどいのか』と驚いていました」



1人の投稿者を名誉毀損罪で刑事告訴した。



「この人だけは許せなかったんです。初期のころから同じIDで何度も何度もQ&Aサイトに書き込みをして、それが掲示板に転載されて、多くのスレッドが立ち上がる。『首吊らないのか』と書いて、私の心を壊した相手です」





●執念で見つけた投稿者

「ちょうど私が修行で比叡山に入っていたころの2017年5~6月、警察が投稿者の自宅を訪れ、任意で聴取を行いました。PCに書き込みの履歴があったそうです」。本人は書き込みを認めた。一流大卒、省庁で働く40歳前後の男性だった。



逮捕後すぐに示談を求めてきたという。



代理人弁護士から送られてきた手紙には、男性の勝手な言い分がそのまま記されていたという。



「髙橋さんを誹謗中傷するのは仕方のないことです。なぜかというと、ネットでこれだけたくさんの人が書いているからです。私には悪気がありません。他の人が書いているのを見て、書いただけだから悪くないんです」という内容のものが書かれていたと高橋さんは説明する。



あきれて言葉も出ない髙橋さん。



「過去に彼は放火予告で逮捕されたこともありました。これが再犯です。示談もありえませんし、ふざけるなと手紙を突き返して、呼び出しました」



●身内の前で中傷文を読み上げる加害者

2018年2月、髙橋さんは弁護士事務所で初めて投稿者と面会した。



「彼は両親と一緒に弁護士事務所にやってきました。当時、私は比叡山ですでに修行を終えたので、法衣の格好で現れた私に、彼は驚いていました」



なぜ、こんなことをしたのか。問い詰める時間は3時間にわたった。蓄積した呪いのような3年分の思いを解消するには、それだけの時間でも足りなかった。



「ネットのニュースを見て、みんながいろんなことを言っていて、自分も意見を言わないといけないと思いました。この女を裁いてやろうと思いました」



身勝手な動機を口にする男性に、髙橋さんは語気を強めて迫る。「彼の中傷のコピーを渡して、両親の前で朗読させました。読まないかもしれないと思いましたが、私やご両親の前で読みました。



同席した母親は産まなきゃよかったと泣いていたし、父親はこいつは精神がおかしいんだと言うばかり。私にはただのお涙頂戴にしか思えず、何も響きませんでした」



「捕まるとは思っていなかった」「申し訳なかったです」「二度とやりません」。そんな謝罪とともに「仕事先を辞める」とも言ってきた。



●苦しい修業に耐えられたのは、事件解決のため

しかし、髙橋さんは辞職もさせず、最終的には告訴を取り下げた。



「私が死んでいたら、あなたは人殺しになった。人をナイフで刺さなくても、簡単に殺せる。私はインターネットによって一度殺されて、生まれ変わるために、髪を剃って僧侶になる覚悟ができた。



比叡山の60日間の修業で体重は14キロ減って、両足の爪がなくなって、足の骨も折れた。肋骨にもヒビが入っていた。あなたの顔を見るまでは死ねないと思って乗り越えられた。そこはお礼を言いたい」



話し合いの終盤、そう告げて別れた。





●「俺は弱者だ」言い訳がましい3人の加害者と会う

髙橋さんはそれ以前に、3人の加害者と会っている。いずれも「人殺し」や「金を取った」などの中傷記事を載せていたトレンドブログ運営者だ。弁護士がブログの問い合わせフォームからメッセージを送ることでコンタクトを取れた。



謝罪と訂正のブログ掲載と、直接の謝罪を要求し、応じなければ法的措置を取ることを伝えた。



「実際に会ってみると、彼らには共通点がありました。『ごめんなさい』と謝る前に、自分は弱者であると必ず言い訳をしてくるんです」



「生活保護を受けています」「ここに来る電車代も払えません」「精神を病んでいるんです。鬱なんです」



3人には弁護士費用を要求したが、支払われていない。刑事告訴した男性には弁護士費用を支払わせた。投稿の削除も要求したが、削除1件につき、約30万円かかるそうだ。おそらく削除はされていないだろうと髙橋さんは言う。



「私の手元には1円も入っていません。数年かけて、私には何も利はありません。警察が言っていたように、見なかったフリをして普通の生活に戻れば、出費は0円です。ただ、こうやって何かしていなければ、心の平穏を保てませんでした」



●木村花さんへの思い

今回、取材に応じたのは、ネットの誹謗中傷によって亡くなった木村花さんの悲劇を目の当たりにして、いてもたってもいられなくなったからだ。「私も彼女と同じでした。経験をお伝えしなければいけないと思ったんです。



誹謗中傷と戦うのは大変です。『殺すぞ』という書き込みは脅迫だけど、『死んでくれ』というのは脅迫に当たらないから捜査できない。警察にはそう言われました。被害者の立場は本当に弱い。



天に唾を吐いたら、自分に返ってくる世の中になってほしい。一生懸命に弁護士さんが動いてくれなければ、私は救われませんでした」



●駆け込み寺を作ることが私の役割

現在、髙橋さんが住む群馬県では、ネットの誹謗中傷による被害者の支援制度創設に向けた条例が制定されようとしている。国も開示請求などの迅速化を進めるべく、同様に動き出している。



「規制は必要です。インターネットの良いところがなくなってしまうと言っていた人がいましたが、個人の攻撃の道具にするのはおかしいと思います」



髙橋さんが必死の思いで僧侶になったのは、同じく苦しむ人を助けたいと考えたからだ。自宅を寺にする準備をしている。



「誹謗中傷を受け入れる駆け込み寺にします。私は長いこと遠回りして中傷を乗り越えましたが、そんな経験はきっと被害者には役立つと思うんです。弁護士にお願いするべきとアドバイスしたり、何をすればいいかお伝えできると思います」