2020年07月09日 10:02 弁護士ドットコム
結婚を考えていた相手に前科があることがわかり、悩んだ末に別れてしまったーー。このような経験をした人もいる。
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会社員のアキナさん(仮名・20代女性)もその1人。彼氏と結婚の話になり、プロポーズを期待していたところ「実は自分には前科があり、養子縁組をして名前を改名している。黙っていてごめん。結婚はよく考えてほしい」と突然打ち明けられたという。
彼の本名をインターネットで調べてみると、彼が起こした刑事事件についての報道記事が並んだ。被害者もいることがわかった。その内容に抵抗を覚えたアキナさんは、どうしても受け入れることができずに、彼との別れを選択した。
しかし、アキナさんは後悔していることもある。彼と共通の友人に「なぜ別れたのか」を聞かれ、思わず彼の前科や報道のことを話してしまったのだ。
アキナさんのように、彼の前科や犯罪報道について共通の友人に話した場合、名誉毀損罪(刑法230条1項)にあたることはありうるのだろうか。
泉田健司弁護士は「アキナさんのように、友人1人に伝えただけでは、犯罪にはなりません」と説明する。
「名誉棄損罪の成立要件のひとつに『公然と』というのがあります。つまり、不特定または多数人に伝えないと犯罪とはされません。友人1人に伝えただけで警察が動いていたら、日本国民全員が警察官でないと治安は守れないことになります。
ただ、もしアキナさんが立腹のあまり、SNSに投稿したり、多数人に言いふらしたりすれば、『公然と』という要件を満たすことになります。その場合は、名誉棄損罪が成立しうることになります。
ただし、実際問題として、よほど執拗かつ悪質で、彼の生活に影響が出るような態様でない限りは、逮捕までされることはないと思います。
中には『前科はまぎれもない真実であり、SNSに投稿してもよいのではないか』などと考えてしまう人もいるかもしれません。しかし、名誉毀損罪は、原則として『真実』であっても成立します。
誰々が逮捕されたというニュースや過去の重大事件に関する報道を頻繁に耳にしますが、このような『公共の利害』があるもののみが例外的に許されるにすぎません」
では、名誉毀損やプライバシー侵害を理由に、民事事件として慰謝料が認められる可能性はあるのだろうか。
泉田弁護士は「アキナさんのように、友人1人に話しただけでは、慰謝料が認められることはまずないと思います」と話す。
しかし、場合によっては、慰謝料が認められる可能性もあるという。
「たとえば、SNSに投稿をしたり、多数人に話したりした場合には、不法行為になり、慰謝料を支払わなければならなくなる場合があります。拡散の仕方や彼への悪影響の程度によりますので、一概には言えませんが、数十万円程度の慰謝料が相場だと思います」
結婚を真剣に考えていたアキナさんは、大きなショックを受けたという。しかし、罪を犯した人も、いつかは「社会の一員」として戻ってくる。中には、社会で「生き直す」ために、さまざまな努力をしている人もいる。
アキナさんと彼に対し、泉田弁護士は応援のメッセージを送る。
「前科者が前科を隠す目的で、氏を変えるために養子縁組をするケースをときどき目にします。しかし、結婚を機に戸籍を取れば、養子縁組の事実と元の姓がバレてしまいます。
彼は、そこで嘘をつくことができたかもしれません。しかし、結婚を真剣に考えた彼は、悩んだ末にアキナさんに告白したのでしょう。私は思わず彼の気持ちに思いをはせてしまいました。
前科者がその後、更生するのはとても大変です。しかし、彼にはめげずに立ち直ってほしい。そして、この出来事で一番傷ついたであろうアキナさんには、素敵な男性が現れることを願ってやみません」
【取材協力弁護士】
泉田 健司(いずた・けんじ)弁護士
大阪弁護士会所属。大阪府堺市で事務所を構える。交通事故、離婚、相続等を中心に地域一番の正統派事務所を目指す。
事務所名:泉田法律事務所
事務所URL:http://izuta-law.com/