2020年07月07日 10:11 弁護士ドットコム
同僚へのストーカーで免職となったのは重すぎるーー。諭旨免職処分を受けた男性が処分は無効であるとして、会社側に雇用契約上の地位の確認を求めた訴訟で、東京地裁は7月2日、処分無効の判決を出した。
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共同通信(7月2日)によると、男性は2017年9月~11月、同僚女性が帰宅する際に、後をつけたり同じ電車に乗ったりしたという。
ツイッターではこの記事に対し、「同僚に対しての事案なのに」「被害者の方が辞めていくんだろうな」など驚きの声が上がっている。
被害者からすれば、ストーカー相手が再び会社に戻って来るというのは不安でしょうがないだろう。社員が社内の相手にストーカー行為をしていた場合、どのような懲戒処分がされるのだろうか。今回の処分は重すぎるのだろうか。笠置裕亮弁護士に聞いた。
ーー男性は諭旨免職処分を受けたということですが、これは懲戒解雇とはどう異なるのでしょうか
懲戒解雇処分よりも若干軽く、労働者に対し退職願を提出させた上で解雇ないし退職扱いとする処分です。多くの企業では、懲戒解雇処分に次いで2番目に重い懲戒処分として定められています。
退職金の全部または一部が支払われることが多く、この点で懲戒解雇とは異なります。
仮に、労働者が退職願の提出に応じない場合には、懲戒解雇されることが予定されているため、裁判所では、懲戒解雇に準じ、本当に諭旨退職処分が有効であるかどうかについて、慎重な審査がなされています。
具体的には、就業規則などに懲戒処分をなしうることが明記されているかどうか、違反行為の程度に照らしてバランスのとれた処分内容と言えるかどうか、同種の先例に比べて処分内容が平等と言えるかどうか、本人に弁明の機会を与えるなどの適正な手続を踏んでいるかどうかが考慮されています。
ーー今回のように懲戒処分を争った場合、裁判所ではどのような判断がされていますか
これまでも、社内でのセクハラ行為を問題視され、懲戒処分がなされた事件は多数あります。
例えば、Y社事件(東京地裁平成21年4月24日判決)では、部下の女性らに対し飲み会の場で身体を触るなどのセクハラを繰り返したことに対して会社が下した懲戒解雇処分の効力が争われました。
裁判所は、加害者の行状は責められるべきものであるとしつつも、刑事犯罪といえる極めて悪質な加害行為を行っているとまでは言えないこと、これまでセクハラ行為について指導等を受けたことはなく、これまでの会社への貢献の程度が大きいものであること、深く反省の意を示していることなどを考慮し、懲戒解雇処分は重きに失すると判断しています。
クレディ・スイス事件(東京地裁平成28年7月19日判決)では、同僚の女性に対し「枕営業をしているのか」などのセクハラメールを送信した等の非違行為を行った加害者に対し、会社が下した諭旨退職処分及び懲戒解雇処分の効力が争われました。
裁判所は、相応の懲戒処分を受けて然るべきであるとしつつも、被害者の処罰感情が強いとは言えないこと、従前注意や指導も行っていなかったことなどからすると、降格処分等より軽微な処分を下した上で然るべき注意や指導をするという選択肢が取り得たとして、やはり処分は重きに失すると判断しています。
ーー様々な事情から、処分が重すぎると判断されている事例もあるのですね
はい。これに対し、海遊館事件(最高裁平成27年2月26日判決)では、派遣社員の女性らに対し、1年あまりにわたり自らの性器や性行動等に関する生々しい話をするなどの悪質なセクハラ発言を繰り返したことについて、会社は加害者である管理職の男性に対し、事前の警告なく出勤停止処分を下し、その処分が争われました。
最高裁は、行為が極めて悪質であることや、これまでも注意を受けてきたにもかかわらず加害行為を繰り返していること、本来は会社のセクハラ防止規定を十分に理解し、部下らを指導すべき立場にあった者の加害行為であること、被害者が退職を余儀なくされていることなどからすると、会社の企業秩序に及ぼした悪影響は大きいものといえ、処分は相当であると判断しています。
このように、裁判所は、問題とされたセクハラ行為の悪質さの程度、これまで会社から注意や指導や処分を受けているにもかかわらず加害行為を繰り返したという事情の有無、加害者の立場、被害者に及ぼした影響の程度などと、会社が下した処分の内容(懲戒解雇処分や諭旨退職処分などの重い処分がなされているか、そうではなく出勤停止処分などにとどまっているか)とを比べ、双方のバランスがとれているといえるかどうかを審査しているといえるでしょう。
ーー今回の事案については、どのように評価しますか
報道によると、加害者が2017年9~11月、同じ職場で働く女性が帰宅する際に後をつけたり、同じ電車に乗ったりしたことが問題視され、勤務先であるPwCあらた有限責任監査法人から諭旨免職処分を受けたとのことです。
判決では、真に反省していたといえるかどうかは疑わしいとされつつも、「警察から警告を受けた後も続けていたという事情や、ほかの懲戒処分歴もなく、処分は相当でない」と判断されているようです。
ストーカー行為が本当に繰り返されていたのだとすれば、そのこと自体は刑事事件となり得る悪質な行為であり、被害を受けた方の恐怖感や嫌悪感はとても強いものであったろうと思います。この点は、重い処分を科すべき方向で考慮されるべき事情でしょう。
ただ、警察から警告を受けた後には加害行為を止めていた点や、会社から処分等を受けたことがないことは、これまでの裁判例でも加害者にとって有利に考慮されてきた事情です。
上記に加え、勤務先が日本を代表する大手監査法人であり、国内に多数のオフィスやグループ会社を抱えているため、被害の再発を防ぐための他の措置(例えば、出勤停止や降格をした上で、他の事業所へ左遷する等)を取り得たのではないかと推察される点も、裁判所において考慮されたのではないかと考えます。
仮に会社が、諭旨退職処分ではなく、そのような措置を取っていたのであれば、その有効性を争うことはなかなか難しかったのではないかと考えられます。
【取材協力弁護士】
笠置 裕亮(かさぎ・ゆうすけ)弁護士
開成高校、東京大学法学部、東京大学法科大学院卒。日本労働弁護団本部事務局次長、同常任幹事。民事・刑事・家事事件に加え、働く人の権利を守るための取り組みを行っている。共著に「労働相談実践マニュアルVer.7」「働く人のための労働時間マニュアルVer.2」(日本労働弁護団)などの他、単著にて多数の論文を執筆。
事務所名:横浜法律事務所
事務所URL:https://yokohamalawoffice.com/