2020年07月05日 09:41 弁護士ドットコム
口角のキュッと上がった“笑顔”が愛くるしいカンガルー科の「クオッカ」の一般公開が7月1日から「埼玉県こども動物自然公園」(東松山市、指定管理者:公益財団法人埼玉県公園緑地協会)で始まった。日本では60年ぶりとなる。
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豪州をのぞき、世界唯一の「クオッカに会える動物園」の称号を得たわけだが、喜んでばかりはいられない。貴重なクオッカの遺伝子を絶やさないためにも継続的かつ計画的な繁殖が必要となってくる。飼育を見事に実現した園長に苦労を聞いた。
「密を防ぐために展示時間や人数の制限もあったけど、お客様がゆっくり動いてくれたので、クオッカも自然な姿を見せてくれました」。公開初日を終えて、園長の田中理恵子さんは安堵の笑みをうかべた。
「フェザーデール野生生物園」から譲り受けたオス、メス2頭ずつ計4頭のクオッカは、3月に来日してから、コロナの休園期間を終えて、ようやくお披露目となった。
豪州にのみ生息するクオッカは体長約40~50センチの小柄な体と、つぶらな瞳が魅力的。これまでは直接見るためには、現地に赴くしかなかった。
国外飼育は現在、世界で埼玉県こども動物自然公園だけ。2020年の開園40周年に向けて、田中さんは3年近くかけて実現にこぎつけた。
園にはコアラやカンガルーなど豪州の動物が多い。34年前、県がクイーンズランド州と姉妹州になり、6頭のコアラが贈られてから、豪州の動物園と交流が続いている。
それでも、クオッカの飼育にはハードルがあった。1961年の上野動物園(東京)、同時期のドイツの動物園に飼育記録があるものの、豪州以外でほぼ飼育の前例がないクオッカを求めて田中さんは、現地に飛んだ。
「動物園関係者が集まる大型会議に参加し、コアラの繁殖実績や、園の環境をアピールしました」
世界有数の動物園として知られるサンディエゴ動物園(米)もラブコールを送っていると耳にした。
「10年もアプローチしているのに、オーストラリア側が首を縦に振らないと聞きました。私もあのサンディエゴ動物園がダメなら無理かなと思ったけど、現地で得た理解者らの助けもあり、申請を決めました」
最終的に飼育許可を出すのは、国(豪州の環境野生生物局)だ。
「オーストラリアの展示動物保護法に基づく『オーストラリアの哺乳類の展示施設基準』が送られてきました。クオッカに関係する基準を満たす必要があります。
飼育環境は土地の広さから、冷暖房、フェンスの高さまで細かく決められています。クオッカであれば、2頭の飼育空間条件は30平米です。
埼玉県の気候はシドニーの動物園と差がほぼないとか、餌のあげ方などを書いた資料を提出し、生物局から質問が追加されて返される。これを1年近く繰り返しました」
国はやっと許可を出した。飼育実績のほか、園がアボリジニアートやディジリドゥ(楽器)など豪州の文化体験講座を積極的に実施している点も評価されたという。
今度は、譲渡元として指示されたフェザーデールの動物園と1年以上のやり取りが始まった。園の飼育スタッフと獣医が実地研修を受けた。
約3年の働きかけを経て、今年3月にクオッカたちが埼玉の地をめでたく踏んだのは奇跡的なタイミングだった。クオッカを乗せたカンタス航空の日本便が来日1週間後にコロナの影響で休便し、今も再開していない。
ほぼ門外不出のクオッカに対して、園は「動物購入費用」を1円も支払っていない。フェザーデールから譲渡された。
お金がかかる特殊なケースとしては、上野動物園のジャイアントパンダが該当する。億単位の賃料で東京都にレンタルされ、所有権は中国にある。日本で2017年に誕生したメスの「シャンシャン」も今年中に中国に返還予定だ。
動物園間の動物のやりとりは、「譲渡(輸送費は着払い)」や「ブリーディングローン(BL)」などの仕組みがある。
「BLとは繁殖目的貸与のことです。コアラもこの方法で繁殖を継続しています。コアラのいる動物園は日本に8つだけ。血が濃くなると繁殖できないので、園同士でBLをします。たとえば、当園にA動物園のコアラを半年貸してくださいという形です。契約書を作ります。1頭目はA動物園の子になる。2頭目は当園の子…。契約期間が終わると、A動物園に返します」
クオッカは2頭のメスに1頭ずつ赤ちゃんができることを目指す。
「所有権は園にありますから、ジャイアントパンダのように子どもを豪州に返す必要はありません」
かわいいクオッカの赤ちゃんならどれほどかわいいことか。今から楽しみだ。
ところが、「国内唯一」の目玉動物の登場で、園は大喜びというわけでもない。
「日本で当園だけという状況は実はうれしいことではないんです。繁殖はできる限りやろうと思いますが、クオッカの寿命もそんなに長くないし、うちだけで繁殖を進めても血が濃くなってしまいます。
豪州から新しいクオッカを贈ってもらうか、うちの動きをきっかけに他の動物園も飼育に動いてほしいです」