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SHE’S 井上竜馬が明かす、“心”と向き合い見出した答え 「愛する人を守るために使っていきたい」

2020年07月04日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

SHE’S 井上竜馬(写真=西村満)

 SHE’Sが1年3カ月ぶりとなるアルバム『Tragicomedy』をリリースした。本作には昨年デジタルリリースしたシングルで、「あつまれ どうぶつの森 × Nintendo Switch Lite」2020春CMに起用され新たなリスナーに届いている「Letter」や、ドラマ『ホームルーム』オープニング主題歌の「Unforgive」、NHK Eテレ『メジャーセカンド』第2シリーズエンディングテーマ「One」、残念ながら今年は開催されなかったが第92回センバツ MBS公式テーマソングとして書き下ろした「Higher」と、バンド史上もっとも多くのタイアップ楽曲が含まれている。


(関連:横田真悠が語る、SHE’Sの楽曲に惹かれる理由「いつでも味方でいてくれているような感覚」


 それでいて各々の楽曲のベクトルはかなりパーソナルなものであり、アルバムのテーマもサウンドプロダクションの整合性も一貫しているのが興味深い。“悲喜劇”を意味するこの4作目のオリジナルアルバムについてソングライターでフロントマンの井上竜馬(Key/Vo)にソロインタビューを行った。(石角友香)


■全部の感情を肯定したいと思って書き始めたアルバム


ーーデジタルシングルの連続リリースの頃は内省的なアルバムになりそうだと話されてましたが、その後はどういう方向に向かって行ったんですか?


井上:その話って夏前ですよね。ディレクターに「今書きたい気持ちの濃いものをとにかく出していくアルバムにしてみたらどうか」と言われて曲を作っていたから、その通りやってぐんぐん気持ちが落ちていってしまって、ゴールを見失っていたのがちょうどその時期で。お話させていただいた時はアルバムタイトルは決まっていなかったんですけど、その後に『Tragicomedy』と決まって、それで納得したというか。腑に落ちて、アルバムのタイトル曲を8月ぐらいに書いて、そこからは割とスムーズにいきましたね。あの時は「Higher」や「One」の制作は全くしてなくて、12月にタイアップのお話いただいたんです。でも12月前半は内省的な部分が多い曲が揃っていた時期でもあって。アルバムは『Tragicomedy(悲喜劇)』だから、ちゃんと“喜劇”の部分も描かないといけないと思っていたので、結果「Higher」と「One」が生まれて良かったなと思いました。


ーーアルバムタイトルが付く前のイメージはどういうものだったんですか?


井上:でもまぁほぼニュアンスは一緒というか。自分の身近な人が躁鬱病になったのがきっかけだったので、その心にどう向き合ってどう肯定していくか、自分のみっともないところも、ちょっと恥ずかしい感情も一回受け入れた上で自分の心をどう使っていきたいのか? みたいなものを改めて考え直したいなというか。普通に生きていたらそういうことを考えるきっかけもなかっただろうし、心なんて漠然としていて全く答えのないものですよね。でもそこを考えて、今答えを出すことが絶対意義のあることだと思って書き始めたのがきっかけでしたね。で、この心の波、浮き沈みってことに対して、どういう言葉が似合うんだろう? と探し始めて、悲劇だけでも喜劇だけでもダメだし、何か言葉がないか調べていたら“悲喜劇=トラジコメディ”という言葉を見つけて。


ーーすごくパーソナルなことが発端だったんですね。躁鬱病って、何がスイッチになって落ちるのか本人にも掴みづらいと思うのですが。


井上:まさにそんな感じ。でも、そういうことすら自然体だと思ってしまったんですよね。大人ならあらゆる感情をコントロールしないといけないと思うし、それが常識だと思われている。怒りの感情を持っていても、今まで僕はあまり曲で出してこなかったんですけど、それすら出すこと、怒りを持つことは大事なんだなと思うようになっていったんです。あと、今回のアルバムのメッセージの肯定感が強いのは、たとえば急に落ち込んでしまって周りに迷惑をかけたとか、どんどん自分を否定するきっかけばかり増えてしまうと一向によくならないというのがあって。すべてを受け入れて認めてあげないと、一生自分が不幸になって自分のことを嫌いになっていくループに入ってしまう。だからこそ肯定したかった。全部の感情を肯定したいなと思って書き始めたアルバムでしたね。


ーー実際になんとか力になりたいという気持ちなんですね。すごく腑に落ちました。


井上:そうなんですよ。自分がここで流してしまったら終わりなので、本当にその人のために書いたアルバムと言っても過言ではないですね。タイアップは書き下ろしではあるけれど、センバツ高校野球も高校球児のことだけを考えたわけでもないし、『メジャーセカンド』も作品を読んで、作品の物語と自分の人生の交わる部分を見つけて、ちゃんと自分の物語として生活に落とし込めるようにしたから、タイアップをいただけつつも、自分の理想の作品に持っていけたという自負があります。


ーー1曲目の「Unforgive」はなかなか強い内容じゃないですか。悪意で人を貶める人間を絶対許さないという。この曲を冒頭に持ってきたのは?


井上:これも今までならしていないかなと思う(笑)。でもこのアルバムは絶対この曲から始めたいと曲ができた段階から思っていて。スタッフに曲順を発表した時も「意外」という声がありましたね。でもすごく注意してこれを1曲目にしたいという思いがあったし、だからこそこの曲に繋がるプロローグ(「Lay Down」)を書きたいという面もありました。


ーー「Unforgive」と「One」はアレンジをトオミヨウさんと一緒にやっているんですね。彼の特徴はどういうところにありますか?


井上:僕らの場合は僕が結構ガッチリ、フルでアレンジを仕上げて持っていって、それを自分にはないアイデアで洗練してもらうというか。たとえば「Unforgive」の2番のAメロ、Bメロにいく前にスナップでブレイクするのは効果的だなというのも感じたし。しかもそれを感覚的にやる方で、手作業で自分の感覚でやっているのがすごいと思いましたね。あとはストリングスのフレーズを効果的にアレンジしていただいたのは大きかったです。


ーー前半は「Ugly」まで強烈な流れで。アレンジも曲のメッセージ性も今のモードで。


井上:今のモードですね。サビで楽器がなくなって、シンセと歌だけになる感じをやりたいなと思いつつ、でもサビを一番聴かせたいわけではないというか。イントロがずっとループしていく曲なんですけど、そういう曲ってあまり日本ではないですよね。ダンスミュージックではEDMでよくある構成なんですけど、それをやってみたいなと思ったのがきっかけです。だからイントロから真っ先に作り始めました。


ーーこの曲で注目は歌詞ですよ。勝手に重ねてしまいますけど、今日本で生活していると感じる憤りとリンクする。


井上:「Ugly」はこのアルバムを作ることになった際、最初に出した曲で。「Be Here」と「Letter」と「Ugly」の3曲を書いたんです。


ーー違う方向性でありながら強い3曲ですね。


井上:制限時間がないし、自由度が高かったから。「とにかく今歌いたいことを濃い作品として出して」と言ってくれたのはすごく心がラクになった。思いきって振りきることができたし、思いきって怒ることができたというのはありますね。


ーーそれはチームの総意でもあると思うけれど、これまでやってきたことを踏まえず、2020年にSHE’Sがどうありたいということは考えましたか?


井上:2020年というより、ターニングポイントとなったのは2019年で。『Now & Then』は「Dance with me」という曲で実験したというか、ポップに突き抜けて作ったらどんな反応が起きるか? ということを考えながら作った時期でもあるから楽しかったんですけど、純粋に書きたい曲を書く楽しさを忘れたくないなと思った時期でもあって。そのアルバムの制作が終わったタイミングで、歌いたいことを突き詰めていいと言ってもらえたのは本当に嬉しかったし、変に「ヒット曲を研究しよう」という考えもなかったし。その時、自分の中でブームでよく聴いている曲の要素を入れながら、書きたいと思っている曲をいっぱい書くというモードに入れたから、結果としてメンバー4人とも2019年のこのアルバムの制作が楽しかったんですよ。


ーーなるほど。


井上:その「楽しかったな」という制作を経て、2020年はピュアに楽しめる音楽生活の感覚を忘れたくないなって話にはなりましたね。それはバンドを組んだときの感覚に似ているし。だから2020年もその感覚は忘れたくないなと思う。その上でタイアップをいただけたり、何かきっかけとなる曲が生まれるといいなとは思いますね。このアルバムを作れたことによって4人の間の音楽に対しての決意や向き合い方はより同じ方向を向けたんじゃないかなと感じます。


ーーサブスクで生まれるヒットがこれまでのヒットのメカニズムと違う形になると、多くの場合、単曲のヒットを考えがちだと思うんです。でもSHE’Sの場合、むしろこれまでよりそういうことを考えていない印象があって。


井上:めちゃくちゃ自由でした(笑)。そこに関しては今までで一番自由な作風というか、邪念が一切ないアルバムになりましたね。


ーー2018年頃は日本のバンドが内向きであることに対する失望もあり、井上さん自身に歯痒さが見えた気がするのですが、今はそういう感情はあまりない?


井上:気にしなくなりましたね。あの頃は周りも気になったし、自分たちが売れたいって気持ちもあったんですけどーー今ももちろん売れたいけど、それがピラミッドの頂点ではなくなったというか、それは結果として望ましいことなのかな、くらいに思うようになりました。強がりでもなんでもなくこの1年の音楽生活も制作も楽しかったから。「これがしたい」って今は純粋に思いますね。好きに音楽を聴き漁って、それを自分の中に取り込んでいくみたいな。去年は海外アーティストのライブに頻繁に行くようにして、その生活も楽しかったですね。やっぱり憧れる面や勉強になる部分が多かったし。


ーー新しい回路が開かれるような人はいました?


井上:アーティストだとサム・ヘンショー(Samm Henshaw)が今一番好きで。2019年で一番聴いたのはサム・ヘンショーとラウヴ(LAUV)ですね。その二組は大きな影響を与えてくれましたね。ラウヴのファルセットで歌い上げる感じは「Tragicomedy」や「Letter」に影響されていたりするし。その二組は自分の中の新しいエッセンスになっていますね。


■自分の弱さと戦っている人に届いてほしい


ーーアルバムの話に戻ると、前半はかなり怒りというか突っ込んだモードですけど、「Higher」ぐらいから明るくなってきて。そして「Your Song」をアルバムの中で聴くとテーマの大きさに気づきます。


井上:そうですね(笑)。僕も思いましたね。


ーーすごく今の世界の状況に寄り添う感じがするし。


井上:「Higher」と「Your Song」が並んでるのがもう(笑)。奇しくもすごくぴったりマッチしてしまったという。


ーー「Be Here」も素直な内容です。


井上:この曲ありきのアルバムになってしまっているくらいの内容というか。うーん……(再び歌詞をじっくり見る)。大事ですね。これこそがさっき言っていた肯定というか、自分を責める要因を作ってほしくないという思いの表れですね。自分の弱さと戦っている人に届いてほしいなと思いました。ただ生きていてほしい。


ーーみんなそう言いたい気持ちが特に今あると思います。


井上:ちょっとしたことでいかに悲しいことの分量の方が強くなってしまう人生というか。嬉しいことはその時は嬉しいけど、次の日にはリセットされる。悲しいことは一回あったら長ければ何十年、死ぬまで忘れないくらい強いエネルギーがある。その救いになってほしいなと思います。


ーー「Be Here」のような歌詞を歌おうとするとメロディやアレンジは自然についてくるものですか?


井上:出てきたままほぼ変えなかったです。人が深く落ちている時の感覚って、そこは無でしかないから、悲しいとかやるせないとか虚しいとか何にも感じていない。ただただもう、何にもない感じっていうのはわかるし。そこからどんな風に光を見せてあげたらいいいのか? というか。でっかいスポットライトであてても眩しくて嫌になる。だからちょっと温かくなるような意味を込めて〈光の毛布〉という言葉を使っていて。自分のイメージで過剰にしたくなくて、シンプルなメロディだけでいいと思えた曲です。


ーー今は家にこもるしかないけれど、見つけたい場所を逆に思考する時期でもありますね。


井上:そうですね。多分考える時期になると思う。みんなが改めて大事な居場所みたいなものを確認する機会になってほしかったので。まぁこの歌詞は奇しくもですけど。


ーー「Not Enough」も自己責任論からの解放のイメージです。これも歌いたいことがアレンジを呼んだ感じ?


井上:歌詞に出てくる言葉がアルバムを作るきっかけになった人との会話の内容だったりするので、狭い空間がイメージできるような曲になってほしいなと思ったのが大きいです。ジャスティン・ビーバーの「Love Yourself」のような雰囲気がよかったというか、アコギ1本が基本的に鳴っていて、ピアノが少し顔を出すぐらいのアレンジでいいかなと。ここまでオーガニックな印象の曲を書いたことがなかったんですけど、自然とこうなった感じですね。


ーーそして「Letter」が再評価鰻登りですね(取材は3月下旬)。


井上:ね? 本当に嬉しいです。3カ月連続配信のときも「Letter」は特に反響が大きかったんですけど。僕的には多くの人に届いてほしい曲だったので、改めてこうやってCMで使っていただけてよかったなぁと思います。


ーーそしてタイトルチューンです。タイトル曲を作ろうというその要素はどこに一番こもってますか?


井上:目に見えない漠然とした「心」ってものに向き合った結果、「心ってなんなんですか」の一つの答えが冒頭の2行の歌詞(〈どんな魔法でも 思うようにならない 僕らが胸に飼う 天使のような悪魔は〉)だし、心が時に暴発するというか、心も生きていると考えたら、人間も自由になりたがるのと一緒で、そういう風に素直に表現したがるのも意外と当たり前のことなんだよねって答えでもある。その次の2番のサビの後半2行(〈守るために 渡すために 愛すために 僕の心は生きてる〉)は、じゃあそんな心とどうやって向き合って、自分はその心をどうやって使っていったらいい? と思った時に、愛している人を守るために使っていきたいという言葉をここで選ぶことができた。どこが一番というよりは自分の中で「心」をテーマにした時、浮かんだ疑問、「なんでなん?」「どうしたい?」の答えを全部描きたいなと思って。そうでないとこのアルバムのタイトルが浮いてしまうと感じたんです。


ーーこの曲のラスサビのコーラスもいいですよね。音程が低くて。


井上:あれはイチオシです(笑)。


ーープリズマライザーはいろんなアーティストが作品に取り入れてきたけれど、この音程の低いところで使うコーラスは珍しい。


井上:これは絶対にやろうと思って。曲を作りはじめた時からラスサビはこれをやろうと思ってましたから(笑)。この曲を祈り、神聖なものにしたかったというか、どこまでも人的な音だけで鳴っていてほしかったというか。神聖とはちょっと矛盾が生まれる言葉かもしれないけれど、美しいものであってほしかったから、人の声で一回表現したいなっていうのは強く思いましたね。


ーー改めてこのアルバムが完成したことによってSHE’Sにとっての唯一無二は見つけられましたか?


井上:はい。いわゆる……言葉が難しいな。いわゆるどこにも属していない音楽ができたかなとちょっと思いましたね。ポップス全開のアルバムでもないし、4人の熱いロック魂、というアルバムでもない。ダンスチューンなわけでもなければ、いろいろ混在してSHE’Sが出来上がっているという面白さ、なんでもやれる面白さが他のバンドとは違う点なのかなと感じました。洋でも和でもなく両方があるし。僕的にはそういうバンドでいたいので。


ーー今回ほど真ん中に通っているものが明確なアルバムは初めてなんじゃないですか?


井上:そうですね。それはメンバーも言っていました。1人の人が自信を持って書いた作品というのがすごく伝わると言ってくれたので。それこそがディレクターが言っていた「井上竜馬が今一番書きたい濃いもの」かなと思うし。それを達成できたのはすごく自分の中では大きかったですね。このアルバムが多分今後のSHE’Sの指標というか、忘れてはいけない感覚を持った作品になったし、バンドと打ち込みの共存性など、サウンドの方向性も大きな核になるかなというのはすごく感じましたね。大事な作品になったなと思います。