2020年07月04日 08:21 弁護士ドットコム
新型コロナウイルス流行の影響で、アルバイト収入が断たれ、学校に通い続けることが難しい状況に追い込まれてしまった学生たちが多くいる。学生団体「高等教育無償化プロジェクトFREE」が4月に行った調査では、コロナウイルスの影響で退学を検討している学生が2割にのぼる。
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そこで重要になってくるのが、奨学金制度だ。日本学生支援機構の制度は、収入が急変した場合にも利用でき、収入源となりうる。しかし、親の収入を基準にしているため、アルバイト収入が減少した学生は利用できない可能性もある。
奨学金の返済に困っている人の救済に取り組んできた岩重佳治弁護士は、奨学金制度が親の家計を基準にしていることの問題点を指摘し、「奨学金の相談で本人を救うためには、まず親からの精神的な独立を果たさないといけない。親の精神的呪縛から解き放つことが重要だ」と話す。(武藤祐佳)
政府は、新型コロナウイルスの影響でアルバイト収入が大幅に減少した学生を対象に、10万円(住民税非課税世帯は20万円)を支給する制度(学生支援給付金)を始めた。この制度について、岩重弁護士は「足りるわけがない。焼け石に水です」とバッサリ。また、家計が急変した場合に利用できる奨学金も、「実態に合っていない」という。
「家計急変の場合の奨学金の『家計』は、親の家計なんです。ほとんど親から独立してアルバイト収入で生活している学生の場合も、自身の収入がなくなったことは家計急変とみなされず、制度を使うことができません。
奨学金制度が親の家計を基準にしていることの問題点が、コロナでアルバイト収入が急変してもなかなか制度を利用できないという問題として改めて出てきたと言えます」
岩重弁護士は、制度を利用できずに困窮している学生に、「リスクに対応したうえで貸与型奨学金を利用することをアドバイスしている」という。日本学生支援機構の奨学金制度には、お金を借りる「貸与型」と、返済の必要がない「給付型」がある。貸与型を利用した場合、不安定な雇用などのため、卒業後の返済が困難になる人も多い。岩重弁護士は貸与型奨学金について、「えげつない制度なので、手放しで使えというわけにはいきません」と話す。
「リスクを最小限にし、困ったときには救済されるためのノウハウを伝えています。保証人をつけると保証人への影響を恐れて自分の債務整理ができないので、個人保証ではなく機関保証もすることが重要です」
岩重弁護士が事務局長を務める奨学金問題対策全国会議は、アルバイト収入が減少して困窮する学生を救うための対応策を提示している。
「まずは、貸与型奨学金を学校に入学してから申請する『在学採用』の期限を、現在の6月から通年に変更することです。そして、今は学生を対象としていない住宅確保給付金制度と生活保護制度を学生も利用できるよう要件を緩和することを求めています」
貸与型奨学金制度には、誰もが返済困難になる可能性があるにもかかわらず、厳しい取り立てが行われ、救済制度も使いにくいという問題点があるという。岩重弁護士はこう語る。
「奨学金の返還で生活がとても苦しいという人が多くて、例えば奨学金を返しているために結婚ができない、子どもを持つことができない、親元から独立できない、 仕事を選べないということが起きていました。もともとみんなが追い詰められる状態だったんです。
それに加えて、コロナの影響があり、今までの矛盾が改めて浮き彫りになってきたと考えるといいでしょう。爆発的に状況が変わっているわけではありません」
岩重弁護士は、奨学金の相談を受けていると、「親子の支配関係」が強まっていることを感じると話す。返済が苦しく、家族を単位としている奨学金の問題点が重なり合い、複雑な問題を生み出しているという。
「今の若い人は親子関係が複雑で、親の子どもに対する精神的・経済的な支配がとても強くなっていると思っています。奨学金の相談では、破産手続きで救済できる人の親が、保証人になっていなくても、子どもの破産に反対するということがある。
また、親が奨学金を返済してしまうこともあります。そうすると、親に逆らえなくなってしまいます。奨学金の相談を受けていると、そのような家族の呪縛を強く感じます。
親を保証人にし、おじさんおばさんを連帯保証人にすると、がんじがらめになる。しかも奨学金の利用可否を親の年収で決めると、親が協力してくれなければ制度を利用できません。家計急変の場合の奨学金も、本人の収入の急変では対応できない。そうすると、学生がさらに奨学金制度に縛られて不幸なことになります」
ここまでに触れてきた奨学金は、返済が必要な貸与型奨学金に関わるものだった。一方、2020年4月には新たに給付型奨学金制度が始まった。長らく給付型制度の創設を訴えてきた岩重弁護士は、「ずっと実現しなかったので大きな前進」と話す。一方で、問題点についても指摘する。
「例えば、授業料減免制度が後退したり、成績によっては返済しなくてはならないという要件を入れたり、問題点もたくさんあります。一番大きな問題は、実務家教員が一定数以上いるなどの要件を満たした『認定大学等』の学生のみを対象としている点です。
新しい給付型奨学金制度の対象になって、進学したお子さんの大学が、ふたを開けてみると制度の対象外だった、という相談をよく受けています。実務や産業にすぐに役立つかという視点で対象大学を制限するのは、教育の効果を狭くとらえすぎていると思います」
給付型奨学金に必要な財源について、上の世代から、「なぜ定員も集まらないような学校や勉強しない学生に自分たちがお金を出さないといけないのか」と疑問の声もあがっている。
岩重弁護士は、そのようなネガティブな意見について、「まったく間違っている」と指摘する。
「右肩上がりで会社に入れば一生安泰という日本の戦後復興期は、ものすごく恵まれていた時代でした。このような時代や国は、世界的にも非常にまれです。特殊な時間と場所での状況に過ぎないということをそこで育った人たちはわからない。自分たちが努力したと誤解しているわけです。だから奨学金についても『お前はなぜ頑張らないんだ、歯がゆい』というわけです。
大事なのはそのギャップをちゃんと見ていくことです。声を上げている学生たちの意見にきちんと耳を傾ければ、彼らの考えていること、やっていることはわかります。今の学生が置かれている状況は、誰だっておかしいと思うはずです」