2020年07月03日 11:41 弁護士ドットコム
子どもを乗せたままのベビーカーを押して、そのままエスカレーターを利用する保護者を見かけたことはありませんか。
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実際にしたことがあるという都内在住の30代女性は、「エレベーターは遠くにしかないことがあったり、混んでいてなかなか乗れなかったりする。1つだけ上の階に行きたいときなどは、エスカレーターを使うことがある」と言います。
ベビーカー使用の危険性は認識しているようで、「十分に気をつけて、自己責任で利用している」と話します。背景には、「移動が大変」、「子どもがぐずらないうちに用を済ませたい」など子連れ外出ならではの事情があるようです。
ベビーカーは一般的に頑丈なフレームでできており、子どもが乗っていると結構な重量にもなります。転倒などすれば、乗っている子どもが危険なのはもちろんのこと、他の利用者がケガすることもありそうです。
業界団体の日本エレベーター協会は、エスカレーターでのベビーカー使用を禁止しています。バランスを崩して転倒・転落のおそれがあるためです。もっとも、「法的な強制力をともなうものではない」(同協会)ようです。
法的な強制力がないとはいえ、一般的に禁止されている利用方法で事故を起こした場合、どのような責任を負うことになるのでしょうか。清水俊弁護士に聞きました。
ーーベビーカーの転落などで、他の人に怪我をさせてしまったときの責任はどうなりますか
「まず、民事責任としては、不法行為に基づく損害賠償責任が発生します(民法709条)。具体的には、入通院に伴う治療費や通院交通費、入通院期間に応じた慰謝料、怪我で会社を休まなければならない場合の休業損害などを賠償する義務が発生します。
もし、被害者に後遺障害が残った場合には、その体の不自由さに応じた後遺障害慰謝料や将来の収入減少(逸失利益)等の賠償が加わります」
ーー賠償責任の割合はどうなりますか
「エスカレーター利用の禁止事項に違反した上で事故が発生しているため、基本的に被害者側に過失が認められる余地はなく、損害について100%賠償する責任があると考えたほうがよいでしょう。
賠償額は多額になり得ますが、個人賠償責任保険の適用があれば保険金で全部又は一部の賠償をすることが可能です。エスカレーターを通常利用することが第一ですが、万が一のために保険加入の有無・適用の要件などを確認しておくといいと思います」
ーーエスカレーターでの事故となれば、刑事責任も問われそうです
「刑事責任としても、過失によって怪我をさせた以上、過失傷害罪等が成立します。刑事罰は基本的に故意犯、あえて犯行に及ぶ場合の処罰を念頭に置いていますので、過失傷害罪については30万円以下の罰金または科料と比較的軽い法定刑になっています(刑法209条1項)。
ただし、過失であっても『業務』上の行為で怪我をさせた場合や、単なる過失を超えて『重大な過失』が認められる場合には、5年以下の懲役・禁錮または100万円以下の罰金と重い法定刑が定められています(刑法211条)。
今回の場合には、育児やベビーカーを押す行為が『業務』とは言えないかもしれません。しかしながら、エスカレーター利用の禁止事項に違反した上で事故が発生しており、エレベーターを利用するなど他の方法を採ることで容易に事故を防げたと考えれば、『重過失』が認められ、重い刑事罰が科せられる可能性もあります」
ーーベビーカーに乗っていた子どもに対する責任はどうなるのでしょうか
「親がベビーカーに乗っていた子どもに怪我をさせた場合にも、過失傷害罪や重過失致傷罪などの刑事責任が発生し得ます。
また、民事上も親は怪我をした子に対して不法行為に基づく賠償責任を負います。
もっとも、家族は基本的に家計が一つですし、夫婦が一緒になって事故を乗り越えていく場合も多く、そうした親子間の賠償問題が顕在化することはあまりないかもしれません。
ただ、夫婦関係が悪化している場合などには、一方の配偶者が子に怪我をさせた他方の配偶者に対しその責任を問うことも考えられます」
ーーリスクを冒さなくてもいいよう、子連れでもでかけやすい環境づくりをしてほしいところです
【取材協力弁護士】
清水 俊(しみず・しゅん)弁護士
2010年12月に弁護士登録、以来、民事・家事・刑事・行政など幅広い分野で多くの事件を扱ってきました。「衣食住その基盤の労働を守る弁護士」を目指し、市民にとって身近な法曹であることを心がけています。個人の刑事専門ウェブサイトでも活動しています(https://www.shimizulaw-keijibengo.com/)。
事務所名:横浜合同法律事務所
事務所URL:http://www.yokogo.com/