2020年07月03日 10:02 弁護士ドットコム
親族間で相続をめぐり、ドロ沼化することも珍しくない。ほかの親族から「相続放棄して」と迫られたり、嫌がらせをされたりしたという人もいる。また、「娘には相続させたいが、息子には相続させたくない」など、子どもに相続させたくないと考えている親もいる。
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中には、生前から親に「相続放棄をするように」と言われた人もいるようだ。弁護士ドットコムにも「妻が(妻の)父親から相続放棄を求められている」という相談が寄せられている。
相談者によると、妻とその父親は犬猿の仲。妻の父親は「親子関係はすでに破綻している」と主張し、「実の娘」である相談者の妻に対して、遺産の相続放棄を求める文書に署名・捺印するよう求めているという。
今回のケースの父親のように、様々な事情で子どもに「遺産を相続させたくない」と考えている親もいる。
このような場合、どうすればよいのだろうか。そもそも、生きている間に子どもに「相続放棄」をさせることはできるのだろうか。
小田紗織弁護士は、つぎのように説明する。
「被相続人(今回のケースでは父親)が亡くなることで、当然に被相続人の遺産・負債を受け継ぐ『相続』の効力が発生します。
『相続』発生後に、家庭裁判所で相続人である娘が『相続放棄』の手続きをすることで、法定相続人は、初めから相続人でなかったことになり、被相続人の遺産も負債も受け継がないことになります。
しかし、この『相続放棄』は生前にはできません。もし、父親が娘に『相続放棄します』という趣旨の文書に署名させたとしても、それは正式な『相続放棄』ではありません」
では、親が子どもに「相続させたくない」と考えている場合、どうすればよいのだろうか。
「父親の立場で取りうる手段としては『推定相続人の廃除』の手続きです。
ただ、『推定相続人の廃除』は、父親が家庭裁判所に請求し、『遺留分を有する推定相続人が被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったとき』に認められるものです(民法892条)。
父娘が『犬猿の仲』というだけでは認められません。
また、父親が遺言書の中で『推定相続人の廃除』の意思を記すこともできます。この場合は父親が亡くなった後に、遺言執行者が家庭裁判所で推定相続人の廃除を請求することになります(民法893条)。しかし、これも同様の条件を満たさなければならず、ハードルは高いです」
今回のケースの場合は「推定相続人の廃除」が認められない可能性が高い。このような場合、小田弁護士は「もっとも現実的な方法は、父親が遺言書を作ること」だと語る。
「この遺言書の中で、父親がただ『娘に相続させない』と書くのは有効です。しかし、それだけではあまり意味はありませんので、遺産を娘以外の誰にあげたいのか、具体的に示すべきです。
ただ、父親が娘以外の人に遺産をあげるという遺言書を作ったとしても、娘には『遺留分』があります(民法1042条)。娘は遺産のうち一定の割合をもらえるように法律で約束されているのです」
子どもに「遺留分」を放棄させるということは許されないのだろうか。
「父親の生前に、娘がこの『遺留分」を放棄することはできますが、家庭裁判所の許可が必要です。父親から放棄を強要されたり、言いくるめられたりしていないかを家庭裁判所がチェックするのです。
父親が遺言書の中で、娘に『遺留分侵害額請求権を行使しないで欲しい』と希望を記すことはできますが、遺留分を強制的に剥奪することはできません。
このように、父親は、娘の取り分がない(あるいは少ない)遺言書を作ることは可能ですが、娘には最低限の『遺留分』は確保されているということです」
最後に、小田弁護士は遺言書について次のようにアドバイスする。
「ご高齢の方が、過去の親子関係よりも、直近の記憶や今の人間関係の影響を強く受けて子どもを敵視するような遺言書を作られているケースも見受けられます。
長い人生の中で、家族の中では良いことも悪いこともあったと思います。なるべく遺言書では子どもや配偶者を公平に扱って、残された親族間に遺恨を残さないようにしてほしいと思います」
【取材協力弁護士】
小田 紗織(おだ・さおり)弁護士
法科大学院1期生。「こんな弁護士がいてもいい」というスローガンのもと、気さくで身近な弁護士を目指し活躍中。
事務所名:神戸マリン綜合法律事務所
事務所URL:http://www.kobemarin.com/