トップへ

「見なかったことに…」で懲戒処分も? 知ってしまった職場の横領、報告義務の“線引き”

2020年07月01日 10:21  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

横領を見過ごした場合、自らが手を染めずとも責任を問われることはあるのだろうか。インターネットのQ&Aサイトに相談が寄せられている。


【関連記事:お通し代「キャベツ1皿」3000円に驚き・・・お店に「説明義務」はないの?】



相談者が勤める会社では、約3人の社員が横領を行なっているという。取引業者への架空発注によって生じた会社経費を着服するという手口だ。



相談者は先輩にあたる社員から横領の手口を紹介されたという。正義感が強く、自ら手を汚すことはない。しかし、「モヤモヤした気持ち」が晴れず、退職も考えている。



横領の事実を知りながら、会社に伝えないでよいのか自問自答しているそうだ。見て見ぬ振りをすることで法的責任を負うことはあるのだろうか。近藤暁弁護士に聞いた。



●立場によっては、懲戒処分や損害賠償請求も

ーー職場内の横領の事実を会社に伝えないことで、法的責任を問われる可能性はあるでしょうか



結論からいえば、相談者の地位や職責などによっては、相談者自身も債務不履行責任や不法行為責任を負い、懲戒処分を受けたり、損害賠償を請求されたりする可能性があります。



まず、労働契約上の労働義務は、単に働けばよいというものではなく、使用者の利益を考慮し、必要な注意を払って誠実に履行されなければなりません(労働契約法3条4項)。このような労働義務の一環として、労働者は、職務を行ううえで見知った事項について使用者に報告を行う義務を負います。



もっとも、その報告義務はあらゆる事象に及ぶというわけではありません。



●不正行為の調査に協力するべきか

参考となる最高裁判例として、「富士重工業事件」(最三小判昭和52年12月13日民集31巻7号1037頁)があります。これは、会社によって他の従業員の不正行為に関する調査が行われた場合にこれに協力すべき義務の限界について判示したものです。




(1)労働者が他の労働者に対する指導・監督や企業秩序等の維持を職責とし、調査に協力することがその職務内容となっている場合は、他の従業員の不正行為に関する調査協力義務を肯定する。



(2)それ以外の労働者の場合、労働者は「企業の一般的支配に服するものではない」として直ちに調査協力義務を認めることはせず、調査対象である違反行為の性質、内容、当該労働者の右違反行為見聞の機会と職務執行との関連性、より適切な調査方法の有無等諸般の事情から総合的に判断して、調査に協力することが労務提供義務を履行する上で必要かつ合理的であると認められる場合に限り調査協力義務を負う。




このように、会社から調査協力の指示があった場合における消極的・受動的な調査協力義務について限界がある以上、それとのバランスから、会社による調査協力の指示を待たない積極的・能動的な報告義務については、より慎重に考える必要があります。



そこで、富士重工業事件の最高裁判決を参考に、通報の対象となる事実の内容、従業員の地位や職責等に照らし、当該労働者の労働義務と不可分の関係にあり、報告を行わなければ労働義務の履行が無意味となったり、労働の価値が大きく減少したりするような場合に限り、報告義務が労働義務の内容に含まれると考えるべきです。



●「経理担当者」の場合は会社に報告義務あり。横領罪幇助もありえるが可能性は低い

本件では、例えば相談者が経理担当者であるような場合は報告義務があるといえるでしょう。この場合、冒頭で述べたとおり、報告を怠ったことが債務不履行責任や不法行為責任となり、懲戒処分を受けたり、損害賠償を請求されたりする可能性があります。



なお、報告義務を怠った場合、横領罪の幇助として刑事上の問題も生じ得ますが、これが肯定されることはさらに限定的でしょう。




【取材協力弁護士】
近藤 暁(こんどう・あき)弁護士
2007年弁護士登録(東京弁護士会、インターネット法律研究部)。IT・インターネット、スポーツやエンターテインメントに関する法務を取り扱うほか、近時はスタートアップやベンチャー企業の顧問業務にも力を入れている。
事務所名:近藤暁法律事務所
事務所URL:http://kondo-law.com/