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「IS」のマイナーチェンジから探るレクサスの意図

2020年06月29日 11:11  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
レクサスは後輪駆動(FR)のコンパクトセダン「IS」にビッグマイナーチェンジを施し、2020年秋にも日本で発売する。現行型ISは発売から7年目を迎えたモデルだが、なぜ今、フルモデルチェンジではなく一部改良にとどめたのか。そして、新型ISから読み取れるレクサスのメッセージとは。

○「IS」は10年選手に?

今回の新型車は現行型をベースに改良を加えたマイナーチェンジモデルだが、前後マスクを中心としたエクステリアの変更によるイメチェンや、機能装備の向上だけにとどまらないのが新型ISのすごいところだ。最大の売りはその走行性能で、日本に新設した下山(愛知県)のテストコースをはじめ世界各地でテストを行い、徹底的に磨き上げたというから驚かされる。

2013年にデビューした現行型ISは、グローバルでは第3世代となる。初代が6年、2代目が8年というモデルライフを考慮すれば、7年目となる現行型がフルモデルチェンジではなく、ビックマイナーチェンジを行ったのは意外だった。これは暗に、現行型ISが10年選手となることを意味している。

多くの人の疑問は、なぜISが「フルモデルチェンジ」しなかったのかという点だろう。走行性能にはマイナーチェンジの範疇を超えるほどの改良を施した上、新型ISで進化させたレクサスの乗り味「Lexus Driving Signature」を今後、全てのモデルで継承していくとレクサスは明言している。それだけの自信作となっているにもかかわらず、新型ISはあくまでマイナーチェンジモデルなのだ。

レクサスがそこまでISに力を入れつつ、このクルマを全面刷新しなかった理由は何か。そこには、トヨタとレクサスの現在のラインアップが影響していると思われる。

自動車メーカーは個性やジャンルの異なるさまざまなクルマを展開しているが、車体の基礎となるプラットフォーム(基本構造)は多くのモデルで共有している。つまり、細部を変更することで、メーカーは車種を作り分けているのだ。同じプラットフォームからセダンやクーペ、そして、最近ではSUVまで生み出すのが当たり前になりつつある。

トヨタは現在、「TNGA」(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)というクルマづくりの思想のもと、汎用性の高いFF車(前輪駆動車)のプラットフォームを積極的に開発している一方で、ISと同じFR車(後輪駆動車)の最新プラットフォームは、「クラウン」やレクサス「LS」などの大型サイズのクルマに仕様が限られている。これを流用してフルモデルチェンジを行った場合、ISはコンパクトなクルマではなくなってしまう。

トヨタのコンパクトなFR車といえばスポーツカーの「86」があるが、こちらはスバルのプラットフォームを使用した共同開発車で、生産もスバルに委託している。仮に、新型ISに86のものを流用できたとしても、モデル末期の古いプラットフォームを使って新型車を作るのは現実的とはいえない。

つまり、現時点でISを進化させるには、手持ちの材料を最大限活用しなくてはならないという事情がトヨタおよびレクサスにはあったのだ。もしISをFFにするのであれば、このタイミングでのフルモデルチェンジも可能だったかもしれない。しかし、それでもコンパクトなFRにこだわるのは、レクサスのブランディングオフィサー兼マスタードライバーを務める豊田章男トヨタ自動車社長のこだわりだ。自身でテストドライバーを務めるだけでなく、大のクルマ好きでもある豊田社長は、クルマ好きに響く魅力的な走りを持ち味とする商品として、コンパクトなスポーツセダンを外せない存在と考えているようだ。事実、販売台数だけで見れば、2019年のレクサスの世界販売台数でISが占める割合は4%に過ぎない。

○新型「IS」を走りに振ったレクサス

新型の進化の象徴として紹介された「IS350 Fスポーツ」は、2.0Lの4気筒ターボや2.5Lのハイブリッドでも必要十分以上の性能が得られるサイズのボディに、より排気量が大きい3.5LのV6エンジンを搭載することで、コンパクトさと軽さを活かしたアグレッシブな走りが楽しめるようにしたモデルだ。もちろん、レクサスには「LC500」や「RC F」などのパワフルな高性能モデルが存在するが、ボディが大きい分だけ車重は重くなってしまう。当然、価格も高価だ。その点、ISなら日常でも扱いやすい上、サーキットなどの特別な場所に連れ出さなくても、日常運転を含めて操る楽しさが得られる。

興味深かったのは、今回の新型ISを紹介する公式動画に、2代目IS(日本では初代)に設定された高性能モデル「IS F」の話題が取り入れられたことだ。このモデルは、ISのコンパクトなボディに5.0LのV8エンジンを搭載したスーパーセダンである。レクサス広報部によれば、これは米国メディアからの質問に答えた対応だったということだが、レクサスとしても、コンパクトな高性能モデルへの関心がないわけではないという意味にも受け取れる。また、少なくともメイン市場である米国では、コンパクトなISの可能性に期待するファンがいることの証拠ともいえるだろう。

TNGAによる改革でトヨタは、「走り」は全てのクルマで大切な要素であるとの考えのもと、新型車の開発と既存モデルの進化に取り組んでいる。無論、レクサスも同様だ。ISのマイナーチェンジは、表面的には苦肉の策、延命措置と見ることもできるが、守るべきものはしっかりと守るというレクサスの信念の表れとも感じられる。

個人的には、レクサスのミッドサイズセダンでFRの「GS」が廃止され、FFの「ES」に集約されたことで、レクサスの目指す方向性に変化が生じるのではないかと感じていたのだが、ISの進化は逆に、走る楽しさを前面に打ち出してきた。レクサスとしても、走る喜びを意識したコンパクトFRという魅力的なクルマを手放すつもりはないという意気込みが感じられ、今後が楽しみになった。

○著者情報:大音安弘(オオト・ヤスヒロ)
1980年生まれ。埼玉県出身。クルマ好きが高じて、エンジニアから自動車雑誌編集者に。現在はフリーランスの自動車ライターとして、自動車雑誌やWEBを中心に執筆を行う。主な活動媒体に『webCG』『ベストカーWEB』『オートカージャパン』『日経スタイル』『グーマガジン』『モーターファン.jp』など。歴代の愛車は全てMT車という大のMT好き。(大音安弘)