2020年06月29日 10:02 弁護士ドットコム
広島市内の飲食店で6月20日、「カバンが汚れた」などの言いがかりをつけて金銭を要求したとして、男女2人組が詐欺未遂の現行犯で逮捕されました。
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前日にも同様の事案が発生しており、2人を発見した捜査員が追跡。隣の席で警戒していたといいます。報道によると、全国で5年ほど前から同様の行為を繰り返していたようです。
しかし、どうしてこんなに長い間、同じ手法が通用したのかという疑問も湧きます。
多くの飲食店で顧問を務め、自身もホルモン焼肉店を経営する石崎冬貴弁護士に、「言いがかり問題」の実情を聞きました。
ーーどうして、お店はお金を払ってしまうのでしょう。
「古典的な手口ですね。今はネットで何を書かれるか分からない。いくら怪しくても、もしかしたら本当かもしれないですよね。色々な難しさがあります。
それだったら、数万円で終わるんだしと、店側も払ってしまう。争っても労力や費用と見合わないんですよ」(石崎弁護士)
ーー店に責任がある場合でも、というか店の責任が明らかだからこそ、金額で揉めるということもありそうですね。
「焼肉屋の店員が、お客さんのカバンにタレをこぼしてしまったというケースがありました。そのこと自体は店側も認めています。
ただ、請求額が明らかに高いんですよ。ブランドのカバンだった、新品にしろと。後になって、服も汚れたとか、慰謝料を払えとか言いだして、“損害”が拡大していった。
そこで顧問だった私が間に入りました。もちろん、ミスしたのは店の方ですが、不当な要求まで飲むことはない。店側が悪いと分かれば、ハッタリをかけて金額を釣り上げるという人は確かにいますね」
ーー客からの嫌がらせ「カスタマーハラスメント(カスハラ)」に通じる部分もありそうです。
「昔の赤提灯をぶら下げた個人店みたいなところなら、言いがかりをつけられても、『ふざけんな。馬鹿野郎、出て行け』となったでしょう。
でも、飲食店が『業』になってきた。お店のスタッフもサラリーマンやアルバイトです。厄介ごとには関わりたくない。個人店と違って、張り合う理由がないですよね。だから、簡単に謝ってしまうし、足元もみられやすい」
ーーそれでは、具体的に「言いがかり」をつけられたとき、どうしたらいいんでしょうか?
「現場のスタッフは、要求を拒否すべきか、謝罪すべきかを判断できません。マニュアルをつくっておくことが重要です。
結果的に言いがかりだったとしても、クレームが入った段階では、事実関係は分かりません。まずはお詫びを入れるのが無難でしょう。
日本では『すみません』は挨拶みたいなもの。『(お手間をかけて)すみません』という意味であって、それだけで法的責任を認めたことにはならないので、安心してください。
具体的な対応ですが、お客さんにどこでどういう風になったのか、事実関係のヒアリングが大切です。応答の内容については、日報のような形で記録を残します。被害状況を把握するため、写真も撮らせてもらうといいでしょう。
言いがかりであったり、お金をふっかけてくる相手だったりする場合は、検討の余地を与えず、その場で判断しろと言ってくる可能性が高いです。
しかし、『上司(店長、マネージャー、オーナー)に確認しないと判断できないので時間をください』と伝えましょう。周りの従業員にもヒアリングし、話を上役にあげて判断をあおぎます。最終的には店としての判断になります」
ーー相手が聞く耳を持たないときは警察を呼ぶべきなんでしょうか。
「サービス業ですから、警察は極力避けるべきでしょう。ただ、こちらの意思を何度伝えても、恐喝まがいのことを繰り返すようでしたら、迷惑行為として警察に相談すると良いと思います。
こういう何とも言えないクレームというのは、やはり対応がすごく難しいというのは間違いないですね」
ーーちなみに、店側には、「何を書かれるか分からない」という恐怖もあるとのことですが、もしネットにひどい誹謗中傷を書き込まれたら、どうするのでしょうか。
「飲食系の口コミサイトも『言った言わない』にはあまり巻き込まれたくないと思っています。サイトにもよりますが、規約上、事実関係に争いのあるものは、削除や公開停止の取り扱いになることが多いです。
たとえば、食べログのガイドラインには、次のように書かれています。
事実関係の確認が困難 (感想としての記述ではないもの)で、かつ他のユーザーやお店から「その内容は事実と異なる。」という連絡があった口コミについては、食べログ側で連絡いただいた内容を元に確認し、(…)削除する場合がございますのでご了承ください
難しいのは、掲示板やSNS、個人のブログです。ただ、削除や発信者情報の開示までを求めることは、そんなに多くはありません。
『消してくれ』と言うと、かえって燃える可能性もありますし、そもそも飲食店をやっていたら『マズい』とか、色々書かれますよ。誰もが100%満足する店はない。こちらにミスがなくても低評価をつける人もいます。
100%を目指して、躍起になって反論してもよくない。飲食店としては、時間とお金を使って、ひどい書き込みに対応するよりは、ファンを増やしていく方に力を注いだ方がいいと思って、経営しています」
【取材協力弁護士】
石崎 冬貴(いしざき・ふゆき)弁護士
神奈川県弁護士会所属。飲食業界の法律問題を専門的に取り扱い、食品業界や飲食店を中心に顧問業務を行っている。著書に「なぜ、一年で飲食店はつぶれるのか」「飲食店の危機管理【対策マニュアル】BOOK」(いずれも旭屋出版)などがある。
事務所名:弁護士法人横浜パートナー法律事務所
事務所URL:http://www.ypartner.com/