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『かぐや様は告らせたい』四宮かぐやはなぜ愛おしい? 超負けず嫌いなヒロインの本心

2020年06月28日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~(18)』

 シリーズ累計1000万部を突破し、アニメも一期、二期ともに高い評価を受けている『かぐや様は告らせたい~天才たちの恋愛頭脳戦~』。個性的なキャラクターや、「天才たちの恋愛頭脳戦」と銘打たれたコミカルなかけあいなど、そのキャッチーな側面にまず心を掴まれる作品だ。


参考:『かぐや様は告らせたい』は“素直が一番”な時代のラブコメ


 だが、『かぐや様』の真の妙技は、読み進めるほどに明らかになっていくキャラクター造形と人間関係の緻密さかもしれない。張り巡らされた伏線が少しずつ回収され、地中深くに根を張るような世界観の広がりに気づいた時、『かぐや様』のおもしろさは単なるラブコメディの域を大きく越えていく。主人公の1人・四宮かぐやの抱える多面性は、まさしくその筆頭と言える。


 巨大財閥・四宮家の令嬢である四宮かぐやは、勉学でも芸事でもなんでもハイレベルにこなす万能型の天才。一見おしとやかな美少女だが、その実、プライドが高く超負けず嫌いな四宮。「恋愛は好きになったほうが負け」という理念に基づき、両片想いの相手・白銀御行相手に「いかにして相手から告白させるか」という壮絶な知能戦を繰り広げている。


 四宮は常に全力だ。白銀に「好意」という名のボロを出させるためなら、四宮は労力を惜しまない。デートに誘わせるために映画の懸賞チケットを偽造し、深層心理を暴くために恋愛占いの本を仕込み、泣き落としも辞さない。そして、その作戦を意図せず邪魔してくる友人のはずの藤原千花に本気で蔑んだまなざしを向ける。


 「天才」と称される頭脳を「告らせたい」に全振りする様子は馬鹿馬鹿しさが突き抜けたおかしさがあるし、だんだん白銀へのデレを隠し切れなくなってポンコツになっていくのもかわいらしい。


 と、ここまでならば四宮は「いわゆるラブコメのヒロイン」かもしれない。だが、そのキャラクターはそこから深く掘り下げられていくことになる。


 国の心臓ともいえるほどの権力を持つ四宮家。その長女として生まれたかぐやが、厳しく、そして箱入りに育てられてきたことは、冒頭で説明されている。だが、その環境が決して幸福なものではなく、彼女の人格に大きな影を落としていることは、コミカルな「恋愛頭脳戦」の隙間に差しはさまれて徐々に明らかになっていく。


“四宮の人間たるもの、人を頼ってはなりません。人を使い、人を操り、必要であれば切り捨てねばなりません”


 そう言い聞かせられ、他人を拒絶していた過去の四宮。白銀と出会った当時、氷のような目をして「私は慣れ合いを良しとしません」と言い放つ。


“私は夏に思い出なんて無い”


“大丈夫 いつもの事なんだ”


“私の人生は私の思い通りには出来ない”


 誰もが羨む名家に生まれ、なんでもそつなくこなす才を持った四宮は、その代償のように人生に対して深い諦念を抱いている。


 そんな彼女を変えたのは、副会長として入った生徒会での日々だった。裏表のない書記の藤原と友達になり、偏屈な会計の後輩・石上の面倒を見、そして困っている人に手を貸さずにはいられない会長・白銀に惹かれていく。


 楽しみにしていた花火大会に行くことを執事に禁じられた四宮は、それでも屋敷を抜け出して、生徒会メンバーとの待ち合わせ場所へと向かう。


“神様、この夏……恋だとか愛だとかは要りません。だからせめて私もみんなと一緒に――”


 最初から、「恋愛頭脳戦」に全力を注ぐ明るい四宮かぐやだったわけではない。生徒会での日々でそれまで与えられなかった光を浴びて、少しずつ変わっていったのだ。そういうことが、読み進めていくことで徐々に見えてくる。


 人の心の核心部分には、簡単に触れることはできない。『かぐや様』の物語の構成がそうであるように、白銀たちは時間をかけてかぐやの心に近づき、解きほぐしていく。そしてそれは他人だけでなく、自分の心についても同じかもしれない。


 物語の中で四宮は、戦略を巡らす「通常かぐや」だけでなく、四宮の規律を重んじる「氷かぐや」、恋に浮かれた「アホかぐや」など様々な顔を見せる。時には彼女たちがそろい踏みして脳内裁判が開廷され、それぞれの立場から意見を戦わせたりもする。白銀の誕生日を祝うべきかという議題で混乱を極めた際、「誰が決めるんですか」と困惑する「通常かぐや」に、残りの3人は言う。


“私たちは貴方”


“決めるのは貴方”


“”ねえ、「私たち」はどうしたい“


 人の心は揺れ動く。冒頭で「四宮かぐやの多面性」と書いたけれど、虚勢や臆病によっていくつもの建前を持つのは、人間誰しも同じこと。本心というものは、それらを丁寧に描き分けてようやくたどりつけるものなのかもしれない。


 かぐやはその日、自分の気持ちに従って、白銀にケーキとプレゼントを贈る。


“会長、お誕生日おめでとうございます”


 初めての恋に翻弄され、色々な表情を見せる「かぐや様」が、少しずつ自分の心に素直になっていく様子は、ただただ愛おしい。(満島エリオ)