トップへ

歌舞伎町イチ、癖がすごいゲイバー店員・カマたくが説く人生論は仏教の真理だった?

2020年06月21日 13:51  リアルサウンド

リアルサウンド

『頑張らなくても意外と死なないからざっくり生きてこ』(KADOKAWA)

 ツイキャスでゲイ&風俗ネタをウリに知名度を上げ、現在はTwitterやYouTubeに動画を上げて人気を博しているインフルエンサー・カマたく初の単行本『頑張らなくても意外と死なないからざっくり生きてこ』(KADOKAWA)は、なんと意外なことに仏教の教えに通じるカマたくの人生観、生き方が語られる一冊になっている。


ラファエル『秒で決めろ!秒で動け!』は究極の時短本?


■カマたくとは? 動画と本の違いは?


 カマたくは、ふだんは新宿・歌舞伎町のゲイバー勤務。そんな彼が、道でつば吐くやつ、割り込んでくるやつ、感じの悪い店員といった、生活していて出会うイラッとくる人物に遭遇したときのエピソードを「あるある」的な動画にまとめ(ゲイ風俗でのトンデモな要求をしてきた客との経験を語ったものは全然「あるある」ではないが、それを除けば)、最終的にはその怒りをペットボトルや空気人形などの物にぶつけて終了するという、フジテレビの『痛快TVスカッとジャパン』にも通ずる構成の動画で知られている。


 この本では「あるある」要素はあまり見られない。ではどんな内容か? カマたくがQ&A形式で人生相談に対して持論を語ったり、中1のときにDVされていた父親から身体を売らされたあと自発的に売春するようになったり、ブラック企業に複数社勤務したりしていたという過去を語ったりする、というものだ。


 動画ではカマたくが演じるムカつく人物の演技やそれに対するレスポンスの表情や、「ストレスの空気感染がひどい」「下ネタのエレクトリカルパレード」といった独特のワーディングのセンスのおもしろさが特徴だ。


 しかし本では当然、顔芸はない。また、ワーディングセンスの妙は後退したわけではないが、むしろ発言内容の説得力のほうが際立っている。


インフルエンサー本というよりマジモンのビジネス・実用カテゴリーの本では?
 たとえば、コミュ力がなくて悩んでいるという人に対しては「会話が苦手なことより無表情のほうが大問題。人見知りはとにかく微笑んでいろ」。


 SNSに疲れてます、という人に対しては「Twitterは治安悪いし、Instagramは見栄の塊。平和になんてできるわけないからめんどくさいならやめろ!」「キラキラして見える人のほうが、案外しんどさ抱えてる。一生インスタにUPしない、日高屋の唐揚げが一番旨い」。


 ブラック企業勤務の経験からは「パワハラがまかり通ってる会社って、もうパワハラがルールになって回っちゃってるところが多い。組織に属するには、組織の常識に順応しなきゃいけない。悲しいけど、改革するとかって難しいし体力を消耗しちゃう。常識が意味不明なら「私にここは合ってない」って判断でやめるのが早いわ」。


 この洞察力と問題の対処法は、数あるインフルエンサー本の中でも屈指の実用性を誇ると言っていいだろう。カマたくはなぜこうした、身も蓋もないが「たしかに」「なるほど」と思える発言を連発できるのか? カマたくが自身の経験から、透徹した視線を持つリアリストになったからだろう。


■「こうであってほしい姿」ではなく「あるがまま」の現実を肯定する


 カマたくは中学生のころから売春を始め、社会的地位が高い人とたくさん接した経験から、どんな偉い人も「どうせみんなチンコは一緒」、裸になったら同じだと悟ったという。


 さらには「最後はどれだけ成果を上げるか」と言い、世界一嫌いな名詞は「絆」であり、嫌いな言葉は「愛は地球を救う」、地球を救える唯一のものはカネだ、と語るので、若干のネオリベ臭を感じながら読み進めていくと、どうも弱者排除を肯定するロジックとしてそういうことを言っているのではないことがわかってくる。


世の中には、ジャマな概念がいっぱいある。特にいらねぇなと思うのは、「自分に自信がある」「メンタルが強い」「自己肯定感」あたりね。自分に自信が「ある」「ない」なんて考えたこともない。自分が強いとか弱いとか、知らない。そんな概念捨てちまえ。無駄に悩むだけよ。


理想が高いのも、セフレがいるのも、クズ好きも、ホストに何百万と使うのも「それが私の幸せでーす!」って言い切れるのならあなたにとってそれが正解なの。


「こういう世の中になってほしい」とかいう思いもゼロなの。


 こういう発言に現れているのは、to be(あるべき姿、なりたい自分) ではなくas is(あるがままの自分や現実)こそを見つめて肯定する、という価値観だ。


 本を読む前に目次を眺めていると「第1章人間関係 執着をなくせば、悩みもしない」と書いてあって「仏教か」と思ったが、本を最後まで読んでいくと本当に仏教的な「執着を捨てる」ということが彼の生き方のベースになっていることがわかる(仏教に対しての言及はゼロなので、本人にその自覚があるのかは不明)。


執着を捨てれば、人生はどこでも、なんでも楽しくなるわ。「これがある」を見すぎるから「これがない」が気になるの。無がいちばん楽よ。何かがあることに執着するのが、不幸の始まり。今いる場所、たどりついた先にたまたま存在する楽しいことを見てればればいい。


 カマたくは「自分がやりたいからやる」と思ったことはあまりなく、人にすすめられたまま飛び込んでやり始めて続けるパターンが多いが、それでも人生は充実している、と言う。


 これは禅/マインドフルネスで言われる「過去や未来に意識を向けるのではなく、今この瞬間に集中せよ」ということ、それが充実した感覚の獲得につながる、という話に通じている。カマたくの視聴者/読者が仏教の本やマインドフルネスを説いたビジネス書を読んでいるかはわからないが、言ってることはいっしょだ。


 「執着を捨てればラクに生きられる」というゴータマ・シッダルタが2500年くらい前に説いた人間関係に対する真理にカマたくが無自覚に到達していたのだとしたら……本当にすごい。(飯田一史)