2020年06月21日 10:11 弁護士ドットコム
新型コロナウイルスの影響で、一気に広まった在宅勤務。通勤時間がなくなったことを歓迎する人は多かったと思いますが、一方で、休校・休園で自宅に子どもがいる状況での仕事に苦労した人もいるようです。
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ツイッターでは、「子どもが家にいて日中仕事できるわけない」、「昼間はあきらめて夜中に仕事してる」などの声があり、昼間の仕事をあきらめ、子どもが寝静まった夜遅い時間に仕事している人も少なくないようです。
夜遅くに仕事をする、いわゆる「深夜労働(午後10時から翌午前5時)」の場合、割増賃金(深夜割増、基礎賃金の25%以上)が発生します。これは在宅勤務などのテレワークについても厳格に維持されています。
もっとも、コロナ禍での在宅勤務のような場合で、企業と労働者が次のように考えているケースだとどうでしょうか。
このようなケースでは、深夜割増が発生しないことがお互いに「必ずしもマイナスでない」ようにも思えます。
深夜割増のルールについては、政府の規制改革推進会議でも、「育児や介護等との両立など個々のニーズに応じて、1日の労働時間を有効に活用して働く選択を阻害している」と指摘されています。
その上で、「(1)所定労働時間の範囲内とすること、(2)月又は週単位の上限時間や回数等の一定の制限を設定すること、(3)インターバル規制の適用等を条件とすること、などの条件のもとで、深夜割増を適用除外にすべきではないか」などの提言がなされました。
一定の条件下で深夜割増をなくすことに対して、どのようなメリットやデメリットが発生するでしょうか。企業の人事労務に詳しい藥師寺正典弁護士に聞きました。
藥師寺弁護士は、使用者側のメリットとして、「深夜割増分のコスト削減」および「人材の流出防止」を挙げます。
「労働者数の減少は、職場全体の長時間労働に直結しかねない問題です。
また、昨今の売手市場及びそれに伴う採用難という状況や、人材育成に費やした労力等も踏まえると、人材の離職を防止することは企業にとって、より重要な課題といえます。
深夜労働を積極的に活用したい労働者のニーズに応えることは、使用者側にも大きなメリットがあると考えます」
一方で、デメリットとして、「健康被害の発生、労働生産性の低下のおそれ」を挙げます。
「特に、日中に育児や介護を行っている労働者は睡眠時間を短縮する可能性が高いですし、日中にも相応の負荷がかかっている場合も想定されますので、健康被害が発生する可能性は否定できません。
また、日中に十分な休息すら取れずに深夜労働を継続的に行うことにより、仕事の質や量が低下することも懸念されます」
経営事情は企業によって異なりますので、これらのメリット・デメリットの比重は多少変わるかもしれません。しかし、藥師寺弁護士は、第一に考えるべきは「労働者の健康」だといいます。
「深夜割増について定める労働基準法は、憲法25条、27条2項に根拠を持ち、労働者に『健康で文化的な最低限度の生活』を保障するものですし、深夜割増は強度な労働に対する補償やその抑制という趣旨に基づくものです。
AIの利活用が進んでいるとはいえ、『企業は人なり』というように、依然として企業の最重要資源は労働者です。
健全な企業経営のためには、労働者の健康を維持することで良質な労働力を確保することが重要といえ、使用者側の立場であっても労働者の健康を第一に優先するべきと考えます」
ともすれば置いていかれがちな「労働者の健康」。激務や仕事による強いストレスなどで健康を害するケースは後を絶ちません。 脳・心臓疾患や精神障害による労災請求件数は増加傾向にあり、業務に起因した健康被害を訴える労働者が増えていることも事実です。
「労働者の健康が最重要」という認識を労使間で共有することは、健康被害を避けることだけでなく、どちらも納得のいく働き方を構築する良いスタート地点になるのではないでしょうか。
藥師寺弁護士は、「深夜割増の規制緩和は慎重であるべき」と話します。
「新型コロナウイルスの影響もあり、テレワークの導入率は上昇しているものの、それに伴う労働時間管理の在り方については多くの企業が試行錯誤している段階といえます。
まず取り組むべきは、労働時間管理を適切に行い長時間労働を抑制しつつ労働生産性を向上させることであり、長時間労働につながりかねない深夜割増の規制緩和に対しては慎重な姿勢が望まれます。
規制緩和ありきで考えるのではなく、業務分担の見直し、配置の変更、所定労働時間や勤務シフトの変更、年次有給休暇や育児・介護休暇等の取得促進や拡張といった対応により、労働者のライフスタイルに配慮した働き方を工夫・調整することが適切と考えます」
【取材協力弁護士】
藥師寺 正典(やくしじ・まさのり)弁護士
中央大学法科大学院修了後、2013年弁護士登録。労働法制委員会(第一東京弁護士会)、日本CSR普及協会、経営法曹会議等に所属。主に、使用者側の人事労務(採用から契約終了までの労務相談全般、団体交渉、問題社員対応、就業規則対応、訴訟対応、労基署対応、労務DD等)、中小企業法務、M&A等の商事案件に対応。
事務所名:弁護士法人第一法律事務所(東京事務所)
事務所URL:http://www.daiichi-law.jp/