2020年06月21日 09:41 弁護士ドットコム
全国で初めて、子どものゲーム利用時間を定めた香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例」が4月から施行された。
【関連記事:花嫁に水ぶっかけ、「きれいじゃねえ」と暴言…結婚式ぶち壊しの招待客に慰謝料請求したい!】
その成立過程をひもとく研究報告が6月24日、一般財団法人「情報法制研究所」(JILIS=鈴木正朝理事長)のシンポジウム「“香川県ネット・ゲーム依存症対策条例”を考える」(https://www.jilis.org/events/2020/2020-06online.html)で発表される。
この条例は、オンラインゲームなどに対する依存症から子どもを守る目的で制定された。しかし、保護者に対して子どものゲームの利用を1日あたり60分までにする努力義務を課しており、利用時間まで県が定めることは行き過ぎであるとして、批判も受けていた。
そこで、JILIS専務理事であり、LINE執行役員である江口清貴さんのチームは、この条例が成立した過程に注目。条例が可決される直前に募集されたパブリックコメントを情報公開請求したうえで、その全テキストを分析した。
香川県議会事務局によると、これらのパブコメは2686件集まり、そのうち「賛成」2269件、「反対」が401件、「提言」などが16件だったという。ところが、報道などで、賛成意見の多くが同じ日に送信されていたり、同じ文面が目立つことなど不自然な点も指摘されている。
また、パブコメは3月17日から香川県のホームページで一部のみに公開されただけで、翌日3月18日には県議会で可決され、パブコメ軽視ではないかと批判を受けていた。
今回の研究で、パブリックコメントにはどのような傾向があったのだろうか。分析を手がけた江口さんと、同じくJILIS上席研究員で東京国際工科専門職大学教授の齋藤長行さんにシンポジウムに先駆けて取材した。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)
——まず、パブコメを分析しようと思った理由を教えてください。
江口さん:そもそも、この条例を制定するための立法事実の認定など、基本的な手続きが気になっていました。LINEとして提供しているゲームはカジュアルなものが多く、ゲーム依存症とは縁遠かったのですが、ゲーム業界の片隅にいる立場として、注目していました。
しかし、パブコメが募集されたにもかかわらず、それを県議の先生たちにも開示しないというニュースが流れてきました。これは一体、何が起きているのだろうかと思い、では、パブコメを丸ごと情報公開請求しましょうと。JILISといえば、情報公開請求は、お家芸なので(笑)。
僕もゲーム業界にいましたが、ゲーム産業、特に今のオンラインゲームは、ユーザーを飽きさせないよう、いかにログイン時間を稼ぐかということをビジネスとしてやっています。
WHOでゲーム依存症が疾病として認定されたように、たしかに中毒性はあります。ゲーム業界としても、なんらかの問題があるということは認識しています。しかし、それをどう修正していくかを同時にやっているわけです。たとえば、ガチャ高額課金の問題でもそうした動きがありました。
基本的な姿勢として、この条例に反対するためにやっているわけではありません。ただ、これだけ注目を集めたパブコメは全国でも珍しい。パブゴメが開示されなければ、きちんと民意をもって決定された条例なのかどうか、条例の成立過程で何が起きていたのかが、わかりません。それをきちんと検証しようと思ったのがきっかけです。
——どのような調査方法をとりましたか?
齋藤さん:分析方法としては、いわゆるテキストマイニングという手法をとっています。これは、自然言語解析の手法の一つです。例えば、100文字くらいの文章があったとします。その文章において、意味が通じる最小の単語、つまり名詞や形容詞などに分けていき、それらの単語をカウントしたり、単語と単語との相互関係を分析することで、文章全体の傾向を示していきます。
今回のパブリックコメントを例にすると、約2,700の意見が寄せられています。意見を全部読む作業はとても大変ですし、分類にも読んでいる人の主観が入りがちです。偏ってサマライズ(要約)されてしまうかも知れません。しかし、テキストマイニングすることにより、定量的に論じることが可能になります。
まず、LINE BRAIN(LINEのAI事業)が開発したOCRで、パブコメの文章の何万という文字を読み込んでデータ化しました。開示されたパブコメは紙のコピーのコピーなどで読みづらいところもありましたが、今の技術では読み込み可能です。それらをスプレッド・シートの表の形にします。
この表をパッとみてわかるように、『ネットゲーム依存条例について条例通過により、明るい未来に期待しています。賛同いたします。』や『明るい未来に期待して、賛同致します。』『明るい未来を期待し、賛成します。』など、偶然にもちょっと変わった文章が多くあります。
この偶然にもちょっと変わった文章が多くあるということを、報道では『ほとんど同一文章で、同じような時間帯で投稿されている』と指摘していましたが、核心を突いていました。そして、こうして数値化にすることで、よりわかりやすくなります。
——賛成意見と反対意見、それぞれに傾向はあったのでしょうか。
齋藤さん:賛成意見と反対意見を定量化して比較すると、面白い傾向が浮き彫りになりました。
パブコメの文字数をみていると、賛成意見の平均文字数は35文字、一方の反対意見は1400文字と、かなりの差がありました。反対意見は、なぜ反対なのかという理由を切々と述べています。
反対意見には、4つの大きなクラスターがありました。「香川県議会事務局政務調査課に対して」「時間制限に根拠があるのか」「条例18条で時間制限を行政として定めていいのか」「科学的な根拠は本当にあるのか」などです。
一方、賛成意見には2つのクラスターしかありません。つまり、同じことしか言っていないということです。『明るい未来に期待』と『条例に賛同します』と述べている一方で、なぜ賛成かという理由がほとんど述べられていませんでした。
江口さん:ただ、気をつけなければいけないのは、もともとパブリックコメントが求められている条例案があって、これに賛同するために理由を述べる必要がないことです。逆に、反対意見の人は、反対するからための理由を述べるという傾向は、みて取れるところがあります。
それでも、文字数の差は激しいですし、これまでの香川県が募ってきたパブコメに比べても、かなり大きな数字です。シンポジウムの当日には、もっと詳細な分析をご報告できると思います。
——分析結果をどう思われましたか?
江口さん:条例制定のときに、賛成反対が盛り上がるのは、本来の地方自治や議会制民主主義からすればいいことです。議員は民意で選ばれますが、すべてを白紙委任されているわけでなく、その場その場で議論し、世論を見ながら、正しい方向に導くことが求められています。
そして、住民にとっては行政や政治に対して直接、意見表明ができる貴重な機会がパブコメです。ですので、丁寧に扱うべきものであり、うかつに扱ってはいけません。
香川県では、パブコメを精査された形跡があまりなかったので、それを明らかにしたいと思っています。これまで、パブコメをきちんと精査するという文化はなかったのですが、香川県が開示しない中、僕たちがオープンな場で開示して、分析結果をみんなで議論し、もう一度見直すきっかけにしてもらえればと思います。
ただ、先ほども言いましたが、前提として、香川県の議会が条例を制定する可否については、民主主義的の根幹ですから、疑義を言っているわけではありません。
僕たちの研究は、こういう手法でパブコメの民意を知ることもできるということです。
——今後の展開は?
江口さん:このスライドをみていただくとわかりますが、賛成意見は1分おきに送られています。パブコメを打ったであろうシステムに実際、似たような文書を入れて投稿しようとすると、だいたい50~70秒ぐらいかかる。きちんと1分おきに送られたということは、きっと一生懸命頑張ったんだろうなという努力の形跡がみえます。
実は、すでにこのシステムに関する情報公開請求をかけています。議会事務局によると、これらの賛成意見は「ユニーク」なものとして扱っているそうです。一つ一つ個別の意見としてカウントした、その判断にかかる資料を求めています。
通常、ITのシステム上、別の経路から入ってきたとすれば、ユニークとして扱います。連続投稿も感知できるので、同じ経路であればユニークとは違ってきます。
そういう検知の機能があるのかという当たり前のことの確認です。『賛成いたします。』という意見を個別の意見として判断した根拠をいただきたいと思っています。
ただ、それは今回のシンポジウムには間に合わないかもしれません(笑)。第二弾が終わったら、第三弾も用意しています。
パブコメをないがしろにする傾向がありますが、テキストマイニングしてみると、本当の民主主義がみえてくる一つのきっかけになるのではと思っています。