トップへ

天才プログラマー金子勇さんを無罪に導いた壇俊光弁護士、Winny事件の裏側と友情を語る

2020年06月21日 09:31  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

「天才」と呼ばれたプログラマー、金子勇さんを覚えているだろうか。2002年、ブロックチェーンの先駆けであるP2P技術を用いたWinny(ウィニー)というファイル共有ソフトを発表した。


【関連記事:マッチングアプリに登録した女子大生、同級生に発見され、学内に全部バラされる!】



Winnyは爆発的に流行。金子さんの凄まじいプログラミングは一躍、脚光を集めた。ところが2004年、金子さんは突然、逮捕されてしまう。



一部のユーザーがWinnyを利用して映画や音楽などの送信をおこなっていたことから、開発者である金子さんが著作権法違反幇助の罪に問われたのだ。



しかし、金子さんに救いの手が差し伸べられる。壇俊光弁護士だ。金子さんとは面識がなかったが、「もし開発者が逮捕されたら全力でやりますよ」と話していたことをきっかけに、その弁護を引き受けることになった。



偶然のような出会いから弁護人となった壇弁護士は、弁護団を結成。弁護団の事務局長として最高裁まで戦い抜き、2011年には無罪を勝ち取った。ところが、金子さんは名誉を取り戻したのもつかの間、2013年7月にこの世から去る。惜しまれる死だった。



日本の刑事司法によって毀誉褒貶の人生を歩むことになった金子さん。壇弁護士はその闘争の舞台裏を、弁護人の目を通して描いた小説「Winny 天才プログラマー 金子勇との7年半」(インプレスR&D)として今春、上梓した。



7年半、金子さんとともに歩んだ壇弁護士は、この本にどのような思いを込めたのだろうか。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)



●「Winnyを知らない世代の人たちに読んでほしい」

この小説は、あるプログラマーが警察に突然、いわれのない罪の容疑で逮捕され、1人の弁護士と出会うところから始まる。



プログラミングにしか興味がない、マイペースな北関東生まれの天才プログラマー。試行錯誤しながらも、前代未聞の境地を切り開いた大阪生まれの若手弁護士。そんな対照的な2人が友情と信頼で結ばれ、時には摩擦を生じながら、ともに刑事司法と最高裁まで戦い抜き、無罪判決を勝ち取る物語だ。



しかし、普通の小説と異なるのは、書かれているすべてが、現実で起きたということである。私たちがすでにニュースで知っている金子さんの事件を、壇弁護士が小説というスタイルで一冊の本にまとめた。



もともとブログでこの裁判について書いていた壇弁護士。なぜあえて、小説という形にしたのだろうか。きっかけの一つは、怪童と呼ばれ、将来を望まれながらも29歳で夭折した棋士、村山聖さんの生涯を描いた映画「聖の青春」(2016年)を観たことだ。



「へんな創作無しにそのまま書けば良いのかと。これだったら、金子さんの人生も映画にできるんじゃない?という気になりました。ブログを書き終わった後に『小説で読みたい』といってくれる人もいました」



最初は漫画化の道を探ったが、そのうち映画化の話が舞い込んだ。



「これは、昨年映画化が決まり、ネットで話題になった件とは別の、速攻でポシャった件ですけどね。漫画だったら自分は何も描かなくていいと思ったんですけど、映画化は原作がしっかりしていないとダメだよねということになって、しゃあない、書くかと…」



しかし、原稿はほぼ書きあがったものの、なかなか出版社が決まらなかった。「ITの用語が難しすぎて読者がついてこられない」「数値が入ってないから裏付けがない」「このままでは売れない」・・・さまざまな理由で出版には至らなかった。



「別の出版社では、金子の内心を書いてくれと言われました。もう、恐山のいたこを呼んでこいやと(笑)」



前代未聞の事件の裁判を描いた前代未聞の小説である。ようやく、ネットや技術の本を多く出しているインプレスR&D社が決まった。



壇弁護士が小説の本という形にこだわったのは、映画化を見込んでの理由だけではない。



「Winnyを知らない世代の人たちに読んでほしいと思いました。金子さんという人物がこの世にいたということを知ってもらいたいと思ったんです。もしも、小説として本屋さんに並んでいたら、もしかしたら手にとってくれるかもしれないから」



●懇親会の一言から弁護することに…

この本では、金子さんが逮捕されるところから始まる。



金子さんは少年時代からプログラミングで頭角を現していた。パソコン少年はそのまま成長し、大学院を経て、2002年には東大の特任助手に採用された。当時、金子さんは自宅で電動機付ベッドを使っていた。ベッドの上でリクライニングを起こしてはプログラミングをして、2日間で8時間ほどまたリクライニングを倒して寝る生活だったそうだ。



プログラミングに没頭する生活の中で、金子さんはWinnyを開発する。そこに目をつけたのが、サイバー犯罪対策に力を入れている京都府警だった。壇弁護士はこう書いている。



「日本で目立った存在だった『金子勇』という男の立件に目をつけたのは、ある意味、必然だったのかもしれない」



一方、壇弁護士は当時、大阪にあるサイバー法の研究会の懇親会で、「もし開発者が逮捕されたら、全力でやりますよ」と断言していた。実際に著作物をWinnyのネットワークで流し、公開した人たちが逮捕されていたが、まさか開発者が刑事事件に巻き込まれることはないだろうと見込んでいた。



甘かった。2004年5月に金子さんは逮捕される。その時の様子を壇弁護士はこうも書いている。



「テレビでは東京で逮捕された彼が京都まで新幹線に乗せて連れて行かれる最中の映像が映されていた。釣り用のベストを着てダサいにもほどがある姿である」



そういう壇弁護士自身も、懇親会で言った一言が降りかかってきた。「弁護するって言っていたよね」と知り合いの弁護士から指摘され、「やりますよ」と言っていたという。そこから、怒涛の刑事弁護に突入していった。



●「シャチハタ男」が完全黙秘するまで

刑事事件に容疑者として逮捕された経験がない人の多くは、裁判で真実を話しさえすれば、必ず信じてもらえると考える。金子さんも例外ではなく、検察が作文した著作権侵害を認める自白調書などにサインをしてしまっていた。



小説によると、「あのシャチハタ男をどうにかしろ!」と壇弁護士は声を荒げたという。何にでもサインしてしまう金子さんを、壇弁護士はなんでも押印できる「シャチハタ」とあだなしていた。



しかし、ここから壇弁護士の反撃が始まる。



金子さんを助けたいという技術者たちから届いた支援のメールを見せ、事態を理解してもらおうとした。金子さんは、その中に自分の大学の恩師の名前を見つけ、「自分のためじゃなく、みんなのために戦います!」と話し、以後は完全黙秘を貫くことになる。



壇弁護士は、金子さんとの当時のことをこう話す。



「日本の刑事司法は本来的にアンフェアです。みんな知らないだけで、捕まって初めてわかります。



金子さんが『だって本当なんだもん』と言うから、『だったら冤罪なんてない』と何回も言いました。『えええ、だって天下の裁判所じゃないですか』『お前は何を言ってるんだ』って、全部ツッコミしてましたね」



ただし、小説ではそこまであえて書かれていない。



「刑事司法がおかしいということは、この本の中ではあまり正面から言わないようにしました。僕は淡々と金子さんのことを書き、読む人には自分なりの結論を得てほしいと思っています。



小説としてどう読ませるかは工夫しましたが、こう読んでほしいということは入れていませんでした。読む人に補完してほしいからです」





●「日本のインターネットの父」村井純教授も登場

小説ではその後、裁判所を舞台に警察や検察との攻防が展開する。場外では、金子さんをマッドサイエンティストに仕立てたいマスメディアという敵も迎え撃たなければならなかった。



そうした中、徐々に金子さんが壇弁護士に心を開いていった様子が伝わってくる。



金子さんは壇弁護士にジョークを飛ばすようにもなっていた。京都の街でパトカーを見かけた金子さんは、「あ、乗り慣れた車が停まっている!」とのたまう。壇弁護士は「彼のネタはブラック過ぎて笑えないことが多かった」と書いている。



公判では、Winnyについて技術的な立証が懸案だった。そこで、証人として登場したのが「日本のインターネットの父」として知られる慶應義塾大学の村井純教授だ。



打ち合わせで村井教授は、「その理屈だったら、日本にインターネット引いてきた俺が幇助じゃん」とバッサリ切り捨てたという。その豪胆な証言はどのようなものだったか、ぜひ小説で読んでほしい。



しかし、残念ながら京都地裁の一審では、金子さんに対して有罪判決が下された。この時、壇弁護士は自身の弁護戦術が「力不足」だったことを認めている。



「心は折れまくりですよ。誰でも無罪を取れる事件で有罪をとったヘボ弁護士とか2ちゃんねるで言われるし」



小説の後半は、壇弁護士がこの裁判にすべてを賭けていく様子が描かれる。



壇弁護士は、大阪の町工場を営む家に生まれた。大学生の頃、父がある優れた機械を開発したが、取引先の会社に特許を奪われてしまった。契約違反だったが、法に無知だった父には弁護士を依頼する費用もなかった。父はつらそうな顔を見せたという。



これが、壇弁護士が司法への道を選んだきっかけだ。技術者のために戦おうという信念から、一審の判決以後は、金子さんの裁判を「この事件は私の事件ですから」と口にするようになっていた。



●Winny事件が残したものとは?

続く、大阪高裁で2009年10月、逆転無罪の判決を見事勝ち取ったことは、すでに読者が知るところだ。



勝訴の速報が流れ、壇弁護士の携帯にはお祝いのメールが次々と入った。SF小説「銀河英雄伝説」に登場する最強の用兵家、ヤン・ウェンリーになぞらえて、「ダン・ウェンリー」と呼ぶ人もいた。



「後にも先にも、涙を流したのはこの時だけでしたね」と壇弁護士。その後、検察が上告したものの、2011年12月に最高裁が上告を棄却、永かった裁判は幕を閉じた。



壇弁護士はこの裁判を今、どう振り返るのだろうか。



「刑事弁護の世界では、実務の運用が変わりました。著作権侵害幇助の容疑では、なかなか逮捕されにくくなりました。以前は困ったら幇助で逮捕、だったので。ただ、今は共同正犯(共犯者も同じ罪に問われること)で逮捕が増えたので困っています。



一番良い影響は、技術者の方たちが、もう警察や検察には何もしゃべるなということをわかってもらえました。あっちはわかってくれないということをわかってくれた。刑事事件の弁護をやりやすくなったと思います。



Winny事件は、特別な事件でもあり、毎日起きている酷い事件の一つでもあります。これくらい理不尽な逮捕はしょっちゅう起きています。たまたま金子が、何も知らず、最後まで戦ったからこそ、大きな事件になったわけです」



現在、ITと法律に関わる問題を多く手がける壇弁護士。気になる動向があるという。



「一つは、ITに関する刑事弁護として、コインハイブ事件ですね 。あっちは、一審判決が無罪で、高裁判決は逆転有罪なので反対ですが、構造がWinny事件とよく似ていていますよね。



刑事司法がWinny事件から何も学んでいないのがよくわかります」



それから、昨年議論となった違法なサイトへのアクセスを禁じるブロッキングにも注視してきた。



「技術を歪める方向に行き、ビジネスを技術に合わせようという努力をしていないですよね。挙げ句の果てに、DL違法化が出てきました。これは、潜在的なお客さんを犯罪者扱いする法律ですから、根源的にまちがっていると思います。昔、金子さんも同じようなことを言ってたんですが、今更ながら思いだします。



守るべきはコンテンツであり、旧態然としたビジネスモデルではないはずです。それを履き違えた議論、勝手に混同した議論がありますが、そこは区別するべきだと思います」



小説では、金子さんの最期も書かれている。小説を通じて、壇弁護士とともに7年半を走り抜けた読者にとってもつらい別れだが、ページを手繰れば、いつでも在りし日の金子さんに出会えるのだ。



「小説という形にしたのは、映画化もきっかけでしたが、時系列で読んでる人が金子さんを弁護しているような気持ちになればいいなと思ったからです。今の世の中で、誰かの為に情熱を注ぐなんてこと無いと思うんですよ。



僕が登場人物ではありますが、僕を見るというより、僕を通して金子さんを弁護してもらえると成功ですね。ときどき、金子さんに感情移入して自分が被告人になった気になっちゃう人もいるらしいですけどそれはそれでOKです。



そういう人の心の中に金子さんは生き続けることができるのですから」





【壇俊光弁護士略歴】 大阪弁護士会所属。元Winny弁護団事務局長。ITと法律に関わる問題や医療過誤問題などを専門分野とする。大阪の町工場を営む家に生まれ、高校生になるとボール盤や旋盤を使って金属加工を行うように。機械制御用のコンピュータープログラミングも独学で覚えた。ドロップシッピング被害者弁護団やYahooBB!個人情報漏洩事件なども携わった。主な著書(共著)に、「日弁連研修叢書 現代法律実務の諸問題【平成26年度研修版】インターネットにまつわる法律問題」(第一法規)、「Q&A 名誉毀損の法律実務―実社会とインターネット」(民事法研究会)など。個人ブログは「壇弁護士の事務室」(http://danblog.cocolog-nifty.com/)