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コロナ以降、リアルワールドゲームはどう変化する? Niantic日本法人・村井説人と考える

2020年06月20日 18:51  リアルサウンド

リアルサウンド

ナイアンティック 村井説人氏

 特集「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」の第6弾は、『Ingress』そして『Pokémon GO』と、現実を拡張した“リアルワールドゲーム”で、エンターテイメントの新たな地平を切り開いてきたナイアンティックの、日本法人代表を務める村井説人氏が登場。


 現実世界に繰り出してプレイするリアルワールドゲームでありながら、リモートレイドバトルなどの“家にいながら楽しめる新機能”のリリースや、毎年実施していた『Pokémon GO』の大規模イベント『GO Fest』を今年はオンラインで実施するなど、コロナ時代に対応した新しい施策へと挑戦している。そんなナイアンティックの今後の動きや展望について話を聞いた。(編集部)


(参考:『ポケモンGO』新仕様は、世界を脅かすコロナ禍に効果を示すのか?


・「自宅でも楽しめる」という新たな仕様の構想へ
ーー今回の新型コロナウイルスの感染拡大は、Nianticさんや貴社が手がけるサービスにおいて、どのように影響を与えましたか?


村井説人(以下、村井):他の会社と同じように、Nianticも大きな影響を受けました。この通常じゃない環境のなかにおいて、まず心がけたのは、Nianticの社員から罹患者を出さないこと。また、新型コロナウイルスを拡散しないことです。「他国に比べて日本の感染拡大が早かった」ため、前例がないなかで、われわれ日本チーム独自の判断でプレイヤーと社員を守る施策を立て、それを即実践して行かなければならなかったのでとても難しい舵取りを求められました。またUS含むNiantic全体の中で新型コロナウィルスに関する大きなリーダーシップも求められました。


ーーなるほど、今となっては対策のガイドラインもある程度定まってきてはいますが、たしかに当時は何が正しいのかわからない状況でした。


村井:今年の1月に、日本から新型コロナウイルスの感染者が初めて出た(1月16日)というニュースを知って、そこから「コロナ対策」を考え始めました。当時はUSに滞在していて、日本で何が起きているのか分からないなかでの手探りの時間がありました。最初に取り組んだのはいち早く帰国して、状況を実体験を持って確認するということでした。一方で、2月と3月には『Pokémon GO』のコミュニティデイや『Ingress』の大規模なイベントなどの開催を予定していたので、この実施をどうするか、という判断も迫られていました。


 そのなかで、意思決定を行うまでの時間が圧倒的に少なかったことが大きなチャレンジでした。Nianticは「人を家の外に誘い、人と人が出会い、そしてコミュニケーションを深めてもらう」ということをミッションに掲げていますが、新型コロナウイルスにより、それを推進することで罹患者を増やしてしまう可能性がある。また、我々のイベントを強くサポートしてくださるプレイヤーや地方自治体の皆さんに非難の矛先が行ってしまうことを避けなければなりませんでした。結論として、全世界で開催される予定だったイベントですが、新型コロナウィルスの状況が深刻になり始めていた日本・韓国・イタリアにおけるイベントを、まず中止することを決定しました。


ーー「外にユーザーを連れ出す」「健康的になってもらう」ことはNianticのサービスにおける強みとなっていましたが、イベントを中止し、そこから早い段階で自宅で楽しめるように仕様を変更したことも、Nianticにおいては大きな決断だったと思います。


村井:「Adventures on foot with others=共に歩き、冒険に出よう」というミッションを強く推奨することが難しくなっている環境のなかで、チームメンバーとは「引き続き、どのように多くのプレイヤーの皆さんに楽しんでいただけるか」についての議論を日々重ねていきました。その議論のなかで、「我々のミッションは、こういった状況下においても絶対に変えるべきではない。そして、我々のミッションは、いつの日かまた社会を明るくするための一翼を担う時がくる」と言う認識をチーム全員で共有することができたことは本当に大きな収穫でした。この共通認識の中で、我々は立ち止まることなく、我々のサービスをより革新的に変更していかなければいけない、と決断しました。


ーーでは、そこからどうすべきかを考えたうえで、「自宅でも楽しめる」という新たな仕様の構想へと踏み出していったわけですか。


村井:実は、我々が「リアルワールドゲーム」と呼んでいるもの「外に出て歩き、ゲームを通してワクワク感やドキドキ感を味わってもらう」という体験は、家にいながらも別の形で、提供することができるのではないか、とコロナ禍以前から考えていたんです。


ーーおお!


村井:ただし「我々のミッションは変えずに」という前提ですし、かなり先の展開として、そういうこともさらに深く考えていかなければいけないと思っていた、というくらいです。その機会が、新型コロナウイルスの感染拡大にあわせて、かなり早めに訪れた、ということです。


ーーあくまでひとつのブランチとして、想定はしていたと。


村井:そうですね。外に出てワクワクやドキドキを味わっていただくという基本メッセージは変わらないのですが、何かしらの理由ーー例えば、怪我をしてしまったことで、外に出られなくなったけれど『Pokémon GO』は続けたい、といった方もいらっしゃることは、常に頭の片隅で考えていました。そうした方々にも平等に我々のサービスを楽しむ機会を提供するために何ができるか? ということは、常に考えてきていました。


ーーとはいえ、あくまで構想段階の話であり、実際に開発が進んでいたわけではないですから、そこに対してスピード感を持って取り組むのは、かなり大変だったと思います。


村井:これは本当に大きなチャレンジでした。Nianticもほかの企業と同じく、長期の視点での開発ロードマップを策定しています。その目標に向かってチーム全体が進んでいたわけですが、それを一度止めて、自宅からも楽しむことができる機能を開発するという作業に注力してもらうことになったわけです。ロードマップを書き直すことは本当に大変なことなのです。これらを実現するために、経営陣からスタッフが実際に作業へ取りかかる前に、いま我々がやるべきことは何で、それを実現するために今、我々は何にフォーカスをしなければいけないか、ということについて丁寧な説明がなされました。これにより、チーム全体が力を合わせて今までにないスピードで開発を行ない、この数ヶ月で新しい機能を複数出し続けることができたと思っています。


ーーそれらが実際にユーザーの元へ届けられて、見える範囲で観測できた変化はありましたか。


村井:我々自身、この変更によってどのようなインパクトがあるのか、ということを予想することはとても難しいことでした。Nianticとしては、どのようにしたら楽しさを伝えられるか? ということだけに集中していました。結果として、プレイヤーの皆さんからの反応はとてもポジティブなものでした。特に、リモートレイドバトルという新機能に対しては、「無理に外に行くことなく、今まで通りゲームを進行させることができるようになった」という喜びの声をいただくことができました。


 また、卵を孵化させるために必要な距離を短くしたことで、ご自宅でそのチャレンジにトライしてくださった方も多いという印象でした。「家の中で歩くということを今まであまり意識していなかった。ソファに座ってゲームの画面を見ていたけど、家の中で階段を昇り降りしてみるとか、いつもより多く部屋の中を歩いてみるだとか、ステイホームでも動けるんだということにあらためて気づかせてもらえた」という意見もありました。総じてネガティブな声がなかったというのが、我々にとっては本当に嬉しいことでした。また、さらにありがたいことに、この改変によってプレイヤーのアクティブ率(アプリを楽しんでくれている人の数)がとても上がったんです。いただいた声や結果を見る限り、皆さんが待ち望んでいた機能だったのかもしれないなと感じています。


ーーアップデートによって家の中でフィットネスを楽しむプレイヤーも登場したことで、Nianticのサービスが持つヘルスケアとしての側面は引き続き機能したと。それに加えて、家にいることで気持ち的に塞ぎ込んでしまう人たちが多いなか、そういった方々へのメンタルケアに繋がっていたことも大きいと思います。


村井:おっしゃる通りです。前提として、外に行かなければ進行しないゲームだということが共有されているからこそ、リモートレイドを実装したときに、多くの人がその機能やゲーム性を通して、空間の壁を超えて繋がる、他人を感じることができるツールになれたと思うんです。例えば、このインタビューのようにZoomを使うことで特定の相手と繋がれるわけですが、『Pokémon GO』の場合は、同じように外に出られないストレスを抱えた不特定多数の人たちと一緒に、リモートレイドバトルを通して一致団結するという、また違ったワクワクドキドキ感が生まれていたんだと思います。


ーー限定条件下だからこそ、連帯しているという喜びが強くなるということですね。いちユーザーとしては、以前にジョン・ハンケさんが『Pokémon GO』ユーザーのAR機能について「プレイ時間が平均2、3分」という話をしていました。ですが、このコロナ禍においてAR機能をすごく活用するようになったんですよ。ユーザー全体としても、AR機能の使用時間は上がっているのでしょうか。


村井:実際にAR機能の利用率はすごく上がってきています。これは、プレイヤーの皆さんがそれぞれ家にいるなかで、何か楽しいことを探しているからなのかもしれません。今回は、今まで楽しんでいたアプリを使って、新たな投資をすること無く、自分の部屋の中に新たな楽しみを見出すことができるという点が、ポジティブに働いたのだと思います。お子さんやペットと一緒にポケモンの写真をARで撮ってみたり、その写真を共有することで楽しんだりする方が散見されました。身の周りのものを、新たに特別な投資をすることなく我々のアプリを通して現実を拡張させることで楽しさを感じてもらえたというのは、本当に嬉しいことでした。


ーーそういう意味ですごく大きいなと思ったのが、直近のアップデートで実装された「ARブレンディング」です。部屋においてAR機能を楽しむ上での障害だったオクルージョン(3D物体が常に現実世界の物体よりも前側に配置されてしまう)の壁を解決し、体験がよりストレスのないものになりました。この機能については事前に開発を発表していましたが、今回のコロナ禍を踏まえて、リリースを急いだところもあったのでしょうか。


村井:いえ、こちらは元々計画していたロードマップから早めることなく、予定通りにリリースした機能です。リモートレイドを実装したチームとは別にAR機能の開発チームがいて、そちらの方で開発を進めてきました。


・コロナ禍はNianticとプレイヤーにとって大きく進化した時期
ーーここまでの状況を踏まえ、コロナ以降の「リアルワールドゲーム」はどう変わっていくのかという点について、村井さんの考えをお聞かせください。


村井:明確に言えることは、我々としてやるべきことは全く変わらないということです。新型コロナウィルスの感染拡大に備えて議論を進めるなかで、先ほどお伝えしたように「我々のミッションは、いつの日かまた社会を明るくするために頑張っている皆様を支える強いサポートになるだろう」とチーム全体で信じているからです。新型コロナウィルスが収束したとしても、観光スポットであれば「なかなか人が戻ってこない」といったような逆境は依然続くと考えています。一方で、外に行くことへの欲求は次第に高まっていくでしょうから、その際に『Pokémon GO』や『Ingress』、『ハリーポッター:魔法同盟』のようなゲームが、お役に立てる日がくるんじゃないかと思います。なので、コロナ禍が終わった後だからこそ、我々のアプリやサービスの価値はより輝くのではないかと考えています。それに加え、家にいながらでもワクワクドキドキを体験できる新たなサービスも実装したわけですから、我々にとってもプレイヤーの皆さんにとっても、大きく進化した時期だったと言えるのかもしれません。


ーー外に出て従来通りのプレイをすることの価値が上がる、という意味では、サービスとしてやることは変わらないものの、ユーザー側の価値観はポジティブな方向へ大きく変わるような気がします。


村井:そうであってほしいです。ジョンが常日頃言っていることの一つに「新しい価値は、制限のある環境から生まれてくる。だから制限がないところで生まれてきたものは、持続可能な素晴らしいアイデアにはなりづらい」という言葉があるんです。今回は新型コロナウイルスという人類全てに課せられたある種の制限を受けて捻出したアイデアなわけです。これら変革は、皆さんや我々の未来にとって、価値のあるものとして残り続けるんだろうなという風に考えています。


ーー開発のロードマップについて、ARチームはほぼ変わっていないとのことでしたが、「ポケストップスキャン」や「プレイヤーがアップしたマップ情報の3Dデータ化」といった機能の開発が発表されたり、ARスタートアップの6D.aiを買収して、リアルワールドの3Dマップ化を推し進めるなど、未来への新たな動きも目立ちます。これらに関しても、アフターコロナの動きにつながってくるところはあるのでしょうか。


村井:常日頃から「NianticはAR(拡張現実)における世界のリーディングカンパニーになる」と言う強い決意を持って日々開発を進めています。ARテクノロジーを使って、今まで気づかなかったものに気付くきっかけを作ると共に、今までには無い、新しい体験を提供していきたいと考えています。Nianticが目指すは「さわれるインターネットです」。ただ、我々が目指す世界を実現するには、まだまだデータが必要です。プレイヤーの皆さんと力を合わせてこの世界をキャプチャーし、共に来たる新しい世界を創造することができるれば、こんなにうれしいことはありません。ARの世界を創造することで、人間の生活や文明がまた一つ高みに行く、そんな瞬間に皆さんと共に立ち会えたらうれしいです。


ーーそれは『Ingress』がスタートしたときから変わらない、Nianticのベーシックな方針の一つですよね。


村井:そうなんです。プレイヤーの皆さんと一緒に作り上げていくという考えは、いつもプレイヤーと共に歩みたいと思っているNianticならでは手法なのではないかと思っています。実は我々が提供している『Ingress』では、世界中のエージェント(Ingressプレイヤーの総称)と「POI(Point of Interest)のちにPokémon GOでジムやポケストップになる位置情報」を共に集めた経験があります。このPOIとは、誰かが「見るそして訪れる価値がある」と判断した場所のことで、歴史的価値のあるもの、芸術的な価値があるもの、見て和み、驚きがあるものなどなど、多種多様な場所データのことを言います。このデータは、いわゆる旅行雑誌に載っているものではなく、世界中の個人が個人的に興味を持ち、個人的に価値を感じているもので、他の人に一見の価値があるから一度訪れてほしいと思った場所がデータベースとなっています。このようなデータを世界規模で保持している会社は世界広しと言えどNianticだけだと自負しています。これらのある種UGC(User Generated Contents)的なデータは『Ingress』だけではなく『Pokémon GO』や『ハリーポッター:魔法同盟』にも活用されています。このプレイヤーと共に作っていくと言うアプローチの仕方はとても「Nianticらしい」のではないかと考えています。


ーー無機質な位置情報の集合体でなく、人の感情が乗った“有機的なデータ”を基に作られていることが、Nianticのらしさにもつながっているのですね。村井さんがインタビューでよくお話しされている「世界をゲームボードに見立てる」という考え方は、このコロナ禍における世界の変化を経て、ゲームの世界のなかでコミュニティを作ったり、交流したりと、メインの舞台がメタバース、いわゆる仮想空間に移ったところもあると思うんです。NianticのサービスはARを中心としていますが、この辺りの変化についてはどうお考えですか。


村井:メタバースやVR(仮想現実)の世界も今後色々と進化していくと考えています。一方で、我々がその世界をリードしていく存在になるかと言えばそれはありません。Nianticはとても現実世界を大切に考えています。今回のリモートレイド実装も、現実世界でのコミュニケーションをより活性化させるための一つのきっかけにできると考えています。今回は単に「家の中でできるようにした」というわけではなく「我々のサービスを通して、現実世界の他のプレイヤーとの接点を持つ時間が増えた」と考えていただけるとわかりやすいと思います。これまでは外出する際のお供として、みなさんに楽しんでもらえるゲームを作ってきたのですが、家の中でも楽しんでもらえる機能をリリースしたことで、サービスを楽しんでいただく時間が長くなったわけです。このつながりが、現実世界でのつながりを更に強固なものにする一助になってくれればこんなにうれしいことはありません。


ーーゲーム全体としては直接的な交流だけでなく間接的な交流も含めて、「ソーシャル(人と人との繋がり)の価値」がより高まっているように感じます。Nianticのゲームにおいては、それらの状況を踏まえて、よりソーシャルな機能を盛り込んでいく予定はあるのでしょうか。


村井: ソーシャルであることは、とても重要だとNianticは考えています。人間は生活を営んでいくうえで、人と繋がることで強くなり、そして優しくなれます。また活力を得ることができたり、活力を与えたりすることもできます。Nianticは、今まで以上に人と人との交流を深めることができる機能を提供していきたいと思っています。限られた人同士ではなく、国境や時間など様々な制約を超えて繋がれるような、そんな機能をNianticは現在も開発しています。今後のサービスにどうぞご期待ください。


ーー今後の話でいえば、以前から進めている「Niantic Creator Program」や「Niantic Real World Platform」、今後設立を予定している「Beyond Reality Fund」など、会社単体というより社会課題に対する取り組みも前進していくのでしょうか。


村井:そうですね。Nianticは、ARプラットフォームを開発して、そのプラットフォームを皆さんに提供していくというビジョンを持っています。一方で、この拡張現実の世界を我々一社で作り上げていくのには限界があるとも考えています。人の生活をより良くしていく為に、より多くのパートナーと共に前進していきたいと考えています。世界をより良くしていく連合体のようなものができると嬉しいです。これらのプロジェクトについても、近いうちに何かしらのお披露目できるかもしれません。


ーーコロナ以前、コロナ禍、コロナ以降とそれぞれについて話を聞いてきましたが、収束に向かうまでのロードマップにおいて、リアルイベントはいつごろ再開できそうかなど、現時点での見通しを教えてください。


村井:人と人が交流を深める、そんな機会を大切にしているNianticにとって、リアルワールドイベントはとても重要な意味を持っています。新型コロナウイルスが猛威をふるっている中、どのようにしたら、我々の提供すべき価値と、プレイヤーの皆さんの安全を、両立することができるか、日々検討を重ねてきました。結論として、今まで一年に一度、特定の国・都市で開催していたPokémon GOの『GO Fest』を、今年は7月25日と26日にオンラインで世界同時に開催することを決定しました。今までは特定の場所で行ってきたことによって、イベントに参加できない方たちもいましたが、今回は世界中のプレイヤーが参加することができるようになりました。これはこのような厳しい環境がなければ生まれなかったアイディアだと思います。是非世界中のプレイヤーの皆さんに楽しんでいただけると嬉しく思っています。そして近い将来またリアルワールドイベントでお会いできることを楽しみにしています。


 ここまでお話ししたこと全てに共通するのですが、Nianticとしては見定めている目標は変えることなく、しかし頭は柔らかくして、今だからこそできることに集中しながら、この制限下において様々なことを、新しく変えていきたいと思っています。そのためにもプレイヤー皆さんの力をお借りして、力を合わせて来たるべき新しい世界を実現するために頑張っていきたいですね。


(中村拓海)