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膨大な学習量、行事、部活…生徒を拘束する学校教育、「オンライン化」で見直されるか

2020年06月20日 09:41  弁護士ドットコム

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新型コロナウイルスの流行によって、約2カ月にわたり全国の学校が一斉に休校する異例の事態が起きました。オンライン授業などを駆使して教育を継続した学校もありましたが、日本ではそのような学校は少数派です。


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海外に比べ環境整備の遅れが目立つ日本の教育のオンライン化について、学校を取り巻く法的課題についてアドバイスする「スクールロイヤー」として活動しながら、社会科教師として高校の教壇に立ってきた神内聡(じんない・あきら)弁護士は「学習内容が多く、詰め込み教育で、学校行事や部活動も盛んであるため、生徒が学校にいる時間が長い、という日本独自の教育システムが影響して、オンライン化への対応が難しかった。今こそ、学校教育のあり方自体を見直すべき」と話します。詳しく聞きました。(武藤祐佳)



●オンライン教育の方が格差を生みやすい可能性

ーー日本は海外に比べ、オンライン教育の利用が進んでいないという話を聞きます。



日本ではオンラインに移行できなかった学校が多く、子どもに教材を渡すだけというところもあります。特に、感染者がほぼいない地域だと、「本当にオンライン化について議論が必要なのか」と考えているところもあるかもしれません。



海外のオンライン教育は日本と比べ物にならないくらい進んでいます。日本のように、学習が止まっていません。Zoomなどで授業を続けている学校も多いですし、動画教材を作って流しているところもあります。



ーー日本と海外の状況の違いには、どのような理由があるのでしょうか。



海外では家庭の格差などを日本ほど気にしていない部分があり、それは海外の悪い面でもありますね。日本では海外と比べて、「家庭の通信環境を統一する」といった細かいところにこだわります。それがオンライン化を妨げている要因の一つになっているとも思います。



また、学習量の違いも要因です。欧米の学校の学習量は日本の2分の1程度で、オンラインでも十分習得できる量です。一方で、日本ではここ10年ほどの間に学習量がものすごく増えています。現在のような非常事態を全く想定しないで学習量を増やしてしまった弊害が出ています。



ーーオンライン教育に移行すると家庭環境による格差が広がらないでしょうか。



オンラインの方が家庭環境による格差を生みやすい可能性があります。家庭環境の問題は2つあります。1つは通信環境の問題です。私が相談を受けている高校で行っているオンライン授業でも、数人くらいは家庭の通信環境が悪く、よく映像が止まってしまっています。オンラインで双方向の授業を行うには、かなり良質な通信環境が必要だと思います。



もう1つは、小学校などでは宿題の面倒を見ることができる親と、そうでない親で子どもの学力に格差が出てきてしまう問題です。



●不要不急の業務をなくすチャンス

ーー9月入学など、休校を機に学校教育を変えようという議論が活発になっています。今、どのような議論が必要なのでしょうか。



9月入学については、予算や法律の改正など、子どものニーズに関係ない議論がなされていたことに違和感を覚えました。もし9月入学にしないのであれば、オンライン教育については、どの部分はオンラインでできて、どの部分はできないのかという議論をすべきです。オンラインでは、体力、コミュニケーション力、忍耐力といった「非認知能力」と呼ばれる学力以外の力が育ちません。



そのため、オンラインと通学を併用し、オンラインで学力を高め、通学で非認知能力を高めるという「ブレンデッド・ラーニング」の形が良いと考えています。体育もひょっとしたらオンラインでできるかもしれません。私の知っている学校では体育もオンラインの授業を今やっています。ストレッチとか家でできるような内容をやっていますね。



また、不要不急の業務をなくすチャンスだと思っています。私は、昨年度高校3年生の担任をしていて、3月に休校になって卒業式ができないという状況に直面しました。そこで、体育館で式をする代わりに教室で卒業式をやったのですが、それがアットホームですごく良かったんです。



生徒にとっても担任にとっても思い出深い卒業式になり、来賓や保護者がたくさん来てやる形でなくて「これでいいじゃないか」と思いました。やり方を変えたら変えたで、新しいスタイルの学校ができるなということを実感したんです。休校で学校の不要不急な業務がわかったと思うので、これを機にやめて良いと思っています。



ーー今回の議論は、変化のきっかけになるのでしょうか。



日本の教育を変えるきっかけとして考えたいです。あきらめずに議論を続けていってほしいと思っています。ここ十数年、同じようなことを繰り返して疲弊している日本の教育の状況に、教師は閉塞感を覚えています。



今回も、日本のオンライン教育の脆さが露呈している状況です。オンライン化は途上国の方が先に進んでいます。日本の教育は、独自に発展して独自に完成度が高いシステムになっているので、オンライン化に対応できなくなっているんです。



日本の教育が独特なのは、学習内容が膨大で精選されておらず、選択科目が少ない詰め込み教育で、学校行事や部活動の時間も長く、生徒が学校にいる時間が長いところです。家庭や社会が学校に依存している時間が長く、学校が社会的リソースとして使われています。それを見直していくとなると、社会的な議論が必要です。



●学校という「同調圧力」から逃れられた? いじめ相談は激減

ーー休校中、いじめなど学習面以外の問題はあまり起きていないのでしょうか。



そうですね、4月はいじめの相談が激減して、ほぼなかったくらいなんです。ひょっとしたら、子どもたちが学校に来ていないから教師が認識できていないだけで、ネットトラブルやLINEのいじめなどが発生しているかもしれません。でも、子ども同士も家に居なければならなくてなかなか遊べません。



それを考えたときに、私は学校がいじめを作っているのではないかと思ってしまうんです。日本の教育のスタイルがいじめを生んでいるのはある程度真実だと思います。日本では子どもたちを1つのクラスに押し込めて、クラスの選択もできません。そして、選択授業が少なく高校も含めてクラス単位で授業を受けます。



海外では高校はほぼ選択授業なので、どこか1つのクラスに帰属意識がない分、日本のような心理的ないじめが少ないというのはあると思います。



ーー濃密な人間関係の空間に入れてしまうのが問題なのですね。



同調圧力が強く働いて弊害が大きくなるので、問題は大きいと思います。



ーーオンラインと通学を併用するというのは、そのような点でも良いのですね。



分散登校で授業をやってみて思ったのは、絶対にオンラインと通学の併用、もっというと分散登校が良いということです。人数が少ないので、授業がとてもやりやすいんですよ。先生たちに感想を聞くと、「授業中に寝る子がすごい少なくなりました」と話していました。



クラスは40人ですが、20人ずつ登校して授業を行うと、一人ひとりの顔もよくわかるし、やりやすいです。海外だと1クラスの規模が20人というのは当たり前なので、日本の教育のこういうところから変えていけば良いと思いますね。



●オンライン授業の動画がネット上にアップロードされてしまう懸念

ーー休校に関して、スクールロイヤーとしては、どのような相談に対応してきたのでしょうか。



相談は3月の半ばくらいから急増しています。1つは保護者がコロナの不安で子どもを登校させられないというケースで、そういう子どもを欠席扱いするかどうか、また学習支援はどうするかという問題です。



また、オンライン授業で使う教材を作るときに、教師の肖像権やプライバシーをどう取り扱うかが問題になっています。教師が作ったオンラインの教材を子どもたちがどこかに勝手にアップロードしたりして、教師の肖像権が侵害されるのではないかということです。まさに新しい法律の論点ですね。



そのほかには、自治体が子どもに貸与したタブレットを壊された場合の規定や保険はまだ十分に整備されていないので、そういった点も問題になっています。




【取材協力弁護士】
神内 聡(じんない・あきら)弁護士
東京大学法学部政治コース卒業。東京大学大学院教育学研究科修了。筑波大学大学院ビジネス科学研究科修了。専門は教育法。専修教員免許(社会科)を保有。弁護士(東京弁護士会所属)。現在、兵庫教育大学大学院学校経営コース准教授として、弁護士で初めて教職大学院の教員に就任し、学校における外部人材の効果の検証や法教育などの研究活動に従事しながら、様々なスクールロイヤー活動を行っている。また、東京都内の私立高校で社会科教員(嘱託)としても勤務し、現代社会などの授業を担当している。本郷さくら総合法律事務所では、元教員の原口暁美弁護士とともに子どもの権利や学校問題を中心とした弁護士業務を行っている。著書に『スクールロイヤー 学校現場の事例で学ぶ教育紛争実務Q&A170』など。
事務所名:本郷さくら総合法律事務所