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『梨泰院クラス』が迷える人々に送る名台詞の数々 “自分の人生を生きる”というテーマを読む

2020年06月20日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『梨泰院クラス』

「寝る前によく考えることは?」
「ちょっとヤバくて。変に思われるかも。地球が……滅びればいいのにって」


 そんな物騒な会話から始まる『梨泰院クラス』(Netflix)が、最高に「サイダー」だ。「サイダー」とは、韓国でスカッとする展開を差す言葉。サイダーを飲んだときの爽快感とかけて、そうした言い回しが定着している。


【写真】梨泰院を歩くいがぐり頭のパク・セロイ


 一方、もどかしくてモヤモヤする展開を「コグマ」という。コグマとはさつまいものこと。さつまいもを水を飲まずに口に入れるとパサパサで飲み込みにくい様子から「このドラマの展開、超コグマ!」と使われるのだそうだ。そう『梨泰院クラス』は、超コグマと超サイダーの連続。そして、その苛立ちと痛快さは、今のこの混乱の時期だからこそ、より強く感じることができるのではないか。


 現代に生きる私たちは、様々なものが整っている。便利な生活を享受できる一方で、すでに決められたレールのようなものを感じずにはいられない。強者は常に勝ち続け、弱者は逆転のチャンスなんてそうそうない。だが今まさに「地球が滅びる」レベルの脅威が目の前に立ちはだかり、私たちは改めて考えさせられた。人生は最初から決まってなんかいないし、自分の手で掴むものだということを。


 では、レールに頼らずどう生きていけばいいのか。そんな迷える人々に、この作品は印象的な台詞と共に問いかける。自分が本当に求める幸せとは何か。それを手にするために努力する覚悟はあるのか、と。そこで数多くある名台詞の中でも、特に筆者の心を打った場面を振り返りたい。


■「酒の味は?」「甘いよ」


 『梨泰院クラス』のメインストーリーは、正義感の強い高校生パク・セロイ(パク・ソジュン)の15年にも及ぶビジネス復讐劇だ。転校先で出会った国内最大手外食企業・チャンガグループの御曹司グンウォン(アン・ボヒョン)のイジメを諌めたのをきっかけに、その父であるチャン会長(ユ・ジェミョン)との確執が生まれる。「土下座をすれば許してやる」と言われても、自分の信念を曲げることができないセロイ。チャンガグループに長年勤めていた父はそんな息子を「私の子と思えないほど、カッコいいです」と言い、責任を取る形で会社を後にするのだった。


 その夜、初めて酒を酌み交わしながら出てきた台詞が「酒の味は?」だ。「甘い」と答えたセロイに「今日が衝撃的な1日だった証拠だ」と笑う。生き方次第で、味は変わる。生きることは食べること。その食が美味しくなくなる生き方をしてはいけない。食を扱う仕事をしてきた父だからこそ、その言葉により重みを感じる。「信念を貫け」とは言うものの、強大な力を持つ者の前ではなかなかそうはできないのが現実だ。だが、このセロイの父が取った一貫した言動に目頭が熱くなった。私たちは、何のために生きるのか。その最もシンプルな答えは「大切な人と酌み交わす酒が甘くなるように」なのかもしれない。


■「俺の価値をお前が決めるな」


 グンウォンの起こしたひき逃げ事故で、父を交通事故で亡くしたセロイ。怒りに任せてグンウォンを殴ってしまい、逮捕されることに。服務中、暴力ではなく、真正面からチャンガグループへの復讐を誓ったセロイは、チャン会長の著書を熱心に読んで飲食業について学ぶ日々を過ごしていた。そこで、のちに「タンバム(甘い夜)」という店を一緒に運営することになるチェ・スングォン(リュ・ギョンス)と出会う。


 「前科持ちのくせに本なんか読むのか」と突っかかるスングォンに、セロイは「俺の価値をお前が決めるな。俺の人生は今から始まるし、願望は何でも叶いながら生きるから」と一蹴。社会に対して絶望していたスングォンを目覚めさせる台詞でもあった。セロイのまっすぐな言葉は、他にも先述した「地球が滅びればいい」、「人生って同じことの繰り返しでしょ。いい大学に入り、いい男を見つけて結婚しようと頑張る。毎日が努力の連続。それが面倒なの」と言い放ったチョ・イソ(キム・ダミ)の心にもガツンと響く。


 スングォンもイソも、それぞれいい部分を持っている。けれど、それをどう活かしていいかわからずに、自分の人生に失望していた。そんなときに明確な目標を持って突き進むセロイと出会い、生きることに情熱を注ぐ楽しさを教わる。その姿は、まるでこのドラマとの出会いをきっかけに、私たちが胸にアツいものを抱くのと同じだ。私たちにもきっと人生に希望があるということなのだろう。誰からどんな評価を受けたとしても、自分自身が自分の価値に絶望しなければ。


■「自然の摂理すらはね返してやる」


 セロイが梨泰院に開いた居酒屋「タンバム」には、それぞれが自分とは違う生きにくさを抱えたキャラクターが次々と集まってくる。ギャングから足を洗ったばかりのスングォンは、一般の接客業に悪戦苦闘。マネージャーとなったイソは優秀ではあるものの、ソシオパス特有のいわゆる“普通”の対応をすることが苦手だ。また、グンウォンの異母兄弟であるグンス(キム・ドンヒ)は家に居場所を見つけられず、ギニア人の血が流れるアルバイトのキム・トニー(クリス・ライオン)は外国人差別を受けることもしばしば……。そんな中、トランスジェンダーであるマ・ヒョニ(イ・ジュヨン)の存在は、より「自分の人生を生きる」というドラマのテーマを際立たせているように思えた。


 物語では、調理担当のヒョニがテレビの料理番組で活躍することで、「タンバム」の知名度が上がっていく。その矢先、チャンガグループの妨害でヒョニがトランスジェンダーであると、マスコミに取り上げられてしまう。突然のアウティングにショックを受けるヒョニ。とてもテレビに出られる状況ではないと思っていたところに、スングォンが「人間とはな、男なら男として生きる。女なら女として生きる。それが自然の摂理なんだ。ヒョニが、どんなやつかわかるか? 自然の摂理など無視して思うように生きてる。心配はいらない。ヒョニをなめるな」と言い放つ。


 そして、イソから「私は石ころ、炎で焼いてみよ。私はびくともしない石ころだ」と続く詩がメールで送られてくる。そこにテーマソングの「トルトンイ(石ころ)」が流れてくる演出も鳥肌ものだ。「強く叩くがいい、私は頑強な石ころだ。暗闇に閉じ込めてみよ、私は1人輝く石ころだ。砕けて灰になり腐りゆく、自然の摂理すらはね返してやる。生き残った私は、ダイヤだ」。この詩は、様々な情報に翻弄されがちな私たちをも奮い立たせてくれる言葉ではないだろうか。セロイも、強き者に屈しろと詰め寄られて、少年院に閉じ込められて、それでも腐らずにまっすぐに向かっていった。その生き様、その強い志に、ヒョニも勇気づけられたに違いない。


 世界は、変わっていくものだ。この新型コロナウイルスの影響で、さらにそれが見えてきたのではないだろうか。こんな混沌の時代だからこそ、私たちは信じたい。信念を持ってひたむきに努力する人が、いつか報われるということを。自分の価値は誰かに決めつけられるほど、ちっぽけなものではないということを。そして、その強い信念は誰もが思い込んでいた摂理をもはねのけてしまう力があるということを……。まだまだ挙げたらキリがない『梨泰院クラス』の名台詞。ぜひとも『梨泰院クラス』を観た人と語り合いながら、甘い酒を飲みたいものだ。


(佐藤結衣)