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『15年後のラブソング』ジェシー・ペレッツ監督が明かす、イーサン・ホークとの意外な関係性

2020年06月17日 14:02  リアルサウンド

リアルサウンド

『15年後のラブソング』(c)2018 LAMF JN, Ltd. All rights reserved.

 現在公開中の映画『15年後のラブソング』。欧米で人気を誇る小説家ニック・ホーンビィの原作をもとに、人生のリアルに押し流されながらも、どうにか新しい一歩を踏み出そうともがく“大人になりきれない”男女3人を、ローズ・バーン、イーサン・ホーク、クリス・オダウドが演じるヒューマンドラマだ。


参考:『15年後のラブソング』は踏み出す元気を与えてくれる 全編にわたるロックへの愛情


 本作の監督は、90年代初頭に人気を博したロックバンド、レモンヘッズ初代ベーシストだったジェシー・ペレッツ。レモンヘッズは、1986年にボストンで結成されたオルタナ・ロックを代表するバンドだ。本作でホークが演じている、忽然と表舞台から姿を消したロックスターのタッカー・クロウが活躍していた90年代初頭は、レモンヘッズがブレイクして人気絶頂だった時期。ペレッツ監督は、バンドのメジャーデビュー後に脱退し、映像の道に進んだ。


 今回リアルサウンド映画部では、ペレッツ監督にオンラインインタビュー。本作を映画化する上で意識した点や、イーサン・ホークとの意外な関係性を明かしてくれた。


■「アニーを強く自立した女性のキャラクターに」
ーーニック・ホーンビィによる原作を映画化した本作ですが、映像化にあたり意識した点を教えてください。


ジェシー・ペレッツ(以下、ペレッツ):この作品には、僕の妹が脚本として参加しているんだけど、そのことで得ることができた男性と女性の視点のバランスはすごく大切にしたよ。ここ10年くらい、女性のクリエイターやプロデューサーと仕事をしたり、女性が主人公の作品を手がけてきたけど、この作品はたまたまプロデューサーが4人とも男性で、メインのキャラクターが女性という企画で、その中で妹と仕事をするのはとてもワクワクした。アニーを強く自立した女性のキャラクターとして作り上げたかった。物語の中でも、彼女自身の勝利が待っているようなストーリーにしていきたかったんだけど、もともとの脚本はそういう部分が薄かったんだ。エンディングも、アニーがイギリスでの生活を捨てて、タッカーとアメリカに行ってしまうというものだった。僕はそこに違和感を感じたんだ。今の時代、自分の人生を捨てて男性を追うような女性のキャラクターを、観客は多分見たくないだろうと思って。でもプロデューサーたちはそうは思わなかったらしく、かなり長くハードなバトルを経て、このエンディングに変更できたから満足しているよ。だから、一番留意したのはアニーのキャラクターだね。アニーがどんな意図を持っているのか、そして自立したキャラクターとして、ローズ(・バーン)や妹たちと作っていったんだ。


ーーローズ・バーン、イーサン・ホーク、クリス・オダウトの3人はまさにハマり役でした。この三角関係を成立させる上で重要視していたことを教えてください。


ペレッツ:まずひとつは、最初にアニーとダンカンの2人の関係が、再評価するタイミングが近づいてきているというふうに見せることだね。それがあることによって、アニーの中にタッカーに惹かれる気持ちが生まれる余地が作られるわけで、タッカーがそこには存在していないんだけど、2人の関係の間にいるようにすることで、そのあと実際に出会うタイミングで、タッカーがフィクションから本物になっていく。そして彼によってアニーがエンパワーメントを経験するという部分を大切にしていたね。


ーータッカー・クロウは伝説のミュージシャンでありながら、自分の子どもたちと向き合えていないという側面も持ち合わせています。タッカーの人間性を描く上で何か意識したことはありますか?


ペレッツ:もともとの脚本では、タッカーの娘であるリジーがほとんど出てこなくなってしまっていて、それが非常にもったいないと感じていた。タッカーは、娘に対して父親を全うすることができなかった。だけど、娘がもう一度チャンスを与えてくれようとしていて、同時に、一緒に連れてくるジャクソンだけには、いい父であろうとしているという側面がある。もとの脚本で、中盤からリジーが全く出てこなかったのも残念だった。なぜなら彼女との関係からも、タッカーの贖罪の物語を結ぶことができるし、タッカーが自分の失敗を認めて、さらに彼女のために寄り添うという物語を作らなければならないと思ったから、シーンを加えたんだ。実はこのシーンは原作にもなかったんだけど、僕が原作を読んでいてで唯一気になっていた箇所だからそうしたんだ。


■「実は僕はイーサンのことが嫌いだったんだ(笑)」
ーー本作を彩る音楽は、どれもシーンにぴったりとハマっていて、本作の主役と言っても過言ではありません。楽曲選定作業はどのように進めたのですか?


ペレッツ:撮影は2017年の4月と8月に行ったんだけど、その年の2月には作曲家のネイサン(・ラーソン)に書き下ろしをお願いしていたよ。だから撮影時には、サウンドトラックの鍵となるような曲が見えていた。当然、その時点ではどういう作品になるかわからなかったけれど、こんなにも多くの人が曲を書いてくれたことに感動だったね。あとは、タッカーの設定が“あまりよく知られていないアーティスト”だったから、メインストリームな曲ではいけないわけで、そこからそういった感じの音質のものを選んだ。上手にプレイしたようなよくできた楽曲よりも、ミュージシャンとしてのタッカーを考えて、そのときのエモーションや雰囲気を重視したんだ。製作陣で大論争になったのが、イーサンに劇中でどの曲を実際に歌ってもらうか。これもいろいろとバトルがあった後に、僕とイーサンが推した楽曲が最後に勝ったよ。タッカーがミュージアムのシーンで歌う曲だね。


ーー監督は、元レモンヘッズのメンバーということですが、タッカー・クロウという人物を描く上でご自身の体験や経験を参照されたのでしょうか?


ペレッツ:僕自身バンドにはいたけれど、高校で結成して大学に進学したときに、映画を作りたいという思いがあったし、ミュージシャン気質ではないと思ったから、大学でやめたんだ。でも音楽はずっと好きだし、音楽の世界に身を置いていたこともあって、だからこそこの作品に惹かれたんじゃないかと思う。ただ面白いのは、この映画のプロデューサーたちはみんな音楽が大好きだけどバンド経験がないんだよね。タッカーの大ファンなダンカンは、楽曲を深読みして自分なりの解釈をタッカーにぶつけてしまうけど、タッカーは「そんな思いで作ったんじゃない」と言う。これは意外と多くのミュージシャンの正直な気持ちを代弁していると思うんだ。これはやはり一緒に作品を製作している彼らからは出てこない言葉だから、ミュージシャンであった僕の中から出てきたものじゃないかな。全部がファンタジーではなく、リアルを付け加えることができたよ。


ーーイーサン・ホークは、『ブルーに生まれついて』などの映画で素晴らしい歌声を披露しています。彼の歌声の魅力について教えてください。


ペレッツ:実は1996年に僕もイーサンもたまたま同じ時期にニューヨークに住んでいた。割と近いグループで遊んでいて、何回か会ったこともあったんだ。多分イーサンは当時僕のことを認識していなかったと思うし、実は僕はイーサンのことが嫌いだったんだ(笑)。それはたぶん、当時売れ始めていたイーサンにジェラシーを感じていたからだと思うんだけど、『6才のボクが、大人になるまで。』の辺りから彼の大ファンになったよ。それ以降の彼の出演作のチョイスも本当に素晴らしいよね。今は、僕と彼の子どもたちが同じクラスに通っていて、パパ仲間だよ。僕は子どもの送り迎えのときにイーサンに気がついたんだけど、96年に会って2時間語った相手が僕だったなんて、きっと気づいてないだろうなと思っていたんだ。この作品に関しては、脚本を読んだイーサンから、連絡をくれてランチをしたんだ。そのランチが3時間伸びて、20年ぶりに本格的な会話をしたよ。ランチが終わる頃に僕が「子どもが友達の誕生日パーティに行っているから迎えにいかなきゃ」と言ったら、イーサンも「僕もだよ」と、2人共出て行ったら、なんとそれが同じパーティだったんだ(笑)。そこから、1年くらいして撮影に入ったんだけど、それまでの間もパパ仲間として、週に3度くらいは会ってこの映画の話をしていたよ。イーサンは、音楽が好きだし、歌うのも好きだし、ギターも大好きで、なかなかいいボーカルだった。『ブルーに生まれついて』ももちろん観ていたし、イーサンが他の作品で歌った楽曲も送ってくれて、事前にどんな歌声なのかも聞いていた。ネイサンがレコーディングを一緒にやったんだけど、彼の一番いいボーカルを引き出してくれて、クラシックに上手というよりも、感情に寄せた部分を重視してレコーディングした。本当にイーサンとの仕事は楽しかった。もう一度仕事がしたいね。


(取材・文=安田周平)