トップへ

『るろうに剣心』名悪役・志々雄真実のカリスマ性 北海道編に与えた影響を考察

2020年06月17日 11:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『るろうに剣心 ─ 明治剣客浪漫譚 北海道編 ─(1)』

 80年代後半から90年代にかけて発行部数が600万部にものぼったジャンプ黄金期、そして『ONE PIECE』や『NARUTO』、『シャーマンキング』など、2000年代を代表する作品が続々輩出された時代のちょうど間、一部では暗黒期とも呼ばれている時期のジャンプを代表し、屋台骨を支えた看板作品が、シリーズ累計発行部数7000万部以上を誇る『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-』である。98年の連載終了後も多くのファンに愛された本作は、2012年より佐藤健主演で実写映画化。その映画三作の大ヒットをもって、満を持して原作漫画も新シリーズ『るろうに剣心ー明治剣客浪漫譚・北海道編ー』がスタートした。。ファン待望の、しかし公開が21年に延期になってしまった映画『るろうに剣心 最終章 The Final/The Beginning』の続編となるストーリーが展開される、本作の見どころに迫ってみたい。


参考:『鬼滅の刃』鬼殺隊はなぜ“日輪刀”を武器にする必要があったのか? 刀鍛冶たちの誇りと情熱


■死してなお絶大な志々雄真実の存在感
※以下、ネタバレあり


 ひょんなことから戊辰戦争で死んだはずの緋村剣心の妻、神谷薫の父が北海道で生存していたことが判明、彼を探すために北海道へ向かった剣心一行だが、函館に着くなり「剣客兵器」を名乗る集団が「実験戦闘」と称した破壊活動を開始したとの話を聞く。その殲滅のために協力を要請される剣心は、傷ついた身体のままに、再び逆刃刀を手にする決意を固める。広大な北の大地を舞台に、再び剣心たちの人を守るための戦いが、そして剣心にとっても義父となる大切な人の捜索が繰り広げられる。


 劇中では以前から示唆されていた通り、瀬田宗次郎や悠久山安慈ら十本刀の残党が登場。剣心や斎藤一と共闘するという、往年のファンにとってご褒美といっていいような熱い展開になっている。そんな中で改めて感じるのが、『るろうに剣心』最大最強の悪役である”炎を統べる悪鬼”志々雄真実の存在感である。まだ新章は4巻までしか進んでいないのに、これでもかというくらい登場人物たちに影響を及ぼしている。死してなおそのカリスマは健在といったところであろうか。


■新キャラクターの魅力


 剣心陣営の新キャラであり、本作の最初のエピソードのメインを張った長谷川明日郎は、志々雄部隊の雑兵出身の少年である。戦いの混乱の最中に志々雄真実を象徴する愛刀、無限刃を持ち出していた明日郎は、なんとその無限刃を抜き、かつ志々雄の秘剣、焔霊(ほむらだま)まで使うことができてしまった。剣心と明神弥彦の逆刃刀の継承関係とは違う、志々雄に無意識のうちに導かれているかのように見える明日郎の存在(そして間をつなぐ無限刃)は、まぎれもなく北海道編のキーパーソンであろう。


 その無限刃の存在を認識し、付け狙うのが人誅編で剣心を窮地に追い込んだ「闇之武」の残党である。志々雄真実の忘れ形見をつけ習う理由とは? 無限刃を手土産に剣客兵器に近づこうとしているその意図とは? 彼らもまた、目が離せない存在だ。


 今作の敵であるその剣客兵器も、諸外国との戦いを意識した強国論を主張しており、その思想は志々雄と一致する。それ故か志々雄自身をこの国に必要な猛者と称し、後継者の存在を欲している。


 成長し警官になった新月村の三島栄次もまた、今なお志々雄の影響下にある。志々雄一派により生まれ故郷と家族を失った栄次にとって、親の仇である十本刀と共闘を余儀なくされる現状はあまりにもハードだ。栄次がこの状況で心の中の鬼をどのように育てて、また自分の正義を貫くために、十本刀と、志々雄とどう闘い、答えを出していくかも注目に値するポイントである。


 彼らのほかにも、生き残った十本刀や宗次郎、鎌使いの本条鎌足たちまで、志々雄は影響を及ぼしている。一体、なぜか? それは志々雄が作中、唯一と言っていいくらい、明確で揺るぎない己の信念、答えをもっているからにほかならないだろう。


 『るろうに剣心』という物語は、かつて人斬りだった剣心の贖罪と新時代を生きるための答えを探す旅の物語だった。そして志々雄以外のほぼ全ての登場人物もまた、それぞれ自分の信念に対しての”答え”を探し続けていた。剣心は人誅編を経て答えをみつけ、また主要人物たちの大半もそれぞれの答えをみつけることができた。しかし、誰もが葛藤する最中、志々雄だけがまったくブレずに「所詮この世は弱肉強食、強ければ生き、弱ければ死ぬ」という単純明快にして絶対的な答えを持って行動していたのである。その姿は十本刀たちからすれば、善悪を超越して最も魅力的な存在に映るであろうカリスマを秘めていたのではないだろうか。読者から見ても、やっていることは悪役そのものなのに、思わず共感し、魅入られてしまう力を持ったキャラクターだったはずだ。


 剣心の最大の強敵である志々雄真実の存在をリトマス試験紙として、登場人物たちが再び答えを探していく物語に仕立て上げているのが北海道編である。今から北海道編を読む方々には、ぜひ一度旧作を読み返すことをオススメしたい。そして「志々雄真実」というキャラクター(と彼にまつわる人物の心の動き)をしっかりと自分の胸に焼き付けてから北海道編を読むと、何倍も楽しく、何倍も深く、物語に没頭できることだろう。


■関口裕一(せきぐち ゆういち)
スポーツライター。スポーツ・ライフスタイル・ウェブマガジン『MELOS(メロス)』などを中心に、芸能、ゲーム、モノ関係の媒体で執筆。他に2.5次元舞台のビジュアル撮影のディレクションも担当。