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鬼頭明里が『STYLE』で解放させた内なるパッション 多彩なロックを凝縮した1stアルバムを聴き解く

2020年06月17日 06:01  リアルサウンド

リアルサウンド

鬼頭明里『STYLE』(初回限定盤)

 6月10日にリリースされた鬼頭明里の1stアルバム『STYLE』が、多彩なロックが収録された作品として話題だ。参加したクリエイター陣には、田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)、神田ジョン(PENGUIN RESEARCH)、成田ハネダ(パスピエ)、ギタリストの久保正貴(Black Butterfly)といったロック畑の名前が並び、声を務めたアニメ『鬼滅の刃』の竈門禰豆子の時とはまた違った、アーティストとしての顔を覗かせている。本作において、鬼頭はどのようなロックを表現しているのか? アルバムに収録された新曲から紐解いていく。


(関連:鬼頭明里がソロ音楽活動で表現するものとは? デビューから最新シングルまでを考察


■多彩なクリエイターに寄り添うボーカル


 アルバムのオープニングを飾る「Drawing a Wish」は、彼女のデビューシングル表題曲「Swinging Heart」と同じ、作詞:磯谷佳江、作曲:小野貴光、編曲:玉木千尋による楽曲。激しいドラムから始まる疾走感溢れるナンバーで、荒々しく唸りを上げるようなギターと共にまっすぐなボーカルが響く。〈自由さで描きたい〉〈模倣画じゃ響かない〉と、熱く歌い放つような歌声が印象的。自分だけの色で塗りつぶすんだと、高らかに宣言しているかのような楽曲だ。


 続く「INNOCENT」は、欅坂46や小倉唯なども手がける鶴﨑輝一の作詞・作曲・編曲によるシューゲイザーナンバーで、友だちだった相手への恋心に気づき、戸惑い葛藤する様子を歌っている。友だち同士という関係に訪れた変化が、イントロから鳴り響く不協和音的なギターによく表れている。いつもの日常から一人だけ取り残されてしまったような空虚感が全体を支配する中で、鬼頭は余計なものをすべて取り去ったようなピュアさで、まるで祈るように歌っている。


 そんな「INNOCENT」のダウナーな雰囲気から一転、作詞:昆真由美、作曲・編曲:中山英二による楽曲「Fly-High-Five!」は、シンプルな青春パンク。Shuta SueyoshiやJUNHO (From 2PM)なども手がける昆の歌詞は、きっと良いこともあるさと、聴く者すべての背中を押してくれる、実に分かりやすいメッセージが綴られている。鬼頭の歌声も明るく元気いっぱいで、サビではライブで「オイッ! オイッ!」というかけ声がかかって、会場が盛り上がる様子が目に浮かぶ。


 「Star Arc」は塚田耕平(Dream Monster)の作曲・編曲で、数々のアニソン/声優楽曲を手がけてきた彼の手腕が随所に光る。昆の歌詞も「Fly-High-Five!」のシンプルさとは違い、夢に破れまた立ち上がる姿を、星にからめて絶妙に表現。〈もう一回 もう一回〉という、サビの繰り返しが胸を熱くするナンバーは、バンドサウンドを中心にピアノとストリングスによる壮大さを持ったドラマチックな楽曲だ。ハイトーンも聴かせる鬼頭のボーカルは実に力強く、しかしどこか儚げさも携え、1曲の中で様々な表情を見せてくれている。


 作詞・作曲:田淵智也による「23時の春雷少女」も絶妙で、メロディによって彼女の声と表現力が活かされ、歌詞も一つの物語を読んでいるかのような雰囲気を演出。また、鬼頭が参加するKiRaRe楽曲も手がけるやしきんと、成田ハネダ(パスピエ)の編曲によるサウンドは、ロックとポップスを見事に融合させた奇想天外さに溢れている。まるで話すかのように歌う鬼頭のボーカルは、物語の主人公に命を吹き込むように生き生きとしている。ロックと言えど、これだけ多彩な曲調に寄り添える彼女のボーカルは実に柔軟だ。


■内なるパッションを解放したアンリミテッドなロックアルバム


 作詞・作曲・編曲を久保正貴(Black Butterfly)が手がけた「CRAZY ROCK NIGHT」は、アグレッシブにギターが鳴り響くヘヴィロックで、ギタリストである久保ならではの楽曲だ。〈WOW WOW〉というアンセムで始まるや、鬼頭による英語のシャウトが炸裂。聴く者を鼓舞するような迫力あるボーカルが印象的で、Dメロではワイルドなラップも聴かせ、鬼頭の多才ぶりが伺える。


 そして「君の花を祈ろう」は、同じくアルバムに収録された「Closer」の作詞・作曲も手がけたshiloによるナンバーで、ボカロPとしての顔も持つ白神真志朗が編曲を担当。キラキラとしたピアノやサビで広がる切なくも爽やかさ溢れるメロディなど、ボカロ曲特有のメランコリックな雰囲気を今にアップデートさせたような楽曲だ。囁くでも、張り叫ぶでもない、どこか淡々とした雰囲気の鬼頭の歌声が秀逸で、花を題材にした楽曲の世界観を見事に具現化していると言えるだろう。


 これまで数多くのキャラクターソングでその歌声を披露してきた鬼頭明里。『Re:ステージ!』ではKiRaReのメンバーとして、『ブレンド・S』ではブレンド・Aのメンバーとして、爽やかで青春感溢れる曲を数多く歌ってきた。また『ラブライブ!虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会』では、ユニット曲の他に彼女が演じる近江彼方のソロ曲「眠れる森に行きたいな」にて、そのファンシーな世界観がファンの間で話題となった。


 キャラクターソングは、あくまでも作品や役ありきのものだ。しかし、そうした煌びやかな世界観の中でも、彼女は確かな存在感を発揮してきた。それは彼女の持つ歌唱力と表現力の賜物だろう。そのベクトルをロックに振り切ったのが本作で、より本来の鬼頭明里を表現していると言える。


 アニオタを公言する彼女は、『涼宮ハルヒの憂鬱』『けいおん!』『鋼の錬金術師』『BLEACH』などのファンで、オムニバスの主題歌アルバムなどを聴いていたことも明かしている。アニメを通じてUVERworldやSCANDALなどのロックバンドも好んで聴いてきたそうだ(https://aniuta.co.jp/contents/273209)。キャラソンやアニメとは異なる彼女の内なるパッションが解放されたことによって、『STYLE』という、実にアンリミテッドなロックアルバムが完成したのだろう。(榑林史章)