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ポリゴン・ピクチュアズ 塩田周三代表に聞く、コロナ時代の新しいワークフローとアニメ業界の今後

2020年06月16日 12:31  リアルサウンド

リアルサウンド

ポリゴン・ピクチュアズ 塩田周三氏

 各業界のキーパーソンに“アフターコロナ”に向けての見通しを聞く、特集「コロナ以降のカルチャー テクノロジーはエンタメを救えるか」。第4弾は、『シドニアの騎士』や『空挺ドラゴンズ』などのフル3DCGアニメ作品で知られるポリゴン・ピクチュアズの代表、塩田周三氏へのインタビューをお届けする。


 新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が発出された4月8日より、ポリゴン・ピクチュアズは全社員リモートワークを実施。全作業工程をワンフロアに集約し、緊密なコミュニケーションをはかる体制での製作を特色としていた同社は、この未曾有の状況にいかに対応したのか。リモートワークでの生産性、新しいワークフローの実現、そしてアニメ業界の今後などについて、塩田氏に話を聞いた。(杉本穂高)


(参考:ポリゴン・ピクチュアズ×コミックス・ウェーブ・フィルム 代表対談 テクノロジーで変化するアニメ界、海外市場に未来はあるか?


・リモートワークで生産性はどう変化した?
ーー4月8日から全社員のリモートワークを実施されていますが、生産性はどのように変化しましたか。


塩田周三(以下、塩田):僕のところに届いている数字では、平均して70~80%の生産性を実現できています。あくまで平均値なので、職種やプロダクトによっても異なりますし、中にはオフィス勤務の時と比べて100%を超えている人もいれば、70%に達していない人もいます。


 弊社は以前から、より多様な働き方を支えられるワークフローの設計を進めていて、今年中にロールアウトしようと思っていた矢先にコロナウイルスの感染拡大で全社員リモートワークに突入することになりました。我々のようなデータインテンシブな作業をする業態で、一斉に300人近いスタッフがリモートワークになることは想定していなかったので、これだけの生産性が出せたことは良い意味での驚きでした。我々のような製作ビジネスで20%の利益率減は決して小さくないですが、この状況下でもきちんと仕事があるので、満足しています。


ーー職種ごとに生産性のバラつきがあるとのことですが、100%を超えているのはどの部署なのですか。


塩田:100%と言いましたが、生産性をはかる上で100%を超える数値を測定する術はなく、まだ模索段階なのであくまで感覚値です。リモートワークで仕事がはかどっているのは主に研究開発部門ですね。


 しかし、その要因も色々あって、ある部門の生産性が100%超えることが絶対的に良いことかというと必ずしもそうではありません。例えば、弊社のオフィスは全ての作業工程をワンフロアに集約しており、ちょっと問題があればすぐにコンタクトを取れるようにしているわけです。しかし、今は物理的に離れてしまっていますから、すぐに聞きに行けません。これが管理者や前後の工程とのやり取りが多い人にとっては厳しい状況なわけです。逆にそうやって聞かれることがないから生産性が上がった人もいるので、今後はここで発見できた課題やメリットをしっかり業務に活かしていきたいと思います。


ーー新しいワークフロー開発のために前々から準備していたものが、今回力を発揮してくれたような感じでしょうか。


塩田:そうですね。本来なら、もう少し余裕を持って出す予定だったものを早めないといけなくなったわけですから、本当にシステム部が頑張ってくれました。僕の独断で、いきなり全員リモートでやるなんて判断は絶対にできなかったです。


ーーCG会社は、扱うデータ量も大きいと思いますが、トラフィックに関して大きな問題も起きていないのでしょうか。


塩田:データの圧縮技術が相当進化していますので、今回のことが2020年に起きたことは救いになったと思います。相変わらずマシンの計算力は必要ですが、会社のワークステーションにリモートでアクセスして計算させ、その差分を自宅のPCに送るという形で、ほとんどレイテンシーなく、セキュリティも担保できる体制を整えました。実際300人が一斉にぶら下がっても大したデータ量じゃなかったんですよ。一時期のピークでも数百メガくらいだなんて、数年前では考えられなかったことです。


 それよりもパフォーマンスに影響するのは、各アーティストの自宅のネット環境です。日本は幸いにも一般家庭のネット環境は良い方ですが、それでも集合住宅やシェアハウスに住んでいる人だと、時間帯によって作業スピードが落ちることがありました。


ーー平均70~80%の生産性は、慣れてきたらもっと向上する手応えはありますか。あるいは全員リモートではこれ以上は難しいという感触でしょうか。


塩田:それは細かい分析をしてみないとわかりません。技術的な問題でこれ以上生産性があがらない部門もあるでしょうし、逆にもっと上げられる部門もあると思います。僕らとしては、せっかくここで壮大な実験をさせてもらったので、追求しがいのある新しい働き方については、セキュリティを担保しながらやっていこうと思っています。


 幸運なことに今までで最大のバックログを持ちながら今年を迎えることができたのですが、東京でオフィスを持っていると家賃も高いですし、仕事の量が多くてオフィスが足りず、会議室をいくつか潰して作業スペースにすることも考えたんです。しかし、一部リモートでできることがわかったので、リモートと物理的なオフィスを併用しながら、多様な働き方でアーティストのリソースを活かしていきたいと思っています。


・オフィスとリモートの併用で新たなワークフローの確立を目指す
ーーリモートワークについて、アーティストの方々のリアクションはどんなものがありますか。


塩田:千差万別で、すごく喜んでいる人もいれば、家では作業に集中できないという人もいますね。ネット環境の問題でオフィスの方が良いという人もいるし、細かい色管理をしないといけないとか、タブレットで細かいモデリングをする場合などはリモートではやりにくいようです。


 ですが、面白いことにオフィス作業の時には遅刻が多かったのにリモートになった途端、びしっと仕事するようになった人もいるんです。通勤がストレスだったようですね。


 しかし、通勤時間がなくなった分、余計に仕事をする人が増えたので、4月の残業時間はいつもより多くなりました。我々は勤務時間をきちんと管理することを大切にしていますが、オフィスの束縛がなくなったために、勤務時間を制御しづらくなっているようです。


ーーポリゴン・ピクチュアズは、制作工程をきっちりと管理していくことで作品の質を高めていくというコンセプトをお持ちだと思うのですが、新しいワークフローが作品の質に反映されていくことを目指していくのですか。


塩田:中長期的にはそれが実現してほしいですね。働き方の物理的束縛が減ることで個々のアーティストがよりハッピーに効率的に働けるようになるのが望ましいですし、それが最終的な成果物にも反映されてくると思いますので。


ーー東京でも緊急事態宣言の解除が発表されましたが、6月以降はどのような勤務体制になるのでしょうか。


塩田:端的にお答えすると、オフィス勤務とリモートの併用ということになります。こういうのは事態に反応しているのでは遅すぎると思っていて、元々4月8日の全社一斉のリモートワーク期間に入る前から世間の状況を見て、いずれそうなるだろうと準備をしていたんです。今回も5月21日から、全体の10%程度ですが部分的にオフィスでの勤務を解禁しています。そして、6月1日から中旬にかけて、リモートの方が力を出せる人以外はオフィスに戻すように段取りしています。


ーーオフィスワークとリモートワークの併用にあたって、今後の課題はありますか。例えばコミュニケーションの問題ですとか。


塩田:全員がリモートワークであれば条件が一緒ですから、コミュニケーションも取りやすいんですよね。今後併用していくことで、物理的に顔を合わせて作業している人たちと、リモートの人たちが出てきた時、会議1つとってもコミュニケーションの取り方が変わってくるでしょうから、新しい取り決めも必要になってくると思います。


ーー新入社員の方々とオンライン飲み会をされていたとツイートされているのを拝見しました。新入社員の方々は今年の4月に入社でいきなりリモートワークだったわけですね。


塩田:そうです。物理的に出勤したのは数日だけでした。


ーーリモートワークで新人の方とのコミュニケーションを取るのはなかなか難しそうですね。


塩田:元々、最初の2ヶ月近くは研修期間で、リモートでも研修はできるだけ従来と同じようにやろう心がけていました。先週、ようやく本格的に配属になったばかりなので、すぐに先輩に質問できる環境じゃないから大変だと思います。そこはできるだけ気を使おうと心がけていますが、なにせ初めての状況ですから難しい面はありますね。


 やはり、リモートになっても機能するのは、一定期間同じ空間を過ごした人たちがワークフローや振る舞いを互いに理解しているからなんですよね。見知らぬ者同士ならこれほど上手くいかないので、仮にいきなりオンラインで参加するアーティストが増えた時、僕らのワークフローについてどう教育するかというのも課題になると思います。


・リアル空間のエンタメはなくならない
ーー新型コロナウイルスの影響で多くのTVアニメの納品が遅れ、放送延期が相次いでいます。ポリゴン・ピクチュアズさんは元々納品が早いことで有名ですが、このアニメ業界の現状をどうお考えですか。


塩田:我々も広義のアニメ業界に身を置いているとはいえ、中心にいるわけではないので、きちんと状況を把握しているわけではないですが、2つの側面があると思います。ひとつは技術的な側面でそもそも製作が難しくなるということ。とりわけ音声関係などの一斉に集まることを前提にしていた場面をどうするのかということです。


 もうひとつは、アニメ業界には紙で描いている人もたくさんいて、その中には元々リモートでやっている人もいたのでその点では変化がないでしょうが、サプライチェーンがどこかで詰まってしまうと、連鎖反応的に影響してしまうということです。しかもそのサプライチェーンが被りまくっているわけです。これは元々アニメ業界が持っていた脆弱性によって起こったことだと思います。通常の製造業と違ってほとんど在庫を持っていないわけですから。なので、今起こっていることの一部はコロナの影響と言えるでしょうが、元々抱えていた脆弱性のために起きるべくして起きた部分もあるのではないでしょうか。


ーー御社は今回のことで、会社の方向性を変える必要を感じてはいますか。元々、Netflixさんとの関係が深く、配信の需要は高まっています。


塩田:それはないですね。ウチはウチが来た道を進むだけで、前々から考えていたことを倍速でやることになっただけですから。最近、ニューノーマルという言葉をよく聞くようになりましたが、違和感があるんですよね。今回のことで大きく揺り動かされたことは確かですが、元々ノーマルなんてなくて、常に変わっていくものだと思いますし。


 マーケットに関して言うと、今はライブで体感するものは軒並みできませんが、人間は集まって楽しみたいという欲求を持っていますし、ライブ空間のオンリーワンな体験の価値にお金を使いたいというのは、これからも続くはずです。物理的なライブ空間に何らかのオンライン要素を入れるような、よりインテグレートされたものが出てくるかもしれませんが、大きな軸足のひとつとしてリアルなライブはなくならないはずです。我々としても、今年は無理でも来年以降、ライブのマーケットも相変わらず追いかけていきたいと思っています。


(杉本穂高)