2020年06月16日 09:42 弁護士ドットコム
小売や外食などの労働組合が加盟する「UAゼンセン」には、新型コロナウイルス問題に関連して、組合員が受けたハラスメントの相談が多く寄せられています。
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「従業員はマスクしていながら、客には売らないのか」
「レジ待ちが長すぎる。何とかしろ」
「感染したら店のせいにしてやる」
物流や医療業界からは、感染リスクを理由に差別的な扱いを受けたという報告も寄せられていました。
「子どもの登校を拒否され、自宅待機になった」
「配達時に消毒スプレーをかけられた」
こうした不当な物言いは、労働者を追い詰めます。現場の声から、ライフラインを支える現場に「危険な兆候」が表れていることが見えてきました。
今回、UAゼンセンの許可を得て、消費者心理にくわしい関西大学の池内裕美教授に数十件ある相談内容を見てもらいました。
ここで池内教授が着目したのは「あきらめています」という、ある労働者の言葉でした。その相談にはこうつづられていました。
「ドラッグストアで働いている者です。多くの現場が疲弊しています。みんな声をあげることをあきらめています。現場の現状を届けてください。どうか助けてください。どうかお願いします」
心理学には「学習性無力感」という言葉があります。有名なのはイヌを使った実験です。
電流が流れる部屋にイヌを入れ、逃げられないようにします。最初は避けようとしていたイヌも、やがて観念します。一度こうなると、電気ショックを回避する手段をもうけた部屋に入れても、ただ苦痛に耐えるようになるそうです。
「『捕虜の心理』や『監禁の心理』とも言われます。逃げられないと学習したら受け入れてしまう。その先にあるのが『うつ病』です。詳細な調査が必要ですが、多くの現場でこれに近いことが起きていた可能性があります」(池内教授)
こうした状況はどのようにできたと考えられるでしょうか。
客側は終わりの見えないコロナ問題に閉塞感や不安感などを募らせています。感情のコントロールが難しく、暴言など「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が起きやすい状況です。
労働者側も条件は一緒ですが、地域のライフラインを支えているというプライドもあります。しかし、本来なら感謝されていいはずなのに、不当なカスハラにさらされ、不満が溜まっていきます。
また、ただでさえ危険を感じているのに、緊急事態宣言が出ると、外出を自粛されている中、働かなくてはならないという恐怖感・不公平感が強くなっていきます。
「ストレスの中で、労働者も客の細かな行動が気になってしまう。お互いが高いストレスにさらされており、些細なことが不満やクレームに発展しやすい状況になっていたのではないでしょうか」
実際、労働者からの相談をみると、宣言前は「客から〇〇された」というカスハラ報告が大半だったのに対し、宣言後は「客がマスクをしていない」や「お喋りをしている」といった不安についての内容が増えていました。
幾重にもストレスがかかる中、十分な感染対策をとれない会社や行政に対する不満も高まっていきます。
宣言後の相談内容には「会社が何もしてくれない」「政治がもっと強く外出禁止を打ち出してほしい」といったものも目立つようになりました。
しかし、現実問題として、営業を止めたり、手当を出したりすることは容易ではありません。
結果的に、仕事を辞められない弱い立場の労働者ほど、何をやってもムダだと学習してしまい、ギリギリまで苦痛に耐えざるを得なくなっていた可能性があります。
「限界まで行くと、ある日突然、従業員が来なくなってしまう。そうなると負のスパイラルが始まります。残された従業員の不満が溜まり、サービスが低下する。クレームが増えるから、さらに従業員が来なくなってしまうんです」
そうなってしまえば、ライフラインが崩壊しかねません。待遇アップのほかにできることとして、池内教授は次のように説明します。
「労働者の話を聞いてあげたり、感謝の意を示したりすることが大切です。会社側は『従業員を守る』という姿勢を言葉や態度ではっきりと示してください」
これは「ソーシャルサポート(社会的支援)」と呼ばれるものの一種。池内教授は会社だけでなく、地域住民らもこの輪に加わることが大切だといいます。
「人を傷つけるのも人なら、人を救うのも人。コミュニケーションが制限されているので工夫は必要ですが、危険な中、ライフラインを支えてくれていることへの感謝を、意識して伝えるようにしてください」
社会的支援を感じられると、仕事に対する満足感や帰属意識にプラスの影響があるそうです。コロナに限らず、働きやすい社会のために常日頃から心がけておきたいものです。