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『チェンソーマン』を読むと頭のネジがぶっとんだ感覚になるーーショッキングな展開に見る、藤本タツキの胆力

2020年06月15日 09:02  リアルサウンド

リアルサウンド

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 『週刊少年ジャンプ』で連載されている藤本タツキの『チェンソーマン』(集英社)は、悪魔が跋扈する世界を舞台にしたオカルトバトル漫画。


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 主人公のデンジは、チェンソーの悪魔・ポチタが心臓化しており、人間の意識を持ったままチェンソーの悪魔に変身して戦うことができる。デンジは公安退魔特異4課のデビルハンターとして悪魔や魔人(人間の死体に乗り移った悪魔)と戦いながら、バディのパワー(血の魔人)、先輩の早川アキといっしょに暮らしていた。


 ※以下、単行本7巻のネタバレあり。


 最新巻となる第7巻では、デンジの変身した姿がテレビのニュースで「恐怖デンノコ悪魔」と放送されてしまったことで世界各国から派遣された(悪魔や魔人を操る)刺客たちがデンジに襲いかかってくる様が描かれた。


 有給を取って、デンジたちと江ノ島に遊びに行こうとしていた上司のマキマは、旅行を延期。宮城公安の退魔2課から日下部と玉置、京都公安退魔1課からスバルを、そして民間から吉田ヒロフミを一カ月雇うように命じる。


 やがて、アメリカから殺し屋まがいの仕事をしているデビルハンターの三兄弟、中国からは隻眼の女剣士・クァンシと4人の女(全員、魔人)。ドイツからはサンタクロースと呼ばれるデビルハンターが、そして派遣先の国は不明だが、トーリカと呼ばれる男と師匠(と呼ばれる女)が、デンジを狙って来日する。


 アメリカからやってきた三兄弟は、京都公安のスバル、黒瀬ユウタロウ、天童の3人が車で移動しているところを襲い銃殺。兄弟の1人が黒瀬に顔と喋り方をコピーしてスパイとして公安退魔4課のデビルハンター・東山コベニと暴力の魔人に接触、デンジに近づき暗殺しようとする。しかし、パワーがコベニの車で黒瀬(の偽物)を追突したことで正体が判明し、デンジは難を逃れる。


 一方、トーリカと師匠は、喫茶店にたむろするデンジたちに接近。師匠は「呪いの悪魔」の力を使ってデンジを暗殺しようとする(悪魔の力を宿した釘で4回刺せば暗殺は成功、すでに、こっそり3回刺している)。


 そしてサンタクロースと思しき老人は「人形の悪魔」の力を使って、触った人間を次々と人形に変えていき、デンジたちがデパートに入ったタイミングで人形たちを使って襲撃する。


 デンジを護衛する公安のデビルハンター・日下部が「石の悪魔」の石化攻撃で人形たちと応戦するものの、数の力で押し切られて後退。公安退魔2課の中村が契約する「狐の悪魔」や天使の悪魔の使う寿命武器の「五年使用」で時間を稼ぎ、仲間のデビルハンターの応援を待つ。しかしそこにクァンシが現れて、公安のデビルハンターと人形にされた人間たちの首を一気に切り落とす。


 この場面が実に壮絶だ。160ページから173ページにかけて、その様子が描写されるのだが、クァンシが走り抜けた後で人の首や胴体が切り裂かれてく姿は、子どもが人形の首や手をねじってバラバラにしているような無邪気さの中にある残酷さが画面から滲み出ており、この7巻最大の見どころとなっている。


 その後、クァンシはデンジたちに襲いかかり、圧倒的な力で蹴散らすのだが、仲間の魔人2人をデンジの師匠にあたる特異4課の隊長・岸辺が拘束したことで、クァンシは戦いをやめて、窓際のテーブルに岸辺と腰掛ける。岸辺は口ではクァンシを連行すると言うのだが、会話を(おそらく悪魔の力で)盗聴しているマキマに知られないように「言う通りにすれば逃す 安全は保証する」「マキマを殺す 協力するなら全てを教える」というメモをみせる。


 そこにアメリカの三兄弟の1人が参戦し銃で撃とうとしたことで膠着状態が解けて、戦いはより激化していく。


 登場人物が一気に増えて、デンジを護衛するデビルハンターたち、アメリカから来た殺し屋三兄弟、中国から来たクァンシ一味、ドイツから来た「人形の悪魔」の力を操るサンタクロースと思しき老人、トーリカと師匠の5グループの戦いとなっていくのだが、公安退魔4課の中でも岸辺はクァンシを逃し、マキマを殺そうとしているようで、それぞれの思惑はてんでバラバラである。


 登場したデビルハンターの能力や各キャラクターの説明がないまま、刻々と変化していく状況だけが描写されていくため、途中から何が起きているのかわからなくなっていくのだが、おそらく現場の混沌とした状況、それ自体を読者が体感できるように演出されているのだろう。


 これは、画力と構成力に根ざした描写力によっぽどの自信がないとできない芸当だが、それをしれっとやってのける藤本タツキの胆力には驚嘆する。


 一気に登場した新キャラたちがあっけなく殺される様子を見ていると、生死に対する感覚がだんだん麻痺していき、デンジのように頭のネジがぶっとんだ感覚になっていく。この、ショックが大きすぎて言葉にならない乾いた感触こそが『チェンソーマン』の真骨頂だ。読めば読むほど、コベニのように表情が引きつっていく凄まじい漫画である。


(文=成馬零一)