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中村倫也主演ドラマ『美食探偵 明智五郎』、世界観を盛り上げる音楽はどう生まれた? 音楽家 坂東祐大インタビュー

2020年06月14日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

photo by Ryo Maekubo

 東村アキコの原作コミックを中村倫也主演で実写化した連続ドラマ『美食探偵 明智五郎』(日本テレビ系)が人気だ。新型コロナ感染拡大防止の影響から第6話放送までで一旦ストップし、Huluオリジナルストーリーを加えた特別編が3週にわたって放送されていたが、6月14日から最終章へ向けての放送が再開する。美食家の探偵・明智(中村)が連続殺人鬼・マグダラのマリア(小池栄子)の真相とハートに迫る異色サスペンスで、その世界観を、作曲家・音楽家の坂東祐大による音楽がより盛り上げている。


(関連:宇多田ヒカルの音楽に不可欠な“緊張と緩和”の正体 『美食探偵』主題歌「Time」から紐解く


 独特の世界観を象徴するドラマチックなメインテーマには一度聴いたら忘れられない中毒性があり、SNSなどでも「クラシックの匂いがして好き」「音楽だけで世界観が分かる」「ミステリアスでゾクゾクする」と評判を集めている。1991年生まれで、東京藝術大学作曲科を首席で卒業した坂東は、クラシック、現代音楽のメインフィールドだけでなく、中島哲也監督の映画『来る』や、米津玄師 「海の幽霊」「馬と鹿」「パプリカ」「カイト(NHK2020ソング・歌唱は嵐)」にて共同編曲を務めるなど、ジャンルを超えて活躍する新進気鋭の音楽家だ。


 2016年にはクラシックの演奏家によって結成された次世代型アンサンブルの「Ensemble FOVE(アンサンブル フォーヴ)」を立ち上げ、現在、Ensemble FOVEも参加した『美食探偵 明智五郎』のオリジナルサウンドトラックが発売中。そんな坂東に『美食探偵』の音楽についてはもとより、劇伴への意識や、こうした状況下だからこそ改めて感じる音楽の意義、今後のビジョンなどを聞いた。(望月ふみ)


■バラエティ豊かなラインナップを狙いつつ、世界観の統一を意識
ーードラマとともに音楽も好評です。


坂東祐大(以下、坂東):ありがとうございます。アニメーションの『ユーリ!!! on ICE』(松司馬拓名義)と映画『来る』で映像音楽の経験はありますが、実はドラマは初めてなんです。いわゆるゴールデンプライムタイムに地上波で流れるので、Twitterのトレンドに「美食探偵」と出てくるのが面白いです。


ーーリアルタイムで反応が分かりますからね。


坂東:ただ9割が「中村さん、かっこいい」ですけどね(笑)。


ーー作曲にあたって、制作側から最初に何かリクエストはあったのでしょうか。


坂東:特別、こういうトーンで、みたいなものはありませんでした。原作のコミックと第1話の台本が仕上がっていたので、それを読みこんで、全体の道筋をある程度立て、最初の会議のときにアイデアをこちらからプレゼンさせていただきました。


ーー台本、原作を読んで、まずはどんな印象を抱きましたか?


坂東:とにかく物語のふり幅が大きいな、と。サスペンスになったりコメディになったり。それから主人公の明智が浮世離れしているんですよね。漫画だったらそのままでも違和感なくいけると思うのですが、実写だときちんとチューニングしないと難しい。実際には中村さんの圧巻の演技と監督をはじめとした見事な演出で難なくクリアしていますが、原作を読んだ最初の印象としては、主人公の浮世離れした雰囲気を音楽でも正当化してあげたいと感じました。


ーー結果的には演出も舞台色がありますし、ドラマチックな音楽が非常に合っています。


坂東:撮影と制作のスケジュールの都合上、音楽制作時点で映像はなかなか見られませんでしたが、キャストさん全員が入っての読み合わせには参加できたんです。そのときに、やっぱり音楽はこの路線で、このチューニングでいいんだなと感じました。実際にお芝居を見ると、こういう風に仕掛けてくるんだな、と台本の時点では掴めなかった感覚も見えますし。特に苺ちゃん(小芝風花)のテンションやテンポは、読み合わせが大変参考になりました。


ーー先ほど坂東さんがお話されたように、本当にふり幅が大きな作品です。そうした作品に音楽をつけるのはよりやりがいを感じますか?


坂東:そうですね。シリアスなだけのものも面白いですが、いろいろなことをやれるのは作る上では面白く感じます。バラエティの豊かさは必要ですが、ただ同時に統一感もなくてはいけなくて、そこのバランスは重要でした。サウンドに幅があっても作曲家30人が集まって作ったみたいなものだと、ドラマとして見づらくなってしまうので。


■メインテーマのイメージは“ネオ火サス”
ーーなかでもメインテーマが印象的です。


坂東:最近サントラのトレンドに関して言うと、全面的にメインテーマが目立つ作品って少なくなっていると思うんです。『アベンジャーズ』のようにテーマ曲が浮かぶ作品もありますが、ある時期から割合としては少なくなってきた。たぶん意図的に音楽を主役に持っていかせないための演出としてそうしていると思うのですが、ただ、今回のテーマに関しては、ドラマですし作品とともに印象に残るものを作ろうと。


ーー具体的にはどんなことを意識されたのでしょうか。


坂東:作品のどこのシーンにあてても合って、作品の象徴となるようなもの。原作の表紙にぴったり合うというか。今回、中村さんの衣装も特徴的ですが、あの雰囲気やほかの登場人物にも似合うもの、というのを強く考えました。


ーーとてもドラマチックで、メインテーマがかかると、家でタクトを振りたくなります。


坂東:ははは(笑)。もうひとつ意識したのが、プロデューサーの荻野哲弘さんが最初にコメントされていたように、この作品は“ネオ火サス”のようなサスペンスだということ。心理描写はリアルですが、でも「こんなこと実際にはないだろう」というサスペンス。


ーー第1話でマリアが崖から落ちていく感じとか。


坂東:こういう世界観なんだと提示して、かつ肯定できるもの。『火曜サスペンス劇場』や、『ヒッチコック劇場』のようなトーンが少しでも出せればいいなと思って作曲しました。


■現在のテレビにはあまり流れないような曲も積極的に
ーーサントラ6曲目のマグダラのマリアのテーマ「罪深い女」も、流れた瞬間に、マリアの世界に引き込まれます。


坂東:ソプラノの佐藤裕希恵さんにお願いしました。彼女はヨーロッパでルネサンスの時代の歌唱をきっちりと勉強された方なんです。バッハより以前の音楽といえばイメージがつきやすいでしょうか?


ーーいわゆる宗教曲ということでしょうか。


坂東:ざっくり言うとそうですね。他の曲との整合性を持たせながら、全体を組み立てているときに、マリアには現代から遠いところにあるボーカリーズが一番合うと思いました。


ーー今回のサントラで特に冒険できたと感じている曲がありましたら教えてください。


坂東:サントラの25曲目に入っている「Eclipse S」かな。もちろん軸はありますが、50年代の実験音楽のようなテイストで、ドラマーの石若駿君とスタジオで即興的にやってみようと取り組みました。50年代のシュトックハウゼンの電子音楽のような、アナログテープを使ったような超前衛的な感じでやってみようと。今のテレビではあまりかからないテイストの曲だと思います。


ーーサントラのラストに収録されている、宇多田ヒカルさんの主題歌「Time」編曲版もすごくステキで聴くだけで切なくなります。第6話のラスト、明智と苺の二人のシーンは、今回の新型コロナの影響で撮影法が変わりましたが、より印象的なシーンに仕上がっていて、この「Time」が本当にハマっていました。第7話で志田未来さん演じる茜のバックでかかったときも本当に切なかったです。


坂東:ヒカルさんの曲がいいから、のひと言に尽きると思うのですが(笑)。ただ編曲にあたって、定番の編曲の感じにはしたくなくて。単純にテンポを落として弦楽器のバラードにすればお涙頂戴な感じになるだろう、というような。言い方が難しいですが(苦笑)。


ーー宇多田さんの曲のエッセンスをもらって、再構築した感じでしょうか。


坂東:そうですね。これかなというところを見つけ出して、サスペンスの心理描写と、サスペンスが終わったあとの切ない感じが、また違った形で響き合うように。


ーー編曲という作業はお好きですか?


坂東:特別、中毒のように大好きというわけではないですよ(笑)。専業の編曲家ではないですし(笑)。ただ今回のサントラで、何曲かは僕が書いたものではなくて選曲しています。たとえば1曲目のジョヴァンニ・ガブリエーリの作品とか。編曲というよりはキュレーションのような方向で、サウンドトラック全体の幅が広がればと考えました。


■劇伴ならではの“楽しさ”
ーー映像作品の劇伴と普段の活動の違いをどこに感じていますか?


坂東:まだそんなに数をやっていないので、偉そうなことは言えないんですが。僕のメインワークは主にコンサートホールで演奏されるクラシックの延長線上にある現代音楽のなので、そこでやることって一般的に実験的といった評価をされることが多いんです。でも実は毎回毎回実験できるわけでもないんですよ。でも劇伴は、様々なジャンルの音楽家と色々模索しながらできるんです。それが楽しいですね。


ーー劇伴はエンタメを介して日常の中に入り込んでいく感じでしょうか?


坂東:とはいえなのですが、個人的にはあまりアートとエンタメと、分けて考えないようにしています。考えると袋小路に陥って何もできなくなるので(笑)。ただ絶対的に、地上波の作品は多くの人の目に触れますから、現代音楽をやっている僕だから知っていることで、まだあまりその領域でやられていないことを提示できるのだとしたら少しでも携わる意味があるのかなとも思っています。


ーー坂東さんの紹介として、よく“ジャンルを超えての活動”と表現されますね。


坂東:ジャンルを超えるってすごく難しいことで、土足で踏み入っちゃいけないと思うんです。こうしたらもっと面白くなるといったことは毎回考えますが、単純になんでもコラボレーションすればいいというものじゃない。作品をより面白いものにするために、自分にできることがあるなら是非携わりたいし、他にもっと上手くできる人がいるなら進んで任せたほうがいいとも思っています。


■音楽があることで少し生活が豊かになっていく
ーー今回のサントラには次世代型アンサンブル・Ensemble FOVEも参加しています。Ensemble FOVEを立ち上げたことで今こうしたことがやれているという実感と、この先やりたいことを教えてください。


坂東:今回のサントラもそうですが、僕がまず台本のような形で楽譜を持って行きます。それは完成形ではなくて、そこからみんなのアイデアを入れていって、最終的にプロジェクトのリーダーーー今回だと僕ですがーーがどのアイデアを入れるか決めていく。いろんな人のアイデアの集合体が作品になっていくわけです。そうしたひとりではできない、チームだからできるところが面白いです。いまはこの状況でコンサートもできないので、新しい方法で何かしらやらなければと思っています。どのジャンルでもそうだと思いますが、今だからこそできることを考えたい。何かしらの形で作品に昇華していかないとと思っています。


ーーこうした状況だからこそ、音楽が人に与えられるものや存在意義を考えるといった時間はありましたか?


坂東:結局のところ音楽は人の役に立たないな、と。水や野菜や衣服のように生活必需品じゃないですからね。以前、坂本慎太郎さんが「音楽は役に立たない。役に立たないから素晴らしい。役に立たないものが存在できない世界は恐ろしい。」とおっしゃっていて、僕も全くそう思います。音楽ってなくてもなんとか生きていける。でもあることで少し生活が豊かになっていく。ふと立ち止まってみた時にハッとするものを作れたらなと思います。


ーーなるほど。


坂東:音楽に関していえば、作り手が簡単に”自分の作品はこういう役に立つ”とか言っちゃいけないと思うんです。よくクラシックだと「聴けば癒される」とか言われますけど、ちょっとでも知れば、作曲家は癒しなんかそもそも目指していないことはバレますから(笑)。作り手は大抵の場合、煩悩にまみれまくっていて、創作はそれとの戦いです(笑)。


 話が少し逸れますが、コロナの期間中に昔の大作曲家の手記を色々と読んでいて。その一冊に『ベートーヴェン 音楽ノート』という、ベートーヴェンのある時期の6年間くらいのTwitterみたいなメモ書きをまとめたものがあるんですけど、それが生活感に溢れていてとても面白いんです。「毎日5時半から朝食まで勉強すること!」とか、「アイツのこと物凄く嫌いでも悪口は言うな」とか。昔も今と全然変わってないじゃんって。


■ルーティーンにならないことが大事
ーー音楽家の話が出ましたが、映画音楽で坂東さんが面白い、好きだという曲や作曲家をあげるなら?


坂東:いっぱいいますね(笑)。映画音楽って、本当に色んな実験ができるんですよね。たとえば月並みですが、Radioheadのリードギター、ジョニー・グリーンウッドのサウンドトラックは好きですね。ダニエル・デイ=ルイス主演の『ファントム・スレッド』とか、すごく変なサントラなんです。まあ、ジョニーのサントラは全部変なんですけど(笑)ヨハン・ヨハンソンのサントラもすごく好きです。『メッセージ』なんかは、僕的には2010年代一番のクリーンヒットでした。あと、ちょっと気になっているのはルドウィグ・ゴランソン。『ブラックパンサー』や『マンダロリアン』、次は(クリストファー・)ノーランの『TENET』を(ハンス・)ジマーから代わって、ですもんね。超メジャー映画をやりつつ、チャイルディッシュ・ガンビーノの「This is America」まで手がけるという活動の幅の広さが気になっています。


ーー劇伴でいうと、坂東さんは以前に大河ドラマの音楽を手掛けてみたいとコメントされてましたね。


坂東:是非いつか手掛けてみたいですね。ある時期まで、大河ドラマの音楽は、クラシック、現代音楽の名だたる作曲家がやっていたんです。武満徹さん、三善晃さん、湯浅譲二さん。でもそれが途絶えてしまったので。


ーー実現するといいですね。


坂東:あと実は舞台はまだやってないので、チャンスがあればぜひ挑戦したいです。もちろんそれらの成果が、メインフィールドの活動に少しでも還元できたら、というのは常に思っています。あとは創作がルーティーンにならないことが大事。刺激的な面白いことをやっていきたいです。(望月ふみ)