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“アニメーションの祭典”アヌシー映画祭 初オンライン開催となる今年の見どころを紹介

2020年06月13日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 世界最大のアニメーションの祭典、アヌシー国際アニメーション映画祭の開催が今年も近づいてきた。


 コロナ禍の影響で、今年は史上初めてのオンライン開催となる同映画祭は、当初の日程6月15日から20日の予定を、10日間ほど延長して6月30日までの約2週間の開催期間となる。


 世界の映画祭が相次いでオンライン開催となる中、アヌシーにとっても初めての試みとなる今年の見どころ、参加方法、映画祭の今後のあり方を考えてみたい。


・15ユーロで世界中から参加可能
 アヌシー国際アニメーション映画祭は、1960年に第1回が実施され、今年でちょうど60周年となる。アヌシーでは毎年、一つの地域のアニメーションを特集する企画を実施しており、今年はアフリカ特集が予定されていたが、この企画は来年に持ち越しとなった。


 オンライン開催に踏み切ったがゆえに当初の予定よりも規模の縮小は否めない。2月にはウェス・アンダーソンの初参加が報じられたのだが、オンライン開催決定後のプログラムにはアンダーソン関連の記述はなく、中止となった可能性もある。


 しかし、映画祭の花形、長編・短編のコンペティション部門、実験的な作品を集めたコントラシャン部門に学生部門などのオフィシャルセレクションは健在、今後製作・完成予定のパイロット版などを上映するWork in Progress、著名クリエイターが登壇するマスタークラスなど、お馴染みの企画もオンラインで開催される。


 今回のアヌシーのオンラインでの参加には一般15ユーロ、バイヤーなどが参加する見本市MIFAへのアクセスには110ユーロが必要となる。現地への旅費と滞在費を比べれば安いもので、世界最大のアニメーションの祭典に気軽に自宅から参加できるのは多くの人にとってはメリットだろう。


 オンラインパスの購入はこちら。左が一般向け、右が見本市参加者向けのものになる。


 注意事項として、同一アカウントで複数の端末から同時にアクセスはできない。そして1アカウントの最大視聴時間は60時間まで、同一作品の視聴回数は最大2回までとなるようだ。映画祭での上映回数は限られているので、無尽蔵に視聴できないようにという配慮だろうか。


 オンラインでの開催によってアヌシーの今年の開催期間が延長され、当初の5日間から15日間へと開催期間が3倍になったが、物理的な会場のスケジュールに制約されないオンライン開催ならではの柔軟な対応と言えるだろう。また、通常の映画祭は各作品の上映スケジュールも固定されているが、オンラインなら都合の良い時間に好きな作品を選んで鑑賞できる。


 15ユーロ(約1800円)という日本の映画館の鑑賞料金と同程度で、ここでしか観られない世界の選りすぐりの作品を鑑賞可能で、著名人のトークショーも聞けるのだからお買い得だろう。ただし、日本語字幕はないだろうが。


・伝説の女ガンマン、カラミティ・ジェーンの子供時代を描く作品に注目
 アヌシーの今年の見どころをかいつまんで紹介する。


 アヌシーは元々、短編のコンペティション部門が映画祭の花形だったが、近年は長編部門の拡大が目立つようになってきた。


 その長編コンペティションには、日本からは村野佑太監督の『ぼくらの7日間戦争』と山崎貴監督の『ルパン三世 THE FIRST』が選出されている。日本でもミニシアターを中心に息の長い上映となった『ロング・ウェイ・ノース 地球のてっぺん』のレミ・シャイエ監督の最新作『Calamity, a Childhood of Martha Jane Cannary(原題)』も選出されている。


この作品は、伝説の女ガンマン、カラミティ・ジェーンの子供時代を描いた作品だ。幼い弟妹たちを養うために子供の頃から働いていた彼女の艱難辛苦を、2Dの美しいアニメーションで描いている。『ロング・ウェイ・ノース』でロシアの少女の血湧き肉躍る大冒険を描いたシャイエ監督が、伝説の女ガンマンの少女時代をどのように描いているのか、気になるところだ。その他、ロシアの巨匠アンドレイ・クルザノフスキーの『The Nose or the Conspiracy of Mavericks(原題)』など気になるタイトルが並んでいる。


 2019年から設立された、革新的な映像表現に取り組む作品を集めたコントラシャン部門には、日本からは岩井澤健治監督の『音楽』、インドネシアとの合作となる『True North』が選出。昨年日本でもスマッシュヒットを記録した中国アニメーション映画『羅小黒戦記』も名を連ねている。


 韓国からは、70年代を舞台にした青春アニメーション映画『Green Days~大切な日の夢~』で知られるアン・ジェフン監督の最新作『The Shaman Sorceress(原題)』も選ばれている。


 そのほか、日本勢では湯浅政明監督の『日本沈没2020』がテレビ部門に、Work in Progressで同じく湯浅監督の長編映画『犬王』、学生部門に金子勲矩監督の『The Balloon Catcher』(2019年度多摩美術大学大学院修了制作)も選ばれている。


 また、日本でも大ヒットを記録した『アナと雪の女王2』のメイキング公開などもあり、ファンには嬉しい企画だ。ニック・パークの人気作『チキン・ラン』のメイキング公開もあり、アニメーション製作を志す人はおおいに勉強になるだろう。


 そして、著名クリエイターの登壇企画であるマスタークラスでは、『ヒックとドラゴン』シリーズのディーン・デュボア監督の登壇も6月18日17時(現地時間)から予定されている。


・オンラインで映画祭の祝祭空間を再現可能か
 今年のアヌシー国際アニメーション映画祭は史上初のオンライン開催となった。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、多くの映画祭がオンライン開催、または中止を発表しているが、はたしてオンラインでの映画祭開催は新たな潮流を生むだろうか。


 そもそも、映画祭とは世界の映画産業において、どのような役割を果たしてきたのだろうか。世界には大小様々な映画祭があるが、アヌシーやカンヌのような巨大な映画祭は、芸術性の評価以外にビジネスサイドのマッチングの場としての機能も重要視される。アヌシーの見本市MIFAは世界で最も大きいアニメーションビジネスの場でもあり、毎年ここで多くの作品の売買が行われ、新たな企画にスポットが当てられる。この見本市もオンラインでの開催となるが、リアルな場と同様に機能するのかどうかは、正直誰もがやってみないとわからないだろう。


 映画作品の売買は、必ずしも対面でのやり取りを必要とするわけではなく、映画祭以外でも日々活発に行われている。しかし、映画祭には有力な作品、買い手と売り手、そしてメディアが一堂に会するからこそ、見本市としての機能が効果を生む。そこに特別な出会いと情報があるからこそ、多くの人が利用するのであって、オンラインで同様の出会いを創出できるかがポイントだ。


 そして、そうした場ではオフレコの情報や、非公開の情報も交わされる。まだ世に出ていない作品の売買をする時は厳格な情報管理が必須だが、オンラインで情報の秘匿をきちんとできるのかも課題となるだろう。


 製作会社や配給会社は自社の作品を売り込むために、脚本やパイロット版などを持ち込むわけだが、買付交渉の希望者にはホテルに来てもらって、その場でのみ脚本や映像を観てもらうというやり方をしたりもする。オンラインで同様のやり方ができるとは思えない。


 そして、一般参加者にとっての映画祭は、特別な祝祭空間である。その映画祭でしか味わえない特別な鑑賞体験、高揚感をオンラインで味わうことができるかどうかは不透明だ。映画祭は文字通り映画の祭りで、映画人にとってのハレとケの「ハレ(非日常)」の舞台だ。対して、オンラインと多くの人にとって日常空間であり、現代人にとって代表的な「ケ(日常)」の空間だ。アヌシーに限らず全ての映画祭に言えることだが、ハレ空間をいかにオンラインに創出できるのかがオンライン映画祭の成否を決めることになるだろう。 (文=杉本穂高)