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“悪役令嬢もの”はアニメでも一大ジャンルへと成長するか? 『はめふら』に見るTVアニメの変化

2020年06月13日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(c)山口悟・一迅社/はめふら製作委員会

 インターネットの発達と共に、アニメ業界も大きな変化を遂げている。Netflixなどの定額制動画配信サービスによってTVアニメが全世界でほぼリアルタイムで楽しめるようになり、YouTubeでは無料で放送されているアニメシリーズも登場しているほか、個人製作の短編アニメ作品を流すことも可能となり、誰でも気軽に発表することができるようになった。また原作ものを扱うことが多い日本のTVアニメにおいて、ネット小説の流行により新しいジャンルが流行の兆しを見せている。今回は『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(以下『はめふら』)から、TVアニメの変化について考えていきたい。


 日本のTVアニメは『鉄腕アトム』の時代から、原作となる漫画作品の知名度向上や、おもちゃメーカーの製作するグッズの販促としての側面があった。近年はおもちゃやソフトが売れづらい時代と言われているものの、『鬼滅の刃』の社会現象とも言える大ヒットのきっかけとなったのが、 アニメスタジオufotableによるTVアニメ化であるように、知名度向上と原作の販売促進に向けていまだ大きな役割を果たしている。TVアニメは時代を経るにつれて漫画やおもちゃメーカーのみならず、ライトノベルやTVゲームなど、多くの媒体の作品を原作としてアニメ化を果たしてきた。


 その中で近年注目を集めるのがネット小説であり、特に投稿サイト『小説家になろう』で人気を集めた作品、通称“なろう系”のアニメ化が相次いでいる。特に現代社会で暮らしていた一般人が、異世界に転生してファンタジー世界で生活や戦闘を行う、通称“異世界転生系”は一大ジャンルと呼べるほどの人気を集めている。チート級の能力を得たり、前世の記憶などでその世界では特異な知識を有していたり、あるいはモテモテとなりハーレムを生み出すなどのおなじみのパターンがある作品が多い。


 一方で、なろう系にも変化が生まれている。もともとネットの投稿サイト内のことであり、誰でも自由に投稿できるので流行の波を追うのが難しいのだが、2011年に連載が開始された『薬屋のひとりごと』は『次にくるマンガ大賞 2019』にて1位を受賞するなど、注目度を上げている。この作品は異世界転生ものでもなければ、ハーレムを形成する作品でもない。このように一言でなろう系、あるいはネット発作品と一括りに言っても、非常に多種多様な作品がある。


 その中でも注目を集めるジャンルの1つが“悪役令嬢もの”だ。これは多くの作品で悪役とされてしまいがちな性格の悪い令嬢を主人公にしている。例えるならば、シンデレラを主人公にするのではなく、継母や姉などを主人公に起用するといったところだろうか。もちろん読者が感情移入しやすいように、キャラクターの性格などをより好意的に捉えられるように改変されているのだが、さらになろう系やネット小説特有のゲーム世界を取り入れることで、新たな魅力を発揮している。その代表例となるのが『はめふら』だ。


 公爵家の一人娘のカタリナ・クラエスはわがまま放題に暮らしていたが、ある日石で頭を強打した衝撃で自分の前世の記憶を思い出す。カタリナがいる世界は、前世でプレイしたゲームFORTUNE・LOVERSの世界であり、このままでは自分は主人公に敵対する悪役令嬢として国外追放などの破滅を迎えてしまう。それを回避するために、日々努力を重ねていくという物語だ。


 今作は女性向けの恋愛ゲームの定型を下敷きにしている。物語の展開であったり、あるいは恋愛対象となる男性陣も王道の王子様タイプ、野性味のある王子様タイプ、義理の弟などであり、また声優も蒼井翔太、鈴木達央などの女性向けゲームのヒーロー像を演じる機会が多い男性たちを起用している。これらの特徴から、本作がゲーム世界であるということをより強調しており、異世界転生系の文脈にある作品であるのは間違いない。


 本作は女性向けゲームの定型を使っており、ノベル化の際には女性向けライトノベルレーベルの一迅社文庫アイリスから発売されている。元々悪役令嬢ものは女性向け作品が多いとされているが、本作は男女の垣根なく多くの人に受け入れられている印象がある。これは前世の記憶を取り戻したカタリナの快活な魅力や、男女問わずに魅了していきハーレムを築き上げながらも、自身は一切そのことに気がつかない朴念仁キャラクターであること、そしてそれにやきもきする多くのキャラクターたちが自分の思いに気がついてもらおうと奮闘する姿がラブコメとして面白く、性別を超えて受け入れられているのだろう。


 それと同時に本作は重要な社会性も込められている。“決められた運命から抗う”といったテーマであったり、あるいは貴族らしい振る舞いを要求されてもそこから外れるカタリナの姿は、現代の物語が描く女性像にも近い。また男女問わずに魅了していく姿からは、ジェンダーフリーの様相も感じられる。これらが意図的か、あるいは無意識かは判断が難しいものの、現代的な物語としてのメッセージ性も獲得しているように感じられた。


 ともすればなろう系というのは、アニメファンからも少し奇異な眼差しを向けられることもある。あまりにも膨大な作品数があるがゆえに、一部の目立つ部分のみがすべてのように思われてしまうケースもあるだろう。しかし、『はめふら』のような作品が注目されることで新たなジャンルが生まれていき、それが大きなムーブメントを呼ぶ可能性もある。ネット文化が生んだ新たなる物語のジャンルということもあり、その動向から目が離せない。


■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。