2020年06月12日 12:11 弁護士ドットコム
性犯罪で有罪判決が確定した人に対して、GPSの装着義務付けが検討されることになった。政府がまとめた性暴力対策を強化する案に盛り込まれ、政府が7月に取りまとめる「骨太の方針」に反映される方針という。
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性犯罪の再犯防止のため、有罪となった人に対するGPSの装着義務付けは、アメリカやヨーロッパ、韓国などで導入されている。一方で、プライバシーなど人権侵害や社会復帰の阻害を懸念する声もある。
国内では、宮城県が2011年に性犯罪の前歴者やDV加害者に対して、GPSの携帯を義務付ける条例制定を検討したことがあった。県内に限り、県警が行動をチェックするというものだが、人権侵害となるおそれが指摘されて見送りとなっていた。
ほかにも、2018年5月に新潟市で小学2年の女の子が殺害され、線路に遺棄された事件を受け、新潟県議会は同年7月、性犯罪者にGPSを利用した監視の検討を国に対して求める意見書を可決。GPS義務付けはたびたび、議論されてきた。
性犯罪者にGPS装着を義務付けることは、現行法で可能なのだろうか。また、課題はないのだろうか。秋山直人弁護士に聞いた。
「性犯罪で有罪判決を受けた人に対して、GPSの装着を義務付けて監視することは、対象者のプライバシーや行動の自由を制約するものであり、現行法では、刑法や更生保護法などに、これを強制する法的根拠はありません。
したがって、性犯罪者の再犯防止などが目的であっても、そのような施策をおこなうのであれば、立法措置が必要です」
海外ではどのように運用されているのか。
「たとえば韓国では、2008年9月1日から『特定性暴力犯罪者に対する位置追跡電子装置装着に関する法律』が施行されています。次のような複数の法制度が採用されています。
(1)性犯罪者の刑事裁判において、刑罰とは別に、いわゆる保安処分として、裁判所が10年以下の『電子監視命令』を宣告する (2)性犯罪者の刑事裁判において、保護観察付執行猶予の判決を言い渡すときに、保護観察に伴う遵守事項の履行の有無の確認のため、電子監視を命ずる (3)懲役刑で有罪が確定し、刑に処せられた後、保護観察付仮釈放が認められる者に対して、保護観察委員会が、刑罰の執行における付随処分として電子監視をおこなう
たとえば、(1)については、裁判所が、『懲役5年、電子監視命令3年』のような判決および電子監視命令を言い渡すとともに、遵守事項として、夜間など特定時間帯の外出制限、特定地域・場所(小学校、保育所の周辺等)への立入禁止、被害者等特定人への接近禁止、性暴力治療プログラムの受講等もあわせて言い渡し、遵守事項の遵守をチェックする手段として電子監視を命ずるという制度になっています。
ソウル保護観察所に中央管制センターが置かれ、対象者の位置情報が衛星を通じてセンターへ送信され、立入禁止区域に侵入したりすると、リアルタイムで全国の保護観察所の担当監察官の携帯端末に情報が送信されるそうです。
今回の報道を見る限り、政府が現時点で検討しているのは、(2)の保護観察付執行猶予判決を受けた者や、(3)懲役刑で有罪が確定し、刑に処せられた後、保護観察付仮釈放が認められる者に対して、GPS装着を義務付ける制度であるような印象です。
ただ、GPS装着が対象者のプライバシーや行動の自由を制約する度合いは大きいと考えられますので、裁判所の関与なしに、たとえば地方更生保護委員会といった行政機関がGPS装着を命じることができるとする制度設計を取ることには疑問があります」
性犯罪の再犯防止策として、GPS装着義務付けに効果はあるのか。
「GPS装着による電子監視の実効性についてですが、韓国では、制度施行前は性犯罪の再犯率が14.1%であったのに対し、施行後は1.7%と、8分の1以下に減少したとの報道がされています。
韓国では制度施行からすでに10年以上を経過していますので、韓国における再犯防止の効果の有無・程度について、わが国でも、より詳細な情報収集が必要と思われます」
実際には、どのように使われているのだろうか。
「韓国では、対象者の足首に小型ブレスレットタイプのGPS装置を装着し、外出時には、これと、携帯電話のような位置追跡電波発信機を携帯するとともに、対象者の在宅確認と携帯発信器の充電機能を持つ在宅監視装置を自宅に設置することが対象者に求められるそうです。
そのため、対象者は、夏でも長ズボンをはいたり、GPS装置の上から靴下をはいたりすることが多いそうです。24時間常に監視されているという心理的圧迫に苦しめられ、自宅にひきこもりがちになった対象者もいると紹介されています」
人権侵害などの問題はないのだろうか。
「GPS装着は、対象者のプライバシーや行動の自由に対する強度の制約になりますし、対象者やその家族が社会から疎外されたり、社会的差別を受ける危険もあります。実質的な刑罰として、憲法39条後段の『二重処罰の禁止』に該当しないかという問題もあります。
一方で、性犯罪被害の悲惨さ・深刻さや、被害者に与えるダメージの大きさは言うまでもありません。性犯罪者の中には、幼児性愛者を含め、有罪判決を受けた後も性犯罪の再犯を繰り返す者が一定数いることも事実です。立法の根拠となる事実(立法事実)については、具体的なデータ等の裏付けが必要でしょう」
今後、どのような議論が必要か。
「立法事実が認められることを前提に、GPS装着が対象者に及ぼす人権制約についても正面から認識しつつ、再犯防止や仮釈放時の遵守事項遵守の実効性確保などの観点から、GPS装着による電子監視制度の必要性の有無・程度について検討することが必要です。
電子監視制度導入の必要性が高いとした場合には、いかなる機関がいかなる要件・手続のもとでGPS装着等を命ずる制度とすべきかについても具体的な検討を進めるべきと考えます」
【参考文献】 「性犯罪者の釈放と電子監視:韓国における電子監視制度の分析を中心として」(2009年、太田達也著/慶應義塾大学法学研究会)
【取材協力弁護士】
秋山 直人(あきやま・なおと)弁護士
東京大学法学部卒業。2001年に弁護士登録。所属事務所は溜池山王にあり、弁護士3名で構成。不動産関連トラブル、企業法務、原発事故・交通事故等の損害賠償請求等を取り扱っている。
事務所名:たつき総合法律事務所
事務所URL:http://tatsuki-law.com