日本独自の規格である軽自動車の中でも、特に高い人気を集めているのがスーパーハイトワゴンという車種だ。人気ゆえに自動車各社がしのぎを削るジャンルだが、どのクルマが最もよくできているのか。ホンダ、スズキ、ダイハツ工業、日産自動車、三菱自動車工業の現行モデルで考えた。
○背の高い軽自動車を発明したのは?
軽自動車の人気が今日のように背の高い車種一辺倒になったきっかけを作ったのは、1993年にスズキが発売した「ワゴンR」だ。続いてダイハツ工業からは、1995年に「ムーヴ」が誕生。これらをハイトワゴンと呼ぶ。いわば軽自動車のミニバン的な車種だが、ホンダから「オデッセイ」が登場するのは1994年なので、背の高さをいかして室内の利用価値を高めた自動車という発想は、軽自動車のほうが少し早かったといえる。もちろん、ワンボックス車という存在は以前からあったが、その発端は商用バンである。
ハイトワゴンの背をさらに高くしたのが、スーパーハイトワゴン(またはトールワゴン)と位置づけられる車種だ。こちらは2003年のダイハツ「タント」が先だった。同時代の3代目ムーヴより10cm近く天井を高くしたタントが生まれた背景にあったのは、子育て中の親が、車内で幼児の世話をしやすいクルマを作りたいという思いだった。それほど、軽自動車が家族に根差した存在となった証でもある。
スーパーハイトワゴンの車高は1.7mを超えた。したがって、それほど高い速度で運転していなくても、交差点の角を曲がるようなときに、車体がふらつく様子があった。もちろん転倒してしまうことはないが、ガラス面積が大きく、重心の高いクルマであるだけに、ハンドルを切ってクルマが曲がりはじめると、グラッともうひと傾きするような動きに思わず身体を固くするほどだ。
とはいえ、腰を大きく屈めなくても車内で子供の世話をできるのは、親にとってありがたい。また幼児であれば、車内で立つことができるので、乗り降りを1人でできるという利点もある。
タントはまもなく市場を席巻し、あっという間に子育て家族の支持を集めるクルマとなった。スズキも2008年に「パレット」で続いたが、タント人気を追い越すことができず、商品性を見直すとともに、車名を現在の「スペーシア」へと変更した。
○車高の高さと走行安定性の両立がカギに
背の高い軽自動車の人気ぶりを横目で見ていたホンダは2011年、スーパーハイトワゴン「N-BOX」でいよいよ市場参入を果たすことになる。クルマを作るにあたっては軽自動車を開発したことがない技術者を責任者とし、「軽のミニバンを作る」という発想でN-BOXを生み出した。登録車の「ステップワゴン」や「オデッセイ」の価値を軽自動車にもたらそうとした「N-BOX」は、スーパーハイトワゴンとしての位置づけは同じであっても、タントやスペーシアとは違う何かをもたらした。
例えば、前席の着座の高さは、あたかも登録車のミニバンを運転しているかのような位置となっていた。それは、乗った時の視線の違いによってすぐに分かった。後席や荷室の使い勝手も、子育て家族に顧客層を絞った視点ではなく、まさにミニバンと同じように多用途性を与えた内容にした。それらが軽自動車ナンバーワンの販売実績につながり、それが2代目へのモデルチェンジを経た今日も続いているのである。
N-BOX、タント、スペーシアの「スーパーハイトワゴン御三家」に挑んだのが、日産自動車「ルークス」と三菱自動車工業「ekスペース/ekクロス スペース」だ。
この2台は、日産と三菱自が50:50で出資する合弁会社NMKVが作ったクルマだ。NMKVは「日産・三菱・軽・ヴィークル」の頭文字を取った社名で、同社では日産と三菱自から出向した人々が商品企画、車両開発を行っている。生産を担当するのは三菱自の工場だ。
NMKVの最初のクルマとなったのは、2013年に発売した日産「デイズ」および三菱自「ekワゴン」だ。これらのクルマは、軽自動車開発の経験がない日産ではなく、三菱自が主導したものだが、2016年には燃費改ざん問題が発覚。2代目は日産が車両開発を主導することになった。
2代目デイズ/ekワゴンの実験を担当したのは、やはり軽自動車の経験のない人物だった。開発に際しては、軽自動車だからと特別な基準に基づくのではなく、これまで登録車で培ってきたクルマ作りを行うとした。ちなみにその実験担当は、「GT-R」や「フェアレディZ」などのスポーツカー開発の経験が豊富な人物である。
こうして誕生した2代目のデイズおよびekワゴン/ekクロスは、背の高いハイトワゴンでありながら走行安定性に優れ、安心して運転できるクルマに仕上がっていた。一方で、安定性を重視したため、乗り心地は若干硬めになった。
実は、N-BOXも初代は安定した運転感覚だったが、乗り心地はやや硬めであった。そこで2代目では乗り心地を重視した開発がなされたが、逆に走行安定性をやや欠くようになっていた。
そんな経験もあったので、ハイトワゴンからスーパーハイトワゴンとなるにあたり、14cmも車高が高くなった日産「ルークス」と三菱自「ekスペース/ekクロス スペース」も、走行安定性と乗り心地の両立に苦労したのではないかと想像した。ところが試乗してみると、走行安定性はデイズやekワゴンと変わらず、それでいて乗り心地はさらにしなやかになり、上質でさえあったのだ。
静粛性についても、遮音材や吸音材の採用箇所を増やしたことで、より上級な感覚となった。運転していると、軽自動車であることを忘れさせるほど完成度の高いスーパーハイトワゴンになっていたのである。これには驚いた。加えて、運転支援機構の「プロパイロット」(日産)/マイパイロット(三菱自)」も精度よく機能し、高速道路で楽に運転することができた。
先の日産の実験担当者は、デイズとekワゴンを開発した後も、より背の高いスーパーハイトワゴンを作るに際しては「手を抜かないどころか、さらに進化させる」と話していた。それを体感したのである。
こうなると、改めて登録車に乗る意味が問われることになる。軽自動車であることを忘れさせる安心の運転感覚と上質な乗り心地。それは、特にターボエンジン車で顕著だ。スーパーハイトワゴンであれば、室内空間の広さも4人乗りのクルマとして十分だ。なおかつ軽自動車であれば、税金や高速道路料金なども登録車に比べ割安になる。
そしてルークスとekスペース/ekクロス スペースは、スーパーハイトワゴンでほかのどのメーカーも実現できていなかった、走行安定性と快適な乗り心地の両立を実現したのである。
○スーパーハイトワゴンのナンバーワンは?
今は軽自動車全体としてもN-BOXが販売台数の1位に君臨している。しかし、現行の2代目N-BOXとなってからは走行安定性に不安が残るし、ハンドル調整にテレスコピック(ハンドルの位置を前後方向で調整できる機構)を装備していないため、ペダル操作が窮屈になり、踏みそこないの懸念がある。実際、私も何度か踏み損ないそうになった。
タントは4代目となり、さらに熟成が進んだものの、やはり走行安定性に不安を見せるところがある。
その点、スペーシアはスーパーハイトワゴン御三家でもっとも総合性能の高い車種だった。だが、ルークスとekスペース/ekクロス スペースのように、安定性と乗り心地の調和に加え上質さまで覚えさせ、軽自動車であることを忘れさせるほどではない。
ということで、スーパーハイトワゴンでもっとも優れているクルマを選ぶとすれば、それはルークスおよびekスペースekクロス スペースということになる。
もちろん、あとから開発されたクルマがより進化しているのは当然といえる。しかし、長年にわたりハイトワゴンやスーパーハイトワゴンを作り続けてきたスズキとダイハツがルークスらに近づけていないのは、軽自動車を中心としたメーカーであるだけに、性能目標を「軽の基準」としているからなのではないだろうか。N-BOXについては、初代があまりに人気を得たので、2代目へのモデルチェンジは失敗を恐れてキープコンセプトにとどまり、弱点を修正しただけで、このクルマの収益性を維持しようとしたようにも感じられる。
軽自動車も登録車も、消費者が乗るクルマとして違いはない。そんな視点で最良のクルマを開発しようとした日産の心意気が、スーパーハイトワゴンで一番の仕上がりをもたらしたのだと思う。唯一の残念な点は、ほかのスーパーハイトワゴン同様、ハンドル調整機構のテレスコピックを省いた点だ。これによって、正しい運転姿勢は取りにくくなっている。
○著者情報:御堀直嗣(ミホリ・ナオツグ)
1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。(御堀直嗣)