2020年06月10日 11:31 弁護士ドットコム
保育中の子どもにわいせつな行為をしたとして、保育士の資格を持つ男性シッターが今年4月、強制わいせつの容疑で逮捕された。この事件は、シッターと利用者をマッチングするアプリ「キッズライン」の利用中に起きたと報道されたことから、アプリを使っている保護者たちに衝撃が走った。
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報道を受けて、アプリ運営会社のキッズラインは5月3日、シッターの登録時には、実施している経歴のチェックを登録後も定期的に運用するなど、再発防止策を発表。さらに、専門家との協議を経て、追加の対策として6月4日、男性シッターによるサポートを一時的に全面停止する措置に踏み切った。
この突然の措置に対して、男性シッターや利用してきた保護者には困惑が広がっている。キッズライン側は「一時的」と説明するが、キッズラインを通じての依頼で生活収入を得てきた男性シッターにとっては大きな痛手にもなる。
キッズラインは、プラットフォームビジネスとして成長してきた。キッズラインと保護者等、キッズラインと保育者、保護者等と保育士の三者契約により成り立つビジネスモデルで、保育業界に新風を吹き込んだ。それだけに、今回の事件やその対応は影響が大きい。
性差別問題や労務問題にくわしい鈴木朋絵弁護士は、男性シッターに対する一方的な停止について、「キッズラインが正当理由なしに男性シッターとの契約に基づくサイト上の各種サービス提供債務を一方的に停止したものであり、契約違反にあたる可能性があります」と指摘する。
これに対し、キッズラインは弁護士ドットコムニュースの取材に、「弁護士との間で協議を重ね、様々な 視点から検討をしてもらった上、法的に問題がない旨の回答を得てからとった措置」としている。
一体、どのような問題が指摘されているのだろうか?
キッズラインは「24時間スマホでかんたんに呼べる」という触れ込みで知られる。リーズナブルな価格で、急な依頼にも応じてくれるベビーシッターを探せるサービスは、働く保護者にとって「頼みの綱」だ。
キッズラインは男性シッターの一時停止について、次のように公式サイトで説明している。
「弊社としましては、国や自治体との性犯罪データベースの共有が実現することや、安全性に関する充分な仕組みが構築されるまで、また、専門家から性犯罪が男性により発生する傾向が高いことを指摘されたことなどを鑑み、男性サポーターのサポート(家事代行を除く)を一時停止することといたしました」
「弊社のベビーシッターはほとんど全ての方が高い評価を受け、創業依頼100万件を超える依頼を受け運営してまいりましたが、一部風評が広がってしまっていることも誠に遺憾で、サポーターの皆様にも安心して活動していただけるよう、またお客様にも安全安心でご利用いただけるよう断腸の思いで一時停止させていただきます」
しかし、この突然の措置に保護者には戸惑いも広がる。
キッズラインによる発表直後の週末、首都圏のある家庭では、小さな女の子と遊ぶ男性シッターの姿があった。男性シッターを依頼したのは、会社員の40代女性。夫婦ともに週末に勤務が重なる日があり、2018年秋から2カ月に1回程度、キッズラインを利用してきた。
新型コロナによって在宅勤務になり、保育園も休園となってからは、週2回と頻度は高くなっている。女性はキッズラインを利用する理由をこう話す。
「指定の日に確実にベビーシッターがみつかるサービスは競合他社ではありません。登録シッターの数、これまでの経験数などが一覧で閲覧できる網羅性などは、他社と比べてもあきらかにこちらが優れています。
時給単価が高く、都内などの地域限定のシッター派遣会社は都内に住んでいないため利用できず、現実的な選択肢としては今後もここ以外にないです」
これまで依頼したシッターは満足がいく質で、不快な思いをしたことはないという。
女性はキッズラインで起きた強制わいせつ事件をどう受け止めているのだろうか。
「正直、ショックでしたし、怖いと思いました。保育士有資格者の犯行ということも衝撃でしたが、これだけたくさんの人が登録している中、問題のある人が混じっているリスクも改めて実感しました。
さらに言えば、登録したばかりで本人の素性がこれまでの実績・評価など判断される機会がなかったことも、事件を防げなかった理由だと思いました」
強制わいせつの疑いで逮捕された男性シッターは、2019年7月にキッズラインに登録。同11月には容疑の犯行があり、保護者からの訴えで発覚した。しかし、キッズラインが正式にこれを公表したのは、今年5月だった。
「この件では、キッズラインの運営側の対応には大いに不信感を持ちました。ネット上で事件の噂が出た当時も、『事実確認ができなかった』という説明を、アプリでも公式サイトのトップページからでも到底、発掘できない深部にしか書いてませんでした。明らかに責任逃れとしか思えない対応でした」
それでも、女性はこの週末、男性シッターへの依頼を取り消さなかった。
「今回、お願いした男性シッターへの依頼は、これまでに2回だけですが、親や女性シッターさんではできないような体力の必要な、長時間の運動などに進んで取り組んでくださる方です。子どもも大変なついており、今後も継続してお願いする予定でした」
そこへ突然、知らされた男性シッターの停止。女性はキッズラインに対して、憤りを隠さない。
「短絡的な措置だと思います。どのような専門家の助言かわかりませんが、運営としての対応には決定的に不信感を持ちました。今後、女性保育士による犯罪が起きた場合、どのような対応をするつもりなのでしょうか?
キッズラインは契約の際に毎回『個別契約にはシッター利用者双方に高額罰金および永久追放』という警告が表示される仕様です。運営側に支払われる手数料もシッティング料金総額の23%と決して安い金額ではありません。金額並みの本部運営の仕事をしてもらいたいと強く思います」
キッズラインは再発防止の対策を公表しているが、女性はこれでも足りないという。
「たとえば、問題のありそうなシッターを排除するということが、登録時の犯罪者履歴を確認できないという理由で難しいのであれば、登録したばかりのシッターは、ある程度評価がつくまでは監視体制におく、保育士登録があるのであれば、前勤務先などに評価を確認する、などのことはしてほしいです。
また、保護者が『満点の評価』以外をつけづらいというUI(ユーザーインタフェース)も、改善してもらいたいです。現在は、デフォルトが満点状態で、自分がつけた評価は相手にわかるような仕様です。これでは、評価コメントを信頼できません。
せめて、評価した人がわからないような仕様にしてもらわないと、低評価にしたくても、すでに自宅がわかっているために、シッターさんから嫌がらせを受けるのではという恐怖で本当のことは書けないという実態もあります」
キッズラインは「万が一違法行為などのトラブルが発生した場合は、早期にアカウント停止他の措置を実施いたします」といった指針「安全10箇条」を設けているが、これについても女性の目は厳しい。
「トラブルが発生してからの対応が中心になっているような気がします。しかし、シッティングでもキッズライン側から電話等でシッターに業務報告や連絡を求めることはできると思います。
もっと言えば、希望する保護者には、ネットワークカメラ等を貸し出してシッターに持たせ、映像を保護者やキッズライン側に共有させるなどの対策も可能です。ところが、安全10箇条には保育をリアルタイムでチェックするなどの対策は一切、含まれません。
今はキッズラインを利用していますが、有力な競合他者が現れればあっという間に信頼を失うサービスかと思います」
女性が依頼している男性シッターも、キッズラインが利用を再開したとしても、登録を継続するかはわからないという。
また、今回の措置に法的問題はないのだろうか。鈴木弁護士は、キッズラインの利用規約( https://kidsline.me/help/contract_usage )をひもとき、次のように指摘する。
「キッズラインに登録した男性シッター全員に対し、性別を理由に一律にキッズラインサイトでの『サポートサービスの提供』『を行う機会の提供』(第1条)を停止していますが、男性であることは、利用契約第4条第8項で例示的に挙げられているサイト利用停止・機能制限事由と同等の具体的な事由には該当しないと考えられます。
また、キッズラインの今回の対応は、デジタル空間で構築されたシッター関連の取引市場から、男性シッターを性別のみを理由として一律に排除しています。これはキッズラインが正当理由なしに男性シッターとの契約に基づくサイト上の『サポートサービス提供機会の提供債務』を一方的に停止したものであり、契約に違反する可能性があります。もしも当初から利用規約に性別による契約拒否や利用停止などの条項が入っていれば、民法90条の公序良俗違反にあたりえます」
さらには、独占禁止法にも抵触する可能性があるという。
「個々のシッターとキッズラインとの間には、情報の非対称性(情報の質や量の格差や交渉力の格差)があり、契約内容自体も『利用規約』のかたちで最初から一方的にキッズラインによって決められています。このような中で、性別を理由とする利用停止は、独占禁止法が禁止する優越的地位の濫用規制(2条9項5号)違反の問題にもなります。
性犯罪防止という理由はもっともらしく聞こえますが、これは個別具体的な事件性もない以上、性別を理由とする不合理な差別です。労働契約ではなくても、プラットフォームビジネスにより取引空間を支配するキッズラインと一保育士の間には大きな力の格差があり、保護されるべきです」
【質問1】
今回の措置について、「一部風評が広がってしまっていることも誠に遺憾で、サポーターの皆様にも安心して活動していただけるよう、またお客様にも安全安心でご利用いただけるよう断腸の思いで一時停止させていただきます」と理由を挙げていらっしゃいます。「一部風評」とは具体的にどのようなものだったのでしょうか?
【回答】
まず、今回は皆様をお騒がせしてしまい誠に申し訳ございません。弊社としましては、お子さまへの性犯罪を徹底的に防止する対策として、一時的に措置を講じさせていただきました。
なお、本回答は、弊社顧問弁護士に相談の上、内容を精査した上でのものです。また、男性サポーターの一時停止に関しましては、上記弁護士との間で協議を重ね、様々な視点から検討をしてもらった上、法的に問題がない旨の回答を得てからとった措置となっていますことを最初に申し上げておきます。
今回の判断に至った経緯を記載させていただきます。判断に至るきっかけとしましては、去年11月中旬に橋本容疑者の事件の発覚が非常に大きいです。
橋本氏は、保育士免許を取得しており、複数の保育園でも勤務経験があり、弊社での面接や研修の印象もとてもよく、弊社内で行っていた企業でできうる犯罪歴チェックにおいては問題がありませんでした。また、その活動に関しては、お客様からの口コミの評判もよく、リピート率も高かったです。弊社には橋本氏に関するクレームや疑問の声が寄せられることもありませんでした。
しかし、去年11月中旬に橋本氏に警察の捜査が入ったことを受けて、弊社は橋本氏の持っている予約を全て停止し、お客様には新しいサポーターを紹介し、橋本氏の契約および登録を一切解除しました。
キッズライン内で被害が広がることはございませんでしたが、その後、4月に逮捕されるまで、2020年1月には、NPOのボランティア活動中、小学5年(当時)の男児に対して強制性交に及んだ容疑で神奈川県警に逮捕されるなど、弊社とのつながりを断ち切った後も、短期間で複数回の性犯罪逮捕事案が発生したということで、弊社としてはサポート体制の強化を目指し24時間受付体制の構築を行い、登録時に実施していたサポーターの経歴チェックを、更に登録後も定期的に実施する運用に変更する等の対策を講じました。さらに「お子様の性被害の防止」を目的として、様々な専門家と検討を始めました。
その結果、少なくとも現状においては、様々な面接や研修、そこにおける審査等登録の過程で、小児性愛の資質を見抜くことは難しいことが判明しました。
例えば、橋本容疑者のように、たとえ保育資格を持っていて保育園の勤務経験があっても、面接をしても大変評価が高く、キッズラインで活動中も、お客様からの評価のフィードバックの段階でも、マイナスの評価がございませんでした。小児性愛であることや、それに基づく性犯罪発生の可能性は、一般的な保育の適性に関する審査の過程で「見抜く」ことは、極めて困難であることを痛感しました。
現段階の日本では、犯罪データベースの共有がプライバシー保護の問題からすぐには実現が難しいこと、また、調査の結果、小児に対する性犯罪はほとんどが男性によるもので、女性による犯行はほとんどないこと、性被害が報告されること自体が非常に少ないことにも起因して、小児性愛は常習者が多く、再犯率も非常に高いこと(性犯罪防止クリニック取材の斉藤章佳氏記載「小児性愛という病」)及び、実際に相談した専門家からも同様の回答を得ていることより、お子様の安全を最優先して、次善の策として、このような苦渋の一時的措置の判断をいたしました。
現在、キッズラインに登録するシッターは全て、面接や研修を経て、各自治体に届出をしてから活動しております。また、自治体は犯罪歴を保有しておりますので、弊社としては自治体に登録しているシッターデータを犯罪歴のデータベースに基づいてチェックし、過去に犯罪歴のあるシッター、逮捕歴のあるシッターを保育現場で活動できないようにしてほしいと強く要望しています。
弊社としては
1)性犯罪データベースの共有が日本でもできること
2)弊社登録の際に、小児性愛の資質を見抜くテスト等ができること
3)監視カメラなど徹底的な第3者の目を入れること
それにより、男性サポーターも親も安心して利用できることを目指しています。
→「一部風評」に関しまして、
一部報道では、その人物には同種の前科があった(弊社では登録時に犯罪経歴チェックを行っており、また、実際には前科があったとは認められていません)にもかかわらず当社の審査がずさんで、保育士の資格さえあれば誰でも合格している(実際には様々の角度での厳重な審査をしていました)などと事実と異なる認識が広がっていることを指しております。弊社は安全安心10箇条に基づいて運営しております。 https://kidsline.me/about/safety
また、リリース後のことではありますが、お子様の安全性を最優先して「一部、一時の停止」とさせていただいておりますが「男性の締め出し」「男女差別」という受け取り方に終始しているものが多く、誠に遺憾です。
なお、全ての男性サポーター様へ連絡し、趣旨を説明しております。もちろん、残念がられる声もありますが、多くの方がお子様の安全を優先しての弊社の一時的措置に対し、ご理解いただいています」
【質問2】
今回の措置について、「法的観点より弁護士、労働基準局などの相談も踏まえ判断させていただきました」とご説明されていらっしゃいます。男性シッターという性別に区切っての利用停止は、どのような法律もしくは、契約・利用規約の条項に基づくものでしょうか?
【回答】
「サポーターとキッズラインの間に適用されるサービス利用規約に基づく措置です。なお、弊社に登録するシッターは全て個人事業主です。
また、弁護士からも本件措置に関して法的な問題は一切ないとの回答を得ております」
【質問3】
今回の措置で、収入が減ってしまう男性シッターも多いかと思います。「ご活動いただいているサポーターの皆様は個人事業主ではありますが、弊社といたしましては、最大限補償して参る所存です」とありますが、具体的にどの程度の補償をお考えでしょうか?
【回答】
「ご活動いただいているサポーターの皆様は個人事業主ではありますが、告知から30日間は当初予定されていた報酬を補償いたしております。男性サポーターの皆さまには、今回の一時停止につきご理解いただけるよう丁寧に説明しているところです。また、過去にご利用されており継続を希望されるご家族の方には引き続きご利用いただけるよう個別対処しております。
改めまして、今回の決断は、お子様の安全性を最優先した結果、安全な仕組みが構築されるまでの一時見直しとしております。また、一般のお客様からも、橋本氏の事件をきっかけに「自分の子供が何かあったらどうしたらいいか」の不安の声が広がっていますので、男性サポーターにも風評被害が起きかねない状況です。
東京労働局雇用環境均等部によると、個人事業主という扱いの中で、仲介業者にあたる会社が性別の仕切りを設けることは可能であるとの回答を得ております。
性犯罪データベースの共有が日本でも実現し、働く方もご利用者様も、みなさんが安心してご利用できるよう、何よりもお子様の安全を最優先した結果の、一時停止という苦渋の判断であることをご理解いただけますと幸いです。日本にも性犯罪データベースの共有が実現できること、反抗できない幼児への性犯罪の撲滅に向けて、行政にも働きかけ、最大限努力して参りますので、何とぞよろしくお願いいたします」
【UPDATE】キッズラインからの回答を追加しました。それに伴い、タイトルと本文の一部を変更しています(2020年6月10日15時40分)