軽スーパーハイトワゴンの日産自動車「ルークス」と三菱自動車工業「ekクロス スペース」に試乗してきた。これらのクルマはハイトワゴン「デイズ」および「ekワゴン/ekクロス」をベースとしているので、ただ単に車高が高くなっただけの存在と思われがちかもしれないが、それは誤りだ。乗ってみると、クルマとしての進化を実感することができた。
○スーパーハイトワゴン御三家に挑む2台
軽自動車人気を牽引しているのはスーパーハイトワゴン(またはトールワゴン)と呼ばれる車種だ。ホンダ「N-BOX」は軽自動車販売で5年連続の1位を獲得。2019年度のランキングでは同じくスーパーハイトワゴンのダイハツ工業「タント」が2位、スズキ「スペーシア」が3位に食い込んだ。
この「スーパーハイトワゴン御三家」に挑むのが、日産「ルークス」と三菱自動車「ekスペース」(およびekクロス スペース)だ。ルークスとekスペースを並べて語る理由は、車名や外観の造形などに各メーカーの特徴があらわれているものの、基本的には「NMKV」という会社が作る同じクルマであるからだ。
NMKVは日産と三菱自動車が50%ずつを出資する軽自動車専門の合弁会社。社名は「日産・三菱・軽・ヴィークル」の頭文字だ。ここへ日産と三菱自動車から社員が出向し、商品企画、開発、生産を行っている。
NMKVが作った最初のクルマは、2013年に誕生したハイトワゴンの日産「デイズ」/三菱「ekワゴン」だ。これらのクルマには2016年の燃費改ざん問題で綾がついたが、そこから心機一転したNMKVが生み出したのが、現行のデイズおよびekワゴン/ekクロスである。
今回試乗した日産ルークスと三菱ekクロス スペースは、ベースとなっているデイズおよびekワゴン/ekクロスの車高をさらに14cm(デイズとルークスの2輪駆動車比較)高くしたスーパーハイトワゴンである。これによって車両全高は1.78mとなり、身長1.66mの私の背を超えた。室内の天井の高さは1.4mある。
スーパーハイトワゴンは、ダイハツがタントで世に提供した軽自動車の新しい価値であり、子育て家族が幼児などの世話を車内でしやすいクルマとして生まれた。そこへスズキがスペーシア(当初はパレット)で参入し、ホンダのN-BOXが加わって、一気に人気を広げたのである。
しかし、車両の全長が3.4m、全幅が1.48mと限定された軽自動車規格の車体寸法で、車高だけを高くしていけば重心が高くなり、走りが不安定になりかねない。室内の広さを優先するか、走行安定性を優先するか。二律背反する性能の調和に悩む車種なのである。
○「GT-R」開発者のチェックをパスした軽自動車
先代のデイズおよびekワゴンは三菱自動車が開発を主導したが、NMKVの船出に痛手となった燃費改ざん問題からの再起をかけ、現行の日産デイズと三菱ekワゴンからは日産の開発者がNMKVに出向し、開発を担うことになった。開発の工程を管理し、性能を評価する実験担当の責任者は、かつて「GT-R」や「フェアレディZ」の開発をしてきた熟練者だ。ただし、軽自動車の開発は初めての経験である。
前出の担当者は「軽自動車を学ぶことから始めた」と語るが、開発の過程で信条としたのは、軽自動車だからといって特別な基準を定めるのではなく、クルマとして、登録車と変わらぬ性能を追求することであったという。そこから生まれたのが、現行のデイズとekワゴン/ekクロスだ。このクルマをベースとするのがルークスおよびekスペース/ekクロス なのだが、試乗して驚いたのは、デイズとekワゴンからさらに進化した操縦安定性と乗り心地の調和であった。
ハイトワゴンとはいえ、デイズもekワゴンも車体の全高は1.6mを超える。一般的な軽自動車の車高が1.5mほどだから、十分に背は高い。ことに高速道路で横風にあうと、ハイトワゴンでもふらつきやすくなる。それを登録車と同じように安定させようとすると、クルマが傾きにくいようにするため、乗り心地はやや硬くなりがちだ。デイズ/ekワゴンにも、そうしたところがあった。
ところが、それよりさらに背の高いルークスとekクロス スペースは、直進はもとより、カーブを含めて、デイズおよびekワゴンと遜色ない安定性を示したばかりでなく、乗り心地では圧倒的に優れていた。その乗り味は大変しなやかで、登録車の上級車種といえるほど上質だ。また、静粛性も一段向上している。
こういった乗り味を実現するため、ルークスとekクロス スペースでは、サスペンションにスタビライザーと登録車並みに容量を増やしたダンパーを装備したという。快適性を向上させるため、エンジンと客室の間の遮音材や吸音材はデイズおよびekワゴンよりも増やしてあるとも。
軽自動車は販売価格を抑えることが商品企画の要件の1つであり、部品はできるだけ安く調達するのが原則だ。しかし、ルークスとekクロス スペースでは、走行性能の高さにこだわり、原価を視野に入れながらも機能を優先した開発の成果を、明らかに体感することができたのであった。
○軽とは感じさせない軽自動車
エンジンは軽自動車で規定されている排気量660ccの3気筒で、自然吸気(NA=ナチュラル・アスピレーション)とターボチャージャーで過給を行う仕様の2種類から選べる。
自然吸気エンジンの最高出力は52馬力で、最大トルクは60Nmだ。最大トルクには毎分3,600回転で到達する特性で、運転感覚としては不足のない加速をもたらす。自然吸気もターボエンジンも、40Nmのトルクを生み出すモーターをエンジンに組み合わせてあり、ことに出足には、モーターの補助が効いているだろう。
上り坂や都市高速の加速などでは強くアクセルペダルを踏むことになり、そこではややエンジン音が高鳴る。だが、それ以外は軽自動車として十分な動力性能といえる。
ターボエンジンになると64馬力に出力が増え、トルクも100Nmと4割増しになる。その効果は大きく、発進から加速、そして高速道路の運転でも、アクセルの操作はペダルに足を軽くのせている程度で十分な速度に達する。なおかつ、静粛性と乗り心地に優れるため、軽自動車に乗っていることを忘れるほどだ。
これまで、運転している時に軽であることを忘れさせてくれるような軽自動車に出会ったことはなかった。それほど、ターボエンジン車の走行性能と乗り心地は高い水準にある。そして、高速道路では通行料金が軽自動車用に割引になるので、得をしたという気持ちも味わえる。
軽自動車の上級車種は200万円近い車両価格となり、注文装備を加えると登録車を十分に買える金額に達する場合もある。それでも、現在の軽自動車規格の車体寸法は、1960年代の初代日産「サニー」やトヨタ「カローラ」と横幅がほぼ同じで、国内の道路事情に最適かつ手ごろな大きさだ。しかも、上質な乗り味、広々とした室内空間、なおかつ税金を含めた経費の安さを考えれば、高額な軽自動車を選ぶ理由も出てくると、ルークスとekクロススペースに試乗して思ったのである。
○著者情報:御堀直嗣(ミホリ・ナオツグ)
1955年東京都出身。玉川大学工学部機械工学科を卒業後、「FL500」「FJ1600」などのレース参戦を経て、モータージャーナリストに。自動車の技術面から社会との関わりまで、幅広く執筆している。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。電気自動車の普及を考える市民団体「日本EVクラブ」副代表を務める。著書に「スバル デザイン」「マツダスカイアクティブエンジンの開発」など。(御堀直嗣)