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『鬼滅の刃』に通じる名作漫画を再読ーー『犬夜叉』『るろうに剣心』『鋼の錬金術師』

2020年06月08日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 社会現象を巻き起こした吾峠呼世晴の『鬼滅の刃』は5月、人気絶頂の中で最終回を迎えた。2016年から『週刊少年ジャンプ』で連載されてきた本作は、2019年4月のアニメ化をきっかけに大ブレイクし、シリーズの累計は6000万部を突破する。今や国民的漫画といえる知名度を獲得し、老若男女を魅了する『鬼滅の刃』の勢いは、まだまだ止まりそうにない。


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 『鬼滅の刃』の舞台となるのは大正時代。竈門家の長男炭治郎の外出中に人喰い鬼が家族を惨殺し、妹の禰豆子は一命を取りとめるも鬼と化していた。大切な妹を人間に戻すため、炭治郎は鬼を滅する「鬼殺隊」に入隊し、人喰い鬼の原種にして首魁・鬼舞辻無惨を倒す戦いに身を投じる。『鬼滅の刃』は刀を武器にした少年漫画らしいバトルを描く一方で、主要キャラや人気キャラが容赦なく死亡するという、シビアかつハードな展開を貫いた。『週刊少年ジャンプ』の伝統を引き継いだうえで、そのセオリーを打ち破り、革新的なカラーを生み出した『鬼滅の刃』は、今日の少年漫画の最前線を疾走し続けた作品である。


 劇場映画の公開や、スピンオフ作品の連載決定、そしてコミックス刊行など、『鬼滅の刃』の展開は今後も続いていく。とはいえ、毎週追いかけていた本編が終了したことで、“鬼滅ロス”に陥っている読者も少なくはないだろう。今回はそんな人のために、先行する少年漫画作品から、『鬼滅の刃』にも相通じる要素を多分に備え、かつ漫画というエンターテインメントの可能性を存分にみせてきたタイトルをいくつか紹介してゆきたい。


 あらためてそれらの作品を味わいながら、その系譜の最新系でもあった『鬼滅の刃』の魅力のありかを再確認するきっかけになれば幸いである。


■『犬夜叉』ーー和風な世界観と人にあらざるものとの戦い


 まずは、和風な世界観と、人にあらざるものとの戦いを描いた作品という観点から、高橋留美子の『犬夜叉』を取り上げる。1996年から2008年まで『週刊少年サンデー』に連載された『犬夜叉』は、現代から戦国時代にタイムスリップした中学生のかごめが、半分人間の血が混ざった半妖の犬夜叉と出会い、強大な力を持つ「四魂の玉」をめぐる戦いに巻き込まれていく物語である。


 高橋留美子の作風は、『うる星やつら』などのドタバタラブコメから、シリアス路線の『人魚の森』まで幅広い。シリアスの系譜に属する『犬夜叉』は、人に害をなす妖怪との戦いを軸に、憎しみや嫉妬などの負の感情にも踏み込み、少年漫画でありながら男女の濃密な愛憎劇を展開した。物語を通じて犬夜叉の宿敵として立ちはだかる奈落もまた、恋慕から生じた邪念が生み出した存在である。妖怪と対峙するバトル描写がもたらすケレン味と、人間の情念に迫った重さのあるストーリーは、『鬼滅の刃』にも通じるアプローチを取り入れた作品といえよう。


 『犬夜叉』は『鬼滅の刃』同様、キャラクター人気という点でも名高い作品である。犬夜叉や、その異母兄で妖怪の殺生丸をはじめ、敵味方含めて個性豊かな人物が多数登場し、物語を盛り上げていく。初期はヒール役でありながら、人間の少女・りんとの出会いをきっかけに大きく変化を遂げる殺生丸は、『犬夜叉』を代表する人気キャラクターの一人だ。敵役では七人隊が短い登場ながらもインパクトを残し、図抜けた腕力と男気溢れるリーダーの蛮骨や、サディスティックな男色家の蛇骨が人気を博した。和風な世界観を反映したキャラクターデザインの秀逸さという観点からも、改めて『犬夜叉』に注目したい。


■『るろうに剣心 ―明治剣客浪漫譚―』ーー刀を手にした男たちと悪役の美学


 ふたつ目の作品として、刀を手にした男たちの戦いと、悪役の美学というキーワードから、和月伸宏の『るろうに剣心 ―明治剣客浪漫譚―』を取り上げる。1994年から1999年まで『週刊少年ジャンプ』に連載された本作は、90年代後半のジャンプの看板作品であった。時は明治11年。幕末に「人斬り抜刀斎」として多くの暗殺を手がけた伝説の剣客は、今は緋村剣心と名乗り、「不殺」を誓う流浪人として全国を旅していた。そんな剣心が神谷薫と出会い、激動の時代を生き抜いた宿敵たちと再び剣を交えるなかで、自らの贖罪の答えと新しい生き方を模索する。


 『鬼滅の刃』に登場する鬼殺隊士は、日輪刀という刀と、身体能力を高める呼吸法を駆使し、鬼との闘いに挑む。こうした武器の描写や必殺技は、いつの時代も人気が高い。『るろうに剣心』の剣心は、殺傷能力を持たない逆刃刀を握り、古流剣術の流派をくむ飛天御剣流で敵を倒してゆく。元新選組で幕末時代から剣心と因縁のある斎藤一は、「悪・即・斬」を信念に、日本刀を使った必殺技・牙突で闘い抜いた。他にもさまざまな武器や戦術を扱う人物たちを活写しながら、『るろうに剣心』はバトル漫画の王道ともいえるスタイルを築き上げた。


 そして物語の面白さを決定づける重要な要素となる、魅力的な敵役。「京都編」に登場する志々雄真実は、『るろうに剣心』史上最も強く、カリスマ性にあふれた敵役である。全身の火傷でミイラのように包帯を巻いた姿という外見のインパクトもさることながら、弱肉強食を理念に掲げて明治政府の転覆を企て、ピカレスクな存在感で物語を盛り上げた志々雄真実。『鬼滅の刃』の鬼舞辻無惨にも通じる、悪の美学を貫いたキャラクターとして印象深い。


■『鋼の錬金術師』ーー異形の身体と家族の絆


 最後に、異形の身体と家族の絆というキーワードから、荒川弘の『鋼の錬金術師』を紹介しよう。『鋼の錬金術師』は2001年から2010年まで『月刊少年ガンガン』に連載された、西洋風ダークファンタジー作品である。高名な錬金術師を父にもつ兄エドワード(エド)と弟アルフォンス(アル)のエルリック兄弟は、亡き母を蘇らせようと錬金術の最大の禁忌である人体錬成を行い、失敗する。この時に兄は左足を、弟はすべてを失い、エドは自身の右腕を代償にアルの魂を錬成して鎧に定着させることで、かろうじて弟をこの世につなぎとめた。その後、エドは失った右腕と左脚に機械鎧を装着し、国家錬金術師の資格を取得する。そして異形となった弟と自身の姿を元に戻すため、絶大な力を持つ「賢者の石」を探す旅に出る。


 『鬼滅の刃』を貫く柱となるのが、主人公の炭治郎と鬼と化した妹・禰豆子の、家族愛の物語だ。『鋼の錬金術師』でもまた、それぞれに異形の身と化したエルリック兄弟の深い絆と、弟の肉体を取り戻そうと奮闘する兄の姿が描かれてゆく。ともに力を合わせて戦うエルリック兄弟だが、自分の存在に疑いをもったアルとエドの間に亀裂が生じた場面もあった。そんな二人のすれ違いと和解を通じ、絶対に元の姿に戻ろうとする決意を描いた第15話「鋼のこころ」は、初期の名シーンとして忘れがたい。基調となる世界観は異なるが、兄弟の関係性に光を当てた名作として、『鬼滅の刃』の読者におすすめしたい漫画である。


 ここまで、いずれも強いインパクトを残した人気作品を列挙してきた。特に『鬼滅の刃』とも通じる要素に光を当てることで、これらの作品の秀逸な点を振り返ることもできるだろう。そして、『鬼滅の刃』を愛読した人々が本記事で示したような共通性を入口に、過去の名作にふれる好機になればなによりである。


(文=嵯峨景子)