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「週末映画館でこれ観よう!」今週の編集部オススメ映画は『ルース・エドガー』

2020年06月05日 17:22  リアルサウンド

リアルサウンド

『ルース・エドガー』(c)2018 DFG PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。先週までは番外編として、オススメの配信作品を紹介してきましたが、ついに映画館も営業を再開。新作が一気に封切りとなった今週からオススメ映画・特集上映をご紹介いたします。今週はテレワークが明け、通勤で筋肉痛を起こしてしまった軟弱・安田が『ルース・エドガー』をプッシュします。


参考:社会派サスペンスの秀作『ルース・エドガー』 その「社会派」と「サスペンス」の意味を深掘りする


■『ルース・エドガー』
 ミネソタ州ミネアポリスで白人警官に首を押さえつけられ死亡したジョージ・フロイドさんの事件をきっかけに、アメリカを中心に反人種差別の運動が巻き起こっています。太平洋を挟んだ日本、同一の民族がマジョリティを占めるこの国では、こうした問題を身近に感じることは難しいかもしれません。しかし、今回の問題を考える上で重要な作品が、6月5日から公開が始まった映画『ルース・エドガー』です。


 17歳の主人公ルース・エドガーは、陸上部で活躍し、討論部の代表を務めている優秀な学生です。彼は、戦火の国エリトリアで生まれ、7歳のときにアメリカへ渡り、白人のエイミー(ナオミ・ワッツ)、ピーター(ティム・ロス)のエドガー夫妻に養子として家族に迎え入れられました。


 そんなある日、ルースが歴史上の人物をテーマにした課題のレポートで、アルジェリア独立運動の革命家フランツ・ファノンを取り上げ、彼の過激な思想について記します。その内容を問題視したウィルソン教師(オクタヴィア・スペンサー)はルースのロッカーを捜索し、危険な違法の花火を発見します。息子のプライバシーを無視して調査を行ったウィルソンに反発するエイミーですが、息子が自分の全く知らない別の顔を隠し持っているのではないかと苦悩していきます。


 ルースは本当に善良な学生なのか、それとも危険思想の持ち主なのか。観客は、ルースを囲む人間たちとともに疑心暗鬼に陥ります。そんなサスペンス的展開で物語に振り回されるなかで、何をもって人の善性や悪性を判断しているのかという問題に気付かされます。


 ルースを演じたケルヴィン・ハリソン・Jr.は近年注目の俳優です。A24製作の『イット・カムズ・アット・ナイト』で名前を知った方も多いのではないのでしょうか。今作では、一見完璧な優等生でありながら、腹の底が見えない不気味さを見事体現しています。監督のジュリアス・オナーがインタビューで明かしたところによると、彼の音楽的なリズム感が不気味さを演出する上で、非常に効果的に働いているとのことです(参考:ジュリアス・オナー監督が語る、『ルース・エドガー』の普遍性とキャスティングに込めた思い)。新たな公開日が7月10日に決まった『WAVES/ウェイブス』では主演を務めており、こちらも楽しみです。


 ルースが優等生であり続けなければならないのは、黒人は一度失敗をすると、それを挽回するチャンスが得られなくなるという問題に起因します。人種差別はいけないとされる世の中においても、マイノリティに生きる人々はこのような崖っぷちに常に立たされながら、自身の生き方を規定されているのです。そしてその規定をしているのは、マジョリティが形成してきた社会秩序とそこに生きる人々です。この問題は、アメリカの人種差別問題だけでなく、日本でもアイデンティティを考える上でこれからますます重要になってくると思います。


 差別、偏見がいけないというのは、当たり前のように広く共有されています。本作は“その先”を考える上での一助となる作品です。また、こうした複雑な問題を描く社会派の作品でありながらも、サスペンスとしてのエンターテインメント性を失っていないのも魅力的なところ。自粛明けの映画初めにぴったりな一本です。


(リアルサウンド編集部)