2020年06月05日 16:51 弁護士ドットコム
6月2日に開かれた東京地裁の裁判員裁判で、被告人の弁護人がマスクの着用を拒んだことが、大きく報じられた。
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読売新聞(6月3日)によると、永渕健一裁判長が弁護人にマスク着用を求めたところ、弁護人の坂根真也弁護士が「被告の人生を決める重大な裁判だ。着用して全力で弁護するのは難しい」と拒否したという。
その後、弁護人に近い場所にいる裁判員の前にアクリル板を設置する対応をとった上で、約2時間半遅れて開廷したという。
新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐためのマスク着用。今回の法廷でも、弁護人2人を除き、関係者全員が着用していたようだが、本人(被告人)のために全力を尽くすという「弁護人の責務」を前に、どのように考えればよいのだろうか。
刑事裁判に詳しい神尾尊礼弁護士は、法廷でのマスク着用について、「裁判の前の公判前整理手続や打ち合わせの段階で十分に議論を尽くした上で、最終的には当事者の判断を尊重すべき」と話す。
東京地裁は、弁護士ドットコムニュースの取材に対し、「基本的な感染症対策を継続する『新しい生活様式』の定着が求められていることを踏まえ、裁判体において事件ごとに、弁護人をはじめとする訴訟関係人や傍聴人にマスクの着用を依頼している」と話す。
一方、今回のように、マスク着用の要望が弁護人に拒否された場合の対応について、「(東京地裁としての)統一的な対応方針は現時点ではない」とし、今後についても「現在決まっていることはない」という。
神尾弁護士は、「弁護人の意見を尊重すべき」と話す。
「『裁判官の意向に反してマスクを着用しないのは、裁判員に与える印象が悪くなるのでは』、『弁護人に常識がない』という弁護人に対する批判をみますが、弁護人はそういったマイナス要素は当然織り込み済みのはずです。
マイナスになるかもしれないことも踏まえつつ、事案や証拠、被告人の供述内容などを最も把握している弁護人が、『マスクがあると全力で弁護するのが難しい』と言っているわけです。
したがって、少なくとも本件は、『マスクしないメリットが、裁判員などへのマイナスを上回る』事案といっていいと思いますし、弁護人の意見を尊重すべきでしょう」
今回の裁判所側の対応についても、「不意打ち的だ」という。
「本件では、弁護人は事前に『マスク着用が必要ならば裁判は時期尚早』と裁判体に伝えていたといいます。
裁判体に懸念があるのであれば、事前に弁護人らと協議するチャンスはあったのですし、法廷で議論する性質のものではなく、裁判体の不意打ち的な姿勢こそ批判されてしかるべきだろうと考えます」
また、マスクの着用を拒否したことについては、弁護技術的な観点もあるのではないかと話す。
「一般論として、裁判員裁判はライブであり、その瞬間瞬間で裁判体に最も伝わる方法を取ることが重要です。そのためには、表情を含めた身体表現が必要な場合があります。
こうした法廷技術は、優れた弁護人ほど研究し日々実践しています。マスクを着用することで十分に伝えられないと考えられる事案の方が多いと思います」
新型コロナは終息したわけではない。裁判所でも感染拡大を防ぐための対策が今後もしばらく続くと思われる。マスクの着用自体が「争点」となりそうな場合、弁護人や裁判官などは具体的にはどう対応すべきなのか。
神尾弁護士は、事前に協議しておくことが重要だと話す。
「これまでも、たとえば、被告人の着席位置や手錠腰縄など、裁判の細かい運用まで話し合ってきました。マスク着用についても、公判前整理手続や打ち合わせの段階で十分に議論を尽くしておくべきです。
その上で、最終的には当事者の判断を尊重すべきでしょう。裁判員への配慮については、選任の段階で意見を聞くことで対応可能です」
なお、神尾弁護士自身もマスク着用について検討していることがあるという。
「私自身も裁判員裁判が控えていますが、主尋問などではマスクを着用し、最後の意見(弁論)はマスクを外した方がいいか検討しています。これは、事件の性質や、裁判員の当日の反応などもみて判断していきたいと考えています」
本件では、弁護人のマスク着用拒否がクローズアップされたが、「証人のマスク着用」はどう考えるべきなのか。証人の表情や話し方なども重要な判断要素のように思える。
東京地裁は、「証人に対しても、基本的にはマスクの着用をお願いすることにしている」と話し、証人の表情などを見るためにマスクを外してもらうなどの措置については「裁判官の判断にゆだねられている」という。
この点、神尾弁護士は「証人は、原則としてマスクを着用すべきではない」という。
「その人が本当のことを言っているのかなどは、表情も含めて判断しているはずです。マスクしたままの面接では、人となりが十分に分からないおそれがあるのと同様です」
新型コロナ対策としては、本件のように、「アクリル板を置くなどの対応で証言してもらうべきだろう」と話す。
「それでもなお難しい場合には、ビデオリンク方式での尋問(別室で画面越しに行う尋問)もあり得ますし、証人尋問自体をしないこともあり得るでしょう。ただ、人生を左右するような刑事裁判において、たとえば目撃者のような非常に重要な尋問などでは、安易に直接尋問する機会を奪うべきではないと考えます」
なお、新型コロナ対策が行われている中でのビデオリンク方式での尋問について、東京地裁は、「個々の事件における裁判体の判断による」としており、「実施が禁じられているといったことはない」と話した。
【取材協力弁護士】
神尾 尊礼(かみお・たかひろ)弁護士
東京大学法学部・法科大学院卒。2007年弁護士登録。埼玉弁護士会。刑事事件から家事事件、一般民事事件や企業法務まで幅広く担当し、「何かあったら何でもとりあえず相談できる」弁護士を目指している。
事務所名:弁護士法人ルミナス法律事務所
事務所URL:https://www.sainomachi-lo.com