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文明が滅んだ地球で“普通のおじさん”がサバイバル? 『望郷太郎』が描く、ディストピアSFの新地平

2020年05月29日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 漫画雑誌『モーニング』(講談社)で連載されている山田芳裕の『望郷太郎』は大寒波の影響で文明が滅んだ地球を舞台にしたサバイバル漫画だ。


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 主人公は中年男性の舞鶴太郎。舞鶴グループ創業家の七代目で舞鶴通商イラク支社長の太郎は、妻の美佐子と息子の光太郎とともに会社にある地下シェルターに避難する。 天候が回復するまで1カ月ほどコールドスリープするつもりだった太郎だが、目を覚ますと既に500年の歳月が過ぎていた。妻と息子が入っていた冷凍睡眠装置の電源はすでに止まっており、2人は絶命。1人生き残った太郎は絶望して自殺を試みるが、東京に残った長女の恵美の写真を見て思い止まり「せめて恵美や親父たちのその後を知って死んでやる」と日本目指して旅立つ。


 まずはイランのバスラからカスピ海に向かい、そこからシベリア鉄道を目指す太郎。しかし外に人影は全く無い。しかも川の水を飲んで下痢になってしまい、シェルターから持ってきたフリーズドライの保存食もすぐに尽きる。野良動物を捕まえることもできず、やがて力尽きて倒れる太郎。そこに馬に乗って旅する2人の男・パルとミトが通りかかり、太郎を助ける……。


 と、ここまでが第2話までの流れなのだが、本作は舞鶴太郎の視点を通して、500年後の文明が崩壊した世界を丁寧に見せていく。そして、食べ物はどうするのか? 衣類はどうするのか? といった問題をひとつひとつ順番に描いてくれるため、太郎といっしょに旅をしているような気持ちになれるのが本作の面白さだ。


 作者の山田芳裕は、十種競技を題材にしたスポーツ漫画『デカスロン』(小学館)や火星探査を題材にしたSF漫画『度胸星』(小学館)、そして『望郷太郎』と同じ「モーニング」で連載された古田織部を主役に戦国時代を舞台にした『へうげもの』(講談社)といった作品で知られるベテラン漫画家で、新作の度にジャンルを変える幅広い作風の持ち主だ。


 どの作品でも印象に残るのは、大胆な誇張と太い輪郭線で描かれる個性的なキャラクターたち。『望郷太郎』は過去作に比べると絵は抑制気味で、文明崩壊後の世界を描くことに尽力しているが、時々見せるデフォルメの効いた愛嬌のある表情は、山田の絵ならではの魅力である。


 本作はいわゆるディストピアSF。文明が崩壊した世界を旅するサバイバルモノは漫画では定番のジャンルで、過去に多くの名作が描かれてきた。70年代なら、さいとう・たかをの『サバイバル』(リイド社)、90年代なら望月峯太郎の『ドラゴンヘッド』(講談社)、2010年代ならゾンビモノの体で描かれた花沢健吾の『アイアムアヒーロー』(小学館)がその筆頭だろう。現在、『週刊少年ジャンプ』で連載中の原作:稲垣理一郎、作画:Boichiの『Dr.STONE』(集英社)も同じジャンルの作品だと言える。


 そんな中『望郷太郎』が異色作なのは、主人公の舞鶴太郎がおじさんだということだ。その辺りは「モーニング」のメイン読者層に合わせての設定だろうが、若者ではなくおじさんが主人公のサバイバルモノは珍しい。(『アイアムアヒーロー』の主人公は35歳の漫画家だが、大人になりきれていない中途半端な男として描かれていた)


 元々、舞鶴太郎は御曹司の社長。社長時代を回想する場面では、経営者としてはかなりのやり手で、社員のリストラ等の冷徹な判断を何度もおこなってきたことが暗示されている。その意味でも嫌な奴で、読者が感情移入しにくい存在だ。しかも守るべき家族もすでにおらず、日本に向かうのも「死に場所を求めて」というネガティブな動機。前向きな要素がまったくない。


 助けてくれたパルに対しても、警戒心を持っていて、自分の立場が危うくなるとすぐに裏切って逃げようとする。この辺りは大人の狡猾さを持ち合わせていると言えるが、同時に冷徹に成りきれない甘さもある。つまり良くも悪くも普通のおじさんで、決してヒーローではない。だからこそ太郎がどうなるかわからず、先の展開が全く読めないのが、本作の面白さだ。そんな太郎が文明の崩壊した野蛮な世界に放り込まれたことで、内なる野生を取り戻していく展開も見どころの一つ。


 文明が滅びた世界で狩猟や部族社会が蘇るという展開はサバイバルモノの定番だが、極限状態で浮上する人間の中にある原始的な本能を描く際に、線の太い山田の絵は実に活き活きしている。つまり、絵と物語の相性がとても良いのだ。


 最後に、文明崩壊後の未来を舞台にしたサバイバル漫画には、その時代における社会に対する不安や危機意識が強く現れるもので、時に作者の意図を超えて、時代の空気を掬い上げてしまう。


 『望郷太郎』も当初は気候変動に対する危機意識から連載が始まったのだろうが、新型コロナウィルスの世界的流行によって国家間の移動が難しくなることを踏まえて読むと、より切実な問題意識が伝わってくる。現代文明の在り方について世界中の人々が見直そうとしている今こそ、読まれるべき作品である。


(文=成馬零一)