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ネットの誹謗中傷、発信者特定までのハードル 被害者がなやむ「時間とお金」どう解決する?

2020年05月28日 08:51  弁護士ドットコム

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ネットで誹謗中傷を受けていた女子プロレスラーの木村花さんが亡くなったことを受け、法改正を求める声が高まっています。


【関連記事:「流産しろ」川崎希さん、ネット中傷に「発信者情報開示請求」 追い詰められる投稿主】



ツイッターでは「#SNS上の誹謗中傷が法に基づいて裁かれる社会を望みます」というハッシュタグが登場。インターネット署名サイトでは「プロバイダ責任制限法の改正と刑事罰化」を求めるページが立ち上がりました。





高市早苗総務大臣は5月26日、発信者情報開示の手続きについて見直しを進める考えを明らかにしました。木村さんが亡くなる前の4月30日から、総務省では「発信者情報開示の在り方に関する研究会」が始まっています。



今の制度では、被害者が誹謗中傷した人の情報を特定するのに最低2回の裁判が必要で、時間やお金がかかることが問題となっています。さらに、裁判をしても相手を特定できずに、費用倒れとなることもあります。



現状を変えるために、どのような制度改正が必要なのでしょうか。



●課題1 裁判に時間やお金がかかる

研究会のなかで、検討課題として挙げられているのは3つです。



1つ目は、発信者を特定するための裁判に、時間やお金がかかるということです。



誹謗中傷を書き込んだ相手に対し損害賠償請求をする場合、まず相手を特定しなければなりません。



まず、SNS事業者や掲示板管理者などのコンテンツプロバイダに対して開示請求をおこない、そこで判明したIPアドレスなどを元に、電話会社などアクセスプロバイダに開示請求をおこないます。こうして、ようやく発信者の氏名や住所が判明します。



裁判を起こしてから決定や判決が出るまでには、時間がかかります。IPアドレスが開示されるまでは国内法人の場合、申立から1カ月ほど、氏名や住所が開示されるまではそこから早くて3カ月~1年程度かかることが多いです。





TwitterやGoogle、Facebookなど海外法人が相手の場合、さらに時間がかかることも問題となっています。



●課題2 開示される情報が限定されている

2つ目は、コンテンツプロバイダから開示される情報が限定されているため、特定へのハードルが高くなっていることです。



誹謗中傷を書き込んだ相手を特定しようとした場合、まず、コンテンツプロバイダに対して、IPアドレスやタイムスタンプなどの開示請求をおこないます。



ここで問題になるのが、ログの保存期間です。保存期間はSNSの場合に使用されることが多い携帯電話では90日程度のため、被害から法的手続きをとるまでに時間がかかると、ログの保存期間が過ぎ、相手を特定できなくなるケースがあります。



また、TwitterやFacebookの投稿や、Googleマップの口コミなどアカウントにログインした上で書き込みがされる「ログイン型投稿」の場合、投稿したときの記録は残っておらず、ログインした時の記録しかありません。



しかし、プロバイダ責任制限法では、アカウントのログイン時の情報を開示の対象とするとは明記されておらず、裁判所の解釈に委ねられています。これについて争った事例は複数ありますが、最高裁判所の判断はされておらず、下級審の判断は分かれています。



こうした問題を解決できる一案とされているのが、プロ責法の開示対象にSMSアドレス(携帯電話番号)をくわえることです。



2019年12月には東京地裁でSMSアドレスの開示を認める判決も出ています。ログ保存期間の問題がクリアされる上、弁護士法第23条の2に基づき事業者に照会できるため、より確実に発信者を特定できることが期待されます。



課題3 プロバイダが任意開示しない

3つ目は、プロバイダが任意開示することが少なく、裁判を2回おこなわなければならないことです。



事業者側は、あとから投稿者から責任追及されるリスクを避けるため、投稿者の同意がない限り、裁判手続きによらない「任意開示」に応じず、裁判所の判断に基づいて開示する場合が多くあります。



一見して明らかに権利を侵害するような記事であっても、プロバイダ側は裁判で、「権利が侵害されたことが明らかであるとは言えない」などと反論します。



投稿者からの責任追及を避けるため、おおくは裁判上の和解はせず、判決に進みます。そのため、どうしても訴訟手続に一定の時間がかかります。このことに対し、時間がかかりすぎるという意見があります。



●警察の対応は?

ここまで、被害者が民事上の責任にもとづく損害賠償請求をおこなう場合の問題点について解説しました。誹謗中傷は時に、刑事責任も問われることがあります。



たとえば、社会的評価を低下させる書き込み内容であれば名誉毀損罪、公然と人を侮辱した場合は侮辱罪が成立することがあります。最近では、タレントの川崎希さんを侮辱する内容を掲示板に書き込んだとして、女性2人が侮辱容疑で書類送検されました。



ただ、被害者からは、警察がこうしたネットの誹謗中傷事案に対応してくれるかどうかは、まちまちだという声も聞こえてきます。



突然、無関係の殺人事件の犯人とされ、10年以上ネットの誹謗中傷に悩まされてきたお笑い芸人のスマイリーキクチさんは、最終的に信頼できる警察官に出会ったが、それまでは門前払いが続いたそうです。



また、ツイッターでの誹謗中傷を受けてきた女優の春名風花さんは、「SNSの投稿で名誉を毀損された」という告訴状を、一時警察から受け取り拒否されたと明かしています。



●「表現の自由は何よりも大事」

発信者情報開示のあり方をめぐっては、手続きを簡略化することが望まれています。



しかし、裁判所ではなく事業者による開示をすすめることには、「表現の自由」の観点から問題があると指摘されています。



ネット上の誹謗中傷問題にくわしい田中一哉弁護士は「表現の自由は何よりも大事です。ですから、裁判所以外に開示の是非を判断させ、表現の自由を制約する権限を与えるのはありえません。こうした動きには危機感を抱きます」と懸念を示しています。



今後の制度改正については、「たしかに現状の発信者情報開示請求の手続きには問題がありますが、裁判例は積み重ねられています。年間数百件の裁判が起こされ、発信者が特定されているので、今の制度がまったく役立たずというわけではありません。これまでの経験を活用して悪いところを直していくのが良いと思います」と話しました。



●「濫用防止のため要件のハードルは変えないべき」

また、小沢一仁弁護士も「プロバイダに契約者情報の任意開示を促すという話も出ていますが、司法機関ではないプロバイダに名誉毀損にあたるかどうかの法的判断を任せるのは危険です」と指摘します。



一部では、制度改正により、誹謗中傷した投稿者の特定が「容易になる」という報道もありました。ただ、要件面でのハードルを下げることは、開示請求の濫用につながり、新たな人権侵害をもたらす可能性もあります。



小沢弁護士は「『権利侵害の明白性』という要件のハードルを下げることを意味するのであれば、投稿者側の表現の自由、プライバシー権、通信の秘密の保護の観点から問題になりうると思います」と懸念を示しています。



制度改正については、「濫用防止のため要件面でのハードルは下げず、より短い期間で、より確実に発信者を特定することができる制度作りをすることが必要だと思います。



たとえば、(1)コンテンツプロバイダやアクセスプロバイダに対し、アクセスログを年単位で保存することを義務づける、(2)アクセスログはログイン時点ではなく投稿時点で保存することを義務づける、(3)電話番号を発信者情報に含める、(4)現在2回行わなければならない法的手続を1回行えば済むようにする、などが考えられます」と話しました。