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危機下で生まれた2台の大衆車 - 「ミニ」の場合

2020年05月26日 11:22  マイナビニュース

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画像提供:マイナビニュース
ともに長い間作り続けられ、多くのファンを育てたフォルクスワーゲン(VW)「ビートル」と「ミニ」。この2台には、厳しい時代に発売され、人々の生活を支えたという共通点がある。コロナ禍に見舞われた今だからこそ、危機下のドイツと英国で誕生した2台の偉大な大衆車を振り返ってみたい。ヒトラーのドイツで生まれ、敗戦の危機を乗り越えたビートルの物語に続き、今度はミニの来歴に注目してみよう。

○石油危機から生まれた発明

ミニとビートルの共通点。それは、どちらのクルマの誕生にも名設計者がかかわっていることだ。ミニの生みの親は、アレック・イシゴニスという人物である。ビートルを生み出したフェルディナンド・ポルシェと同じく、彼もまた幼い頃から機械好きであり、ロンドン大学を卒業するとハンバー、モーリス、アルビスなどの自動車会社で設計の仕事を続けた。

この時期の代表作としてはモーリス「マイナー」がある。同社初のモノコックボディにフロント独立懸架サスペンションを組み合わせるなど、英国車としては進歩的な内容だった。もっとも、彼自身はこのマイナーに前輪駆動や水平対向エンジン、4輪独立懸架などを盛り込もうとしていたという。

1952年には英国製大衆車の両雄だったモーリスとオースチンが合併し、ブリティッシュ・モーター・コーポレーション(BMC)を結成する。ここでイシゴニスは新しい小型車の開発を始めたが、プロジェクトは途中で白紙に戻された。原因は中東戦争が引き起こした石油危機だった。

英国では一時期、ガソリンが配給制になるなど深刻な事態となり、ツェンダップ「ヤヌス」のようなマイクロカーがもてはやされるようになった。当然ながら、BMCをはじめとする既存のメーカーにとっては大打撃である。

イシゴニスは経営者から、とにかく小さくて経済的であり、なおかつ大人4人がちゃんと乗れるクルマの設計を命じられた。加えて、エンジンはすでに生産されているものから選ぶという条件までついていた。エンジンを新設計している余裕はないというわけだ。

BMCでもっとも小さなエンジンは「Aタイプ」と呼ばれる水冷直列4気筒で、すでに「マイナー」などに積まれていた。単純に考えれば、マイナーより小さな車体は不可能だ。そこでイシゴニスは、このエンジンを横向きに積み、トランスミッションをエンジンの下に内蔵するという2階建てのパワートレインを発明した。

さらに、ホイール/タイヤは当時の平均が15インチだったのに対し、わずか10インチという小径を採用。サスペンションには金属のスプリングではなくゴムの塊を使うことでスペースを節約した。おかげで、全長約3mというコンパクトなボディながら4人の大人が座れて、荷物も積めるという画期的なパッケージングが生まれたのだった。こうして、1959年にデビューしたのがミニである。

○ミニクーパー誕生の背景

ミニは誕生当初、メインターゲットと考えていた大衆からの支持が得られなかった。あまりに先進的かつ独創的なので、大衆は信頼性に不安を抱いたようだ。逆に、普段はロールス・ロイスのリアシートに収まって移動しているような富裕層が、斬新な技術とデザインに付加価値を感じ、自分がドライブするクルマとしてミニに乗り始めた。

この流れは、ビートルが米国に上陸した時に似ているし、ミニの少し前に登場した日本の軽自動車「スバル360」の第1号車を買ったのが松下幸之助だったというエピソードにも通じる。アーリーアダプターの心に刺さり、サイレントマジョリティーに広まっていくというサクセスストーリーを、ミニもたどることができたのだ。

このミニというクルマには、当時F1に参戦していたレーシングチームのボス、ジョン・クーパーも注目していた。彼はミニの走りの良さをすぐに見抜き、発売されると早速購入してチューニングを施した。これがBMC上層部の目にとまり、スポーツモデルの「ミニクーパー」が誕生した。

ミニクーパーはレースやラリーで名をあげていく。特にモンテカルロラリーでは、ポルシェなどを相手に3回の総合優勝を果たすほどの大活躍だった。

ミニが確立した横置きエンジンによる前輪駆動は、1970年代になると本田技研工業「シビック」やVW「ゴルフ」など、多くの大衆車が採用するようになる。今では、コンパクトカーや軽自動車のほとんどがこの方式となっている。

今、新型コロナウイルスの感染拡大により、人々は移動を控え、クルマは売れなくなっている。この状況を打開するのは、どんなクルマだろうか。歴史を振り返れば、やはり先進的かつ独創的な思想を持った大衆車なのではないかと思わされる。時代を考えれば、それは電気自動車(EV)かもしれないし、販売ではなくシェアリングによる供給になるかもしれないが、いずれにしても、大衆車は社会を変える力を持っていると筆者は信じている。

○著者情報:森口将之(モリグチ・マサユキ)
1962年東京都出身。早稲田大学教育学部を卒業後、出版社編集部を経て、1993年にフリーランス・ジャーナリストとして独立。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。グッドデザイン賞審査委員を務める。著書に『これから始まる自動運転 社会はどうなる!?』『MaaS入門 まちづくりのためのスマートモビリティ戦略』など。(森口将之)