2020年05月24日 09:31 弁護士ドットコム
新型コロナウイルスの感染拡大をめぐり、インターネット上で「私刑」があいついでいる。
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帰省していた山梨県で、新型コロナウイルスに感染していると判明したあと、高速バスで都内に戻った女性。彼女に対するバッシングはすさまじいものだった。新潟県でも、感染者の名前や勤務先を特定しようとされたり、誹謗中傷する言葉が書き込まれたりした。
いずれのケースも、地域密着型のネット掲示板「爆サイ」などに書き込まれた情報が発端となり、その後、ツイッターなどにも広がっていったとみられている。
こうした「ネット私刑」は、内容によっては、名誉毀損やプライバシー侵害が成立するが、秋田県の田中伸顕弁護士によると、地方在住者の場合、泣き寝入りするケースが少なくないという。はたして、どんなハードルがあるのだろうか。田中弁護士に聞いた。
――まず、爆サイの書き込みはどんな特徴があるのか?
雑談から風俗まで、テーマは多方面にわたっていますが、ほかの掲示板にない特徴といえば、かなりローカルな話題、特定の地域の特定の人物に関する書き込みがされやすいことです。
たとえば、ある特定の地域の雑談用のスレッドで、その地域に住んでいる人の名前を一部伏せ字にするなどして、「行動に問題がある」「容姿が醜い」「◯◯に住んでいる」などといった書き込みがされる傾向があります。
ローカル掲示板というだけあって、その地域に住んでいる人が見れば、「あの人のことだ」とわかるような内容です。
――爆サイ上の誹謗中傷にはどう対応する?
依頼者から「爆サイで誹謗中傷された」「個人情報がさらされた」という相談があった場合、まずは削除フォームから削除申請を検討します。
しかし、削除申請をしても、必ずしもすべての書き込みが削除されるわけではありません。
また、誹謗中傷する書き込みが多い場合は、削除申請をしても、削除が追いつかない状態となります。
私のもとに相談に来る方は、誹謗中傷する書き込みがたくさん書き込まれて止まらない状態のケースが多いと感じています。
そこで、書き込みをした人物を特定して、直接法的な措置をおこなうため、爆サイの運営側に対して、書き込みに関するIPアドレス等の開示請求をします。
爆サイは、任意の開示請求に応じてくれるため、書類を送付してから、1~2週間程度で、開示結果が送付されてくる印象です。
爆サイからIPアドレス等が開示されたあと、次はアクセスプロバイダ(電話会社)に対して開示請求をすることになります。
しかし、アクセスプロバイダは原則として、任意の開示に応じません。そこで、発信者情報開示請求の仮処分や裁判(本案訴訟)といった措置を取ることになります。
――どんな問題があるのか?
発信者情報開示請求は、プロバイダ責任制限法によって認められた権利であるため、裁判の管轄は、原則として「被告(相手方)の住所地」とされています(民事訴訟法4条1項)。
そして、アクセスプロバイダの本社は、東京都に集中しているため、仮処分や裁判を起こすとなると、東京地裁(場合によっては大阪地裁)の管轄になります。
そのため、秋田の裁判所では、原則として、発信者情報開示請求の仮処分や裁判(本案訴訟)を起こすことはできません。
――どのように対処しているのか?
発信者情報開示請求への不開示に対する損害賠償請求を併合して(民事訴訟法7条)、裁判(本案訴訟)を起こすことで、原告側の住所地、たとえば秋田市で裁判をおこなうことができるようにしています。
しかし、この方法は、仮処分では取ることはできません。なぜならば、民事保全事件の管轄は専属管轄であるため(民事保全法6条)、民事訴訟法7条が準用されていないからです(民事訴訟法13条)。
したがって、東京地裁(大阪地裁)以外の裁判所で仮処分をおこなうことができないのです。
――裁判(本案訴訟)中に通信記録は消えたりしないのか?
本案訴訟の場合、判決が出るまで1年くらいかかります。
そして、アクセスプロバイダでは、多くの場合、通信記録が3カ月程度しか保存していません。そのため、裁判をおこなっている間に、通信記録が消えてしまうという心配があります。
ですが、多くのアクセスプロバイダは、任意の開示には応じないものの、通信記録の保存には応じる取り扱いをしています。
そのため、爆サイから開示された後、アクセスプロバイダに対して通信記録の保存を求める手紙を送ります。このようにすることで、本案訴訟を提起してから判決が出るまでの間、通信記録が消えないようにします。
開示を命じる判決が出たら、その判決の確定後、1週間程度で書き込みをした人物の名前や住所が記載された手紙が郵送されてきます。
――仮処分できないことのデメリットはほかにもある?
ツイッターやフェイスブックなど、海外に運営会社があるコンテンツプロバイダは、裁判所が出す命令等がなければ、基本的に、発信者情報開示に応じない方針です。
一方で、アクセスプロバイダの通信記録の保存期間は、3カ月程度なので、海外のコンテンツプロバイダを相手に本案訴訟を提起した場合、アクセスプロバイダの通信記録が消えてしまうおそれがあります。
そのため、海外に運営会社があるコンテンツプロバイダに対しては仮処分をおこなわざるを得ないのですが、その場合、仮処分の管轄は、東京地裁になります(民事訴訟法10条の2、民事訴訟規則6条の2)。
したがって、関東圏以外の地方在住の方が、自力で発信者情報開示請求の仮処分をおこなう場合は、面接や審尋のために、2~3回程度、わざわざ東京地裁まで行かなくてはなりません。
地元の弁護士に依頼したとしても同じです。その場合、地元の弁護士が東京地裁まで出張しなければなりません。しかし、わざわざ東京まで行って、このような手続きを2~3回繰り返すことは、労力的や費用的にも、非常に負担が重いです。
しかも、発信者情報開示請求の場合、仮処分の担保金として10~30万円を裁判所に支払わなくてなりません。担保金は、あとで回収することができるにしても、事件を依頼するときに用意する必要があります。そこに弁護士に対する着手金や旅費、日当などのコストが生じるとなると、その経済的な負担の重さのために弁護士への依頼を断念せざるを得ません。
そうなると、仮処分といった一般の方には馴染みがない手続きは、自力でおこなうことが難しいため、発信者情報開示請求そのものを断念せざるを得ないことになります。
――関東圏の弁護士に依頼すればいいのか?
たしかに、それは1つの方法だと思います。
ただその場合、弁護士と依頼者とのコミュニケーションが取りづらいという問題が考えられます。
たとえば、秋田市には、「土崎(つちざき)」と呼ばれる地域がありますが、これを「ざき」と表現して、「ざき在住の◯◯」といった表現がされることがあります。こういったローカルな地名や表現から、その書き込みが依頼者を指すものであると書面で論証することは、やはり地元の弁護士のほうが得意です。
依頼者としても、地元の弁護士に依頼することができたほうが、ローカルな事情を説明しなければならない負担が減ると思います。
何より、日本の裁判制度は、必ずしも弁護士に依頼しなくてもできるように設計されています。それにもかかわらず、発信者情報開示請求の仮処分は、事実上、特定の地域の弁護士に依頼しなければできない状態になっており、立法のあり方として問題があるため見直されるべきです。
――どのように改善すべきか?
現行制度は、インターネット上で誹謗中傷を受けた地方在住者にとって不利な点しかありません。
したがって、発信者情報開示請求をする人の住所地の裁判所であっても仮処分をおこなうことができるように、民事保全法もしくは民事訴訟法を改正すべきだと思います。
現在、総務省で「発信者情報開示の在り方に関する研究会」が開かれて、見直しがすすめられています。ただ、そこでの議論は、国内のアクセスプロバイダが開示に慎重すぎることなどの課題があげられているものの、仮処分の管轄の問題点は触れられていません。
地方在住者を想定せず、いわゆる「東京の議論」で終わってしまっている印象です。したがって、ぜひとも、仮処分の管轄の問題についても、今後の発信者情報開示請求のあり方を検討するにあたって、課題の一つとして取り上げてほしいと思います。
――仮処分の管轄の問題がクリアされなかったら?
もし、この点が改正されなくても、仮処分の手続きを遠隔地でおこなうことができるようにはしてほしいと思います。
現在、東京地裁(場合によっては大阪地裁)で発信者情報開示請求の仮処分の手続きをとる場合、原則として、すべて面接がおこなわれています(債権者面接)。そして、その後、審尋が1~2回おこなわれます(必要的審尋、民事保全法23条4項)。
これらの面接や審尋のために、発信者情報開示請求をする人(もしくはその代理人の弁護士)は、わざわざ東京地裁(大阪地裁)に出頭しなければなりません。しかし、発信者情報開示請求のような定型的な手続きの場合、必ずしも裁判官と対面して、面接や審尋をおこなう必要性があるのか、疑問です。
また、審尋は、あくまで債務者(コンテンツプロバイダやアクセスプロバイダ)に反論の機会を与える手続き保障のためのものであり、債権者である発信者情報開示請求をする人が、出頭する必要があるのか、という疑問もあります。
そこで、現在、本案訴訟では、電話会議が幅広く用いられていることからも、面接や審尋でも、電話会議を利用して、債権者の出頭を不要にするべきではないかと思います。
新型コロナウイルスの流行にともなって、テレビ電話による会議であっても仕事に遜色ないことは社会において実証されていることから、民事保全の手続きにおいても電話会議を用いない理由はないように思います。
――ほかにも制度としてあればよいものは?
異論はあるかと思いますが、「サービサー法」のような立法が必要なのではないかと思っています。サービサー法とは、一定の基準を満たして許可を得た民間業者が、一定の範囲の債権回収の業務をあつかえるというものです。
現行法上、発信者情報開示請求や削除請求は、弁護士しか代理できません。しかし、ネット上の誹謗中傷に対応するには、弁護士だけでは数が多すぎて対応しきれていないように私は感じています。
ネット上の誹謗中傷は今後、増えていくことはあっても、減ることはないでしょう。だからこそ、一定の制限のもとで、民間業者が、発信者情報開示請求や削除請求をあつかえるようにするということも検討してもよいのではないかと思います。
【取材協力弁護士】
田中 伸顕(たなか・のぶあき)弁護士
秋田弁護士会所属。交通事故、離婚、債務整理から、インターネット上の誹謗中傷まで扱う。「住む地域にかかわらず、悩みを解決できるようにしたいです。事件には、大きいも小さいもないと考えています。そのため、どのようなご相談・事件についても一所懸命、全力で取り組みたいと思いますので、お気軽にご相談ください」
Twitter:https://twitter.com/n_tanaka_akita
事務所名:田中法律事務所
事務所URL:https://tanakalawoffice.com/